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切り取り線
しおりを挟む私の目にはいつも切り取り線が見える。
彼女たちは、顔や身体のあちこちに点線のような切れ目が入っていて、私の目を優しく柔肌へと誘う。
私はいつもその点線に沿ってスゥッと爽快にメスを走らせる想像に思考を犯され、一日の何時間かを無駄に過ごしている。
こんなことはしたくはない。
目の前の仕事にだけ集中していたいし、アルコールのツンとした匂いで充満している箱のようなこの部屋で過ごす退屈な時間以外は、普通の人間でありたいと常日頃から願っている。
それでも電車の座席に腰掛け、手すりに掴まっている女性の二の腕が目の前に見えた時や、エスカレーターの数段先に白肌の脚を剥き出しにした女性が立っている時などは、考えずにはいられない。
これは職業病なのだ。
私は長い間美容整形外科の医師として働いている。
そのせいで診察室で出会う以外の女性にまで、無駄な修正を入れる癖がある。身体に染み付いてしまっているのだ。
全ての女性たちは、生まれたままの姿ですでに完成されていて美しい。
無駄に修正し、台無しにしたくはない。
そう願う心とは裏腹に、いつだって私の目に映る女性たちの顔や体には、点々とメスを走らせるべき軌道が透けて見えていた。
患者たちの願いは多種多様。流行の顔には年々変わっていく。
健康を損なっているようにさえ見える顔形、身体の細さ。
人間の骨を削る感覚は、快楽とも苦しみとも取れる振動を私の指先から体の内側へ伝え、降り積もる灰のように深々と蓄積されていった。
患者の願いを叶えるために、私は自身の美意識を歪めなければならないことが多々あり、それもまた長年の蓄積で大きなストレスとなってこの身に重くのしかかっていた。
「目はぱっちりと厚みのある二重で、鼻の形はこんな感じが良いんです。」
無邪気に微笑む彼女たちの期待に膨らんだ顔。
ありのままの彼女たちの美しさに、目が眩む。
手術台の上、煌々と輝く彼女たちの顔に、くっきりと切り取り線が見えた。
メスを入れる箇所に印をつけるために引かれたマーカーの線。先ほど自分が引いたものだ。
目が眩む。
彼女たちの美しさにぐらりと視界がぼやけた。
「先生、お願いします。」
メスを手に取ると、その瞬間はいつも妙に意識がはっきりする。
スッと、皮膚に入り肌を二分する金属。刃先が踊るようにキャンバスに綺麗な曲線を描いてゆく。
「先生・・・!先生・・・!」
看護師たちの声が少しずつ遠ざかっていくのを感じながら、ペンで引いた印に沿って私は気分良く指を滑らせて行った。
切り取り線が見える。
いつの間にか私は、マーカーで引いた印の上ではなく、切り取り線に沿って指を滑らせている。
まるで音楽に乗っているかのように、動きにリズムが生まれる。
指先はどこまでも続く切り取り線の上を、爽快に走り抜けていった。
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