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『プロローグ』
しおりを挟む死は、ある日突然訪れる。
物語がプツリと何の前触れもなく終わってしまうように。
そこには音もなく、ただ果しない暗闇が広がるのみだ。
~~~~~~
大粒の雪がしんしんと降り続く冬の日。
月の光が明るい夜。
雪の上に色濃い影を落とし、少女は帰り道を急いでいた。
ギュッギュッ、
雪を踏み締める彼女の足音が、
静寂の中に響きわたる。
この世界には誰も存在しないのではと思えるほどの、
深い静寂。
ギュッッ、、、ギュッッッ、、、
ふと、もう一つの不穏な音が、世界に紛れ込んだ。
後ろに誰かいる・・・・?
少女は後ろを振り返ってあたりを見回した。
高く聳え立った雪の壁。
果てしなく続く白の一本道を、月明かりが不気味に照らし出す。
逃げ出すことの出来ない、
大きな密室に囚われたようで、
彼女の心は恐怖に震える。
見慣れたはずの道が、
突然知らない世界のように、
身に迫ってくる。
ギュッッ、、、
ギュゥッッ、、
雪を踏む圧縮音が、急に大きくなった。
指先が、じんと痺れるような厳しい寒さの中、
背後に迫る恐怖の正体に、
彼女は息を飲んだ。
振り返って確認しようかと思案した瞬間、
ドシャァッ!!!
ガッ!!
何かが潰れるような、
鈍い音が響き渡った。
頭から生温かい液体を大量にかけられたのだ、
と思った。
それは首から肩を流れ、
上半身全体が浸かってしまうような感覚で
体を濡らす。
あぁ、温かい。
胸元に目をやると、
足元の白い世界が、いつの間にか
鮮やかな赤に飾られている。
ボタボタと大量の赤が、
地面に落ちる音。
確かめようと手を伸ばすと、
ぐらりと視界が大きく傾いた。
倒れる瞬間。
白い雪と赤の上に、
黒い影を見た。
体が動かない。
雪の冷たささえ、感じなくなっていた。
最期に彼女が見たものは。
大粒の雪越しに、
丸くぽっかりと穴を開けたような、
黄色の月。
そこで全ては、こと切れた。
プツン、とTVの電源を落としたように、
突然、理不尽な暗闇が、彼女を包んだ。
永遠に。
♢♢♢♢♢♢♢♢♢
何度味わっても、この暗闇には慣れることがない。
コト切れた後の、真っ暗な世界。
耳を塞がれたような、無音の暗闇。
ユーリは離脱していく彼女の思念から、自分の心を取り戻す。
腕から指へと、
神経がスッと繋がる感覚に安堵したのも束の間、
言いようのないやるせなさが、身体を重くした。
青い光の中で、自らの人生を取り戻す。
青い光を放つ円形の羅針盤の上に立ち、
頭上には対になるように円形の屋根が浮かんでいる。
大人が5人は入れるであろうその装置は、
カプセルのように光で身を包み、物語の中へ連れて行ってくれる。
時空の糸をゆるめる装置。
他人の人生に入り込むことができる装置だ。
丸く切り取られた透明な板に青い光が吸収されていく。
色が完全に消えた瞬間、ユーリは自分の体を取り戻し、
ゆっくりと瞳を開ける。
死者の人生、Storyとつながるこのシステム。
この中で彼は今、死者の人生最期の瞬間を生きてきた。
脳内の記憶を電子化し、記録として保管することが出来るようになった。
数十年前のことだ。
記憶の保管は、Story管理局という組織(通称スト管)で行われている。
原則として人のStoryを勝手に見ることは禁止されているが、
事件や事故など、謎の死を遂げた人物は別だ。
ユーリたちStory捜査班の特殊能力者は、Storyに入り込み最期の瞬間を読み解くことで、死因の
特定をするという仕事をしている。
特殊能力と言っても、種類は様々だ。
基本的な捜査は、スペクテイター(傍観者)と呼ばれる、能力者たちが行う。
彼らの能力は、死者の最後の記憶を映像として映画を見るように目視する、ということに限られる。
あくまで映像として、視覚と聴覚の記憶を見ることができるというもの。
そこで解明されない事件、事故については、「リアリティ」という能力者に回ってくる。
例えば、死者本人が犯人を目撃していない場合など、
最期の映像だけでは判断できない事件に関しては、ユーリたちリアリティが捜査する。
リアリティの能力は、死者の記憶の映像を見るだけでなく、
死者のStoryにシンクロし、より以前の記憶や、感情、人生そのものにアクセスすることが
できるというものだ。
過去の記憶。
人間関係。
抱いていた感情。
ユーリは特別な力を持っている唯一のリアリティだ。
200%シンパシーと呼ばれる彼の能力は、
死者の潜在意識にまで入り込むことができる。
リアル越えのリアリティとして、捜査班で重宝されている人物なのだ。
見えすぎてしまうので、精神的ショック等、
身体への負担が大きい。
「おい、ぼうっとしてんじゃねえよ、どうだった?」
現実に戻ってきたユーリが落ち着く暇もなく、
乱暴な男の声が響いた。
声の主は、捜査第1班のカザミ凌。
装置の横、壁にだらしなくもたれかかった長身男。
黒髪に、黒目がちな瞳。
タレ目だというのに、その目つきは鋭く威圧的な視線でユーリを睨み付ける。
「カザミさん。犯人がわかりました。やはりあの男でしたよ。」
脳裏に蘇る、生々しい感覚。
斧が降りかかり、
ぱっくりと頭が割れるおぞましさ。
「やっぱりあいつか。おい、理生(りお)、データ取れたか?」
部下に確認をとろうと振り返ったカザミの視線の先には、
子どものような幼さを顔に残した美少年。
可愛い顔立ちに似合わない、冷たく冷静な声の持ち主。
シンジ 理生。
「当たり前でしょう。全部録れましたよ。」
ユーリがStoryの中で見たもの、感じたもの、過去の記憶。
それら全ては彼の脳内を通して電子化され、記録される。
それが証拠として提出される。
ユーリは唯一、法的証拠能力が認められている、能力者なのだ。
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