突然終わる物語

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『月明かりの夜、始まりの殺人』

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心が沈む。


この世界はたくさんの理不尽な死で溢れている。




なんとか心を奮い立たせ、青い光の中で、ユーリはゆっくりと目を閉じた。






♢♢♢♢♢♢





夜。


深い闇の中、白い月が不気味に光っている。


彼は灯りを落とした部屋の中から、その月を見ている。


手を伸ばせば届きそうだ。


そんな期待を込めて、ゆっくりと空へ手を伸ばす。





この世界は自分の手の内にある。


そんな幻想を抱きながら、


触れることさえできない月に、彼はひどく落胆している。




二階の窓から、裏庭を見渡す。



昼間には陽の光が溢れる庭。



色とりどりの花が咲き乱れる。

蝶や鳥が自然の美しさに惹かれやってくる。


裏庭から林へと続く境界線には、

石像が数体。



昼間は生命に満ち溢れた庭。

夜になると一転、不気味な気配が漂う。



ふと何か光るものが庭をよこぎった。


そんな気がして、彼は闇の世界で目を凝らす。



青く発光した何か。



誰かいる。



林から裏庭へ侵入し、
こちらへ向かってくる何者かが。



彼は慌てて部屋を飛び出した。



断片的な思考が、彼の脳内を過ぎる。


映写機が映し出す、単独の写真のように、次から次へ、スライドしていく。



古びた分厚い本。


刻印が押された手紙。


真っ赤な薔薇。


黒衣に身を纏った男。



いや、男たちか・・・?



馬車の中から降りてきた男の瞳。


懐かしい色彩。




林の中を走る。


全速力で走る足は、そう長くは続かない。


息が切れ、足が重い。

木の根に足を取られて、身体が宙に浮いた。



地面に投げ出される手足。


緑と、土の、匂い。





ざっ、ざっ、ざっ、


背後から近づいてくる足音。



地面から顔を上げようと、背中を伸ばした瞬間。






ガッ・・・・!

一撃。


視界が地面に向かって崩れ落ちる。



古びた分厚い本。

刻印が押された手紙。

真っ赤な薔薇。

黒衣に身を纏った男。



壊れた映写機のように、ノイズが入り、乱れる思考。



影に向かって、必死に手を伸ばす。


ふと甘い、香りが鼻を掠めた。



ピクピクと、震える指先の向こう側、彼が掴もうとしたものは・・・。





静寂が訪れる。

音も、色も、何もない世界。

静寂に支配された、永遠の暗闇。











青い光が消えた後、

目を覚ましたユーリは、ハァ、と深く息を吐き出した。


初めて呼吸をしたみたいに、慣れない感覚に戸惑う。


肺が満たされていく。


空気が全身に運ばれていく。





「何か、見えたか?」


目の前にはいつものように、カザミが待っていた。


険しい顔で、ユーリを見ている。



「誰かに殺された、ということはわかりました。」


「いや、それはわかってんだよ、最初から。じゃなきゃお前に頼んでねぇ。」



乱暴な口調で言い捨てるカザミに対し、

理生が戒めるように小さく首を横に振った。



ユーリは意を決して、言葉を紡ぐ。


「このstoryは、書き換えられていると思います。」


ユーリの言葉に、場の空気が一変した。



「なんだって・・・?」


「断片的に色々なものが見えました。でも、どこか不自然で違和感が拭えなかった。」



彼の人生最期の記憶。


断片的に頭に浮かんだ記憶、その時の彼の感情。



「重要な部分が欠落しているというか・・・誰かにとって都合の悪い部分が、意図的に切り取られている。そんな感じがしました。」



「・・・リライター・・・」


理生が、重い口を開いた。



「そうです。恐らく、犯人は・・リライターだと思います。」




storyは人生の記憶を電子化し記録している、DVDのようなものだ。


リライターは、その名の通り記録を書き換えることができる能力の持ち主。



死んだ人間の記憶を記録しているDVDを、書き換えて、上書き保存してしまう。



捜査員であるスペクテイターがそのstoryを読み込んで、犯人を探ろうとした場合、

書き換えられた映像が真実だと思い込んでしまう場合がある。



最近はそのような犯罪が増えていた。



「この組織の中に、リライターが潜り込んでいるってことかよ。」


「そういうことに、なりますね。」


その場にいた誰もが、息を飲んだ。




「そうとは限らないんじゃあないですか。サーバー内に保管されているstoryはハッキングすれば外部からもアクセス可能かも・・・。」

理生の言葉に、絶望が深まる。



リライターは保管されているstoryにアクセスし、中の情報を書き換える。


その全容はまだ明らかになっていない。



この組織においてある装置を使わずにアクセス出来る能力者がいたとしたら。




絶望的に思える状況だが、糸口はある。


どちらにしても、人生の記憶全てを完全に書き換えることなど、不可能だ。


ユーリのシンパシー能力の前では、少しの矛盾であったとしても、それが違和感となって現れてくる。




ユーリは胸に支えている違和感の正体を探る。



彼の記憶。

何かがおかしい。そう思ったのだ。



「あの紋章・・・・どこかで・・・」



storyの中で見た、断片的な記憶。


手紙に刻印された紋章。




これを見たのは初めてじゃない。


ユーリの胸に確信が宿る。






この時、ユーリたちはまだ知らなかった。



月明かりの中で起きたこの殺人は、物語の始まりに過ぎなかったことを。





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