彼女の葬列

aika

文字の大きさ
上 下
5 / 5

見知らぬ男

しおりを挟む

彼は、長山ながやま 英志えいじと名乗った。

姉より少し年上だろうか?

艶のある黒髪、男性にしては少し長めの襟足。
女性にモテそうだな、と思う。
影を感じさせるような、独特な雰囲気。


「蓮から君やお母さんの話は色々と聞いていたよ。」

納骨堂に延々と並ぶ死者たちの骨壺。彼らが生きていた余韻。
仏壇の奥にひっそりと仕舞い込まれていているけれど、彼らの存在を確かに感じる。

そんなことを考えながら立ち上がり、この場所で唯一生きている者同士向き合った。

「はじめまして。」

「君を見てすぐに和葉ちゃんだとわかった。色が白くて全然似ていない妹だって、蓮が言っていたから。」

彼は生気の無い顔で、力なく笑う。
口の端をやっとの思いで引き上げている。そんなふうに見えた。

「そうですか。確かに・・似ていない姉妹だとよく言われます。」

姉妹、という言葉に彼がハッと反応したように見えた。
何故だかわからないけれど、自分が彼の中の引き金を引いてしまったような、そんなバツの悪さがあった。

「この度は・・・なんと言ったらいいか・・・」

言いながら彼は深く俯いて、しばらくの間沈黙する。

納骨堂にふさわしい、静寂の時。

彼が泣いているのだとわかり、ギョッとする。
大人の男性が涙するところを初めて目にしたから、動揺してしまった。
その上、彼とは初対面なのだ。


「あの・・・これ、どうぞ・・・」

ショルダーバッグを漁ってハンカチを差し出すと、彼は手のひらで優しく制止して「ありがとう、」と消え入りそうな声を出す。
自分の上着のポケットからハンカチを取り出して、目を覆った。
白地に赤と紺のチェック模様が入ったタオルハンカチ。

「ごめんね。蓮がもうこの世に居ないんだと思ったら・・・・勝手に涙が溢れてきて止まらないんだ。」

彼は長年守り抜いてきた秘密を、初めて打ち明けるような深刻さで言った。

よく見ると彼の目の下はぼんやりと赤く腫れている。
白目も充血して赤かった。
泣き明かしたのだろうか。死んだ姉のために?

どのような繋がりの人物だろう。
「長山」という名前をどこかで聞いたことがあるような気がしてならない。

ふと、彼が握るハンカチに目が止まって、過去のある日と繋がったような気がした。
デジャヴとは、こういう感覚だろうか。
私は過去のある日、どこかでこのハンカチを見ている。見覚えがある。

過去の記憶を辿りながら、答えを探す。

「このハンカチは、蓮から・・もらったものなんだ。」

私の視線に気付いたのか、彼はハンカチに視線を落としながら遠い目で語り始めた。
その目は、姉にこのハンカチをプレゼントされた日を見つめているのだ。

「何度も使って結構ボロボロなんだけど・・出掛ける時にハンカチを選ぼうとすると、どうしても蓮にもらったものばかり手に取ってしまうんだよね。」

苦笑した彼は、先ほどよりとても若く見えた。
生命力が吹き込まれたような、柔らかな表情。

「他にももらったハンカチが数枚あるんだけど、どれもボロボロになりかけてる。」

彼の頬をすうっと涙が伝った。

俳優さんみたいだ。
大人の男性が涙を流すシーンは、非日常的でドラマの中の出来事のように感じる。
どこか嘘めいていて現実ではないような、ドラマのワンシーンを切り取ったような違和感がある。


「蓮はここで亡くなっていたのかな?」

ーーーどうして知ってるんですか?

訝しげにそう聞こうとした私の心情を察したのか、彼が慌てて続ける。

「お母さんに、聞いたよ。」

「母に?」

彼は何者なのか。
ますます頭が混乱する。

「お母さんには何度かお会いしたことがあって、お家にお邪魔したこともあるんだ。」

「そうなんですか?知らなかったです。失礼しました。」

謝罪の言葉を口にすれば、一瞬でも彼を怪しんでしまったことが筒抜けになるけれど、咄嗟にそう言ってしまった自分を悔やむ。

こういうところが特に、姉と似ていないと言われる所以なのかもしれない。

姉は誰かに言葉を発する時、その言葉が相手にどう響いて変化していくか先読みする人だった。
姉の言葉は全て、驚くほど複雑な思考を経てからこの世に生み出される。

それを一瞬でこなす姉の思考回路。
最期まで私には何一つ理解できなかったのだとまた一つ落胆した。

「君のお父さんにも、一度お会いしたことがあるんだ。」

父にまで?
私は目の前にいるこの男性の正体がますますわからなくなり、混乱していた。

姉は夫の藤野さんにさえ、父を会わせたことがなかった。
会わせる前に父が病気になり、あっという間にこの世を去ってしまったのだ。

「失礼ですが、姉とはどういったご関係ですか?」

「蓮とは15年前からお付き合いさせてもらっています。君に会うのがこんな形になるなんて、思ってもいなかったよ。」


私は唖然とし、次の言葉が出てこなかった。

ーーー姉の15年来の恋人。


思考回路が完全にショートしてしまった私は、彼の顔を見つめながらただ黙ってその場に立ち尽くしていた。


しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

闇の残火―近江に潜む闇―

渋川宙
ミステリー
美少女に導かれて迷い込んだ村は、秘密を抱える村だった!? 歴史大好き、民俗学大好きな大学生の古関文人。彼が夏休みを利用して出掛けたのは滋賀県だった。 そこで紀貫之のお墓にお参りしたところ不思議な少女と出会い、秘密の村に転がり落ちることに!? さらにその村で不可解な殺人事件まで起こり――

彼女が愛した彼は

朝飛
ミステリー
美しく妖艶な妻の朱海(あけみ)と幸せな結婚生活を送るはずだった真也(しんや)だが、ある時を堺に朱海が精神を病んでしまい、苦痛に満ちた結婚生活へと変わってしまった。 朱海が病んでしまった理由は何なのか。真相に迫ろうとする度に謎が深まり、、、。

虚像のゆりかご

新菜いに
ミステリー
フリーターの青年・八尾《やお》が気が付いた時、足元には死体が転がっていた。 見知らぬ場所、誰かも分からない死体――混乱しながらもどういう経緯でこうなったのか記憶を呼び起こそうとするが、気絶させられていたのか全く何も思い出せない。 しかも自分の手には大量の血を拭き取ったような跡があり、はたから見たら八尾自身が人を殺したのかと思われる状況。 誰かが自分を殺人犯に仕立て上げようとしている――そう気付いた時、怪しげな女が姿を現した。 意味の分からないことばかり自分に言ってくる女。 徐々に明らかになる死体の素性。 案の定八尾の元にやってきた警察。 無実の罪を着せられないためには、自分で真犯人を見つけるしかない。 八尾は行動を起こすことを決意するが、また新たな死体が見つかり…… ※動物が殺される描写があります。苦手な方はご注意ください。 ※登場する施設の中には架空のものもあります。 ※この作品はカクヨムでも掲載しています。 ©2022 新菜いに

灯 不器用父さんの反省記

雨実 和兎
ミステリー
子供二人を残し死んでしまった夫が霊となり、 残した家族と過去の自分を振り返る話 sweetではなくbitterな作品です 広義な意味でのミステリー 1話は短編感覚で読めるので1話だけでもオススメです(; ・`д・´)/ 表紙絵@urana_vagyさん 当作品はブログ・なろう・カクヨムでも掲載しています。 詩の投稿も始めましたのでそちらも是非宜しくです(o*。_。)oペコッ

奴隷装飾な幼女と名も無き隣人

クライン・トレイン
ミステリー
誰もしならい地域の取材をと 足を運ばせたフリーライターが見た景色 そこには刀を振るわせるジジババ集団と 巫女姿の幼女が織りなす意味不明な領域だった そうして巫女姿の幼女に連れ去られて 連行された場所は幼女の群れだった そこでは幼女が風俗で働いていた 世界は、社会はいつしか変わってしまっていた この日本がガラパゴス諸島と呼ばれてから いくつの逃げる人々が跋扈したのだろう そして逃げられない人々を世界はこう呼んだ ネガウイルスを持った人間だと フリーライターの主人公と巫女姿の幼女の物語です 直ぐ終わります いつ終わるかは不明です

Mello Yello ~Do not draw the Sea~

雪村穂高
ミステリー
「海は描いちゃダメ」 郷土の風景を描く夏休みの美術の宿題に付け足された、 美術教師・斎藤による意味深長な注文。 中学1年生のシャロと彩は、その言葉に隠された謎を探る。 暇つぶしのようにして始められた二人の推理。 しかし推理は徐々にきな臭い方向へと向かって行き――

世界は妖しく嗤う【リメイク前】

明智風龍
ミステリー
その日の午後8時32分にそれは起きた。 父親の逮捕──により少年らは一転して加害者家族に。 唐突に突きつけられたその現実に翻弄されながら、「父親は無実である」というような名を名乗る謎の支援者に励まされ、 ──少年は決意する。 「父さんは無実だ」 その言葉を信じ、少年は現実に活路を見いだし、立ち上がる。 15歳という少年の身でありながら、父親を無事救い出せるのか? 事件の核心に迫る!! ◆見所◆ ギャグ回あり。 おもらしにかける熱い思いをミニストーリーとして、2章学校編7~9に収録。 ◆皆さん。謎解きの時間です。 主人公の少年、五明悠基(ごみょうゆうき)君が、とある先生が打鍵している様子と、打鍵したキーのメモを挿し絵に用意してます。 是非解いてみてください。 挿し絵の謎が全て解けたなら、物語の核心がわかるかもしれません! ◆章設定について。 おおよそ区別してます。 ◆報告 しばらく学校編続きます! R18からR15にタグ変更しました。 ◆表紙ははちのす様に描いていただきましたので表紙を更新させていただきます!

(完結)思惑と憶測と答えのない人生

663
ミステリー
平凡な会社員であったAの突然の死と その周りが繰り広げる憶測の答えのない物語

処理中です...