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見知らぬ男
しおりを挟む彼は、長山 英志と名乗った。
姉より少し年上だろうか?
艶のある黒髪、男性にしては少し長めの襟足。
女性にモテそうだな、と思う。
影を感じさせるような、独特な雰囲気。
「蓮から君やお母さんの話は色々と聞いていたよ。」
納骨堂に延々と並ぶ死者たちの骨壺。彼らが生きていた余韻。
仏壇の奥にひっそりと仕舞い込まれていているけれど、彼らの存在を確かに感じる。
そんなことを考えながら立ち上がり、この場所で唯一生きている者同士向き合った。
「はじめまして。」
「君を見てすぐに和葉ちゃんだとわかった。色が白くて全然似ていない妹だって、蓮が言っていたから。」
彼は生気の無い顔で、力なく笑う。
口の端をやっとの思いで引き上げている。そんなふうに見えた。
「そうですか。確かに・・似ていない姉妹だとよく言われます。」
姉妹、という言葉に彼がハッと反応したように見えた。
何故だかわからないけれど、自分が彼の中の引き金を引いてしまったような、そんなバツの悪さがあった。
「この度は・・・なんと言ったらいいか・・・」
言いながら彼は深く俯いて、しばらくの間沈黙する。
納骨堂にふさわしい、静寂の時。
彼が泣いているのだとわかり、ギョッとする。
大人の男性が涙するところを初めて目にしたから、動揺してしまった。
その上、彼とは初対面なのだ。
「あの・・・これ、どうぞ・・・」
ショルダーバッグを漁ってハンカチを差し出すと、彼は手のひらで優しく制止して「ありがとう、」と消え入りそうな声を出す。
自分の上着のポケットからハンカチを取り出して、目を覆った。
白地に赤と紺のチェック模様が入ったタオルハンカチ。
「ごめんね。蓮がもうこの世に居ないんだと思ったら・・・・勝手に涙が溢れてきて止まらないんだ。」
彼は長年守り抜いてきた秘密を、初めて打ち明けるような深刻さで言った。
よく見ると彼の目の下はぼんやりと赤く腫れている。
白目も充血して赤かった。
泣き明かしたのだろうか。死んだ姉のために?
どのような繋がりの人物だろう。
「長山」という名前をどこかで聞いたことがあるような気がしてならない。
ふと、彼が握るハンカチに目が止まって、過去のある日と繋がったような気がした。
デジャヴとは、こういう感覚だろうか。
私は過去のある日、どこかでこのハンカチを見ている。見覚えがある。
過去の記憶を辿りながら、答えを探す。
「このハンカチは、蓮から・・もらったものなんだ。」
私の視線に気付いたのか、彼はハンカチに視線を落としながら遠い目で語り始めた。
その目は、姉にこのハンカチをプレゼントされた日を見つめているのだ。
「何度も使って結構ボロボロなんだけど・・出掛ける時にハンカチを選ぼうとすると、どうしても蓮にもらったものばかり手に取ってしまうんだよね。」
苦笑した彼は、先ほどよりとても若く見えた。
生命力が吹き込まれたような、柔らかな表情。
「他にももらったハンカチが数枚あるんだけど、どれもボロボロになりかけてる。」
彼の頬をすうっと涙が伝った。
俳優さんみたいだ。
大人の男性が涙を流すシーンは、非日常的でドラマの中の出来事のように感じる。
どこか嘘めいていて現実ではないような、ドラマのワンシーンを切り取ったような違和感がある。
「蓮はここで亡くなっていたのかな?」
ーーーどうして知ってるんですか?
訝しげにそう聞こうとした私の心情を察したのか、彼が慌てて続ける。
「お母さんに、聞いたよ。」
「母に?」
彼は何者なのか。
ますます頭が混乱する。
「お母さんには何度かお会いしたことがあって、お家にお邪魔したこともあるんだ。」
「そうなんですか?知らなかったです。失礼しました。」
謝罪の言葉を口にすれば、一瞬でも彼を怪しんでしまったことが筒抜けになるけれど、咄嗟にそう言ってしまった自分を悔やむ。
こういうところが特に、姉と似ていないと言われる所以なのかもしれない。
姉は誰かに言葉を発する時、その言葉が相手にどう響いて変化していくか先読みする人だった。
姉の言葉は全て、驚くほど複雑な思考を経てからこの世に生み出される。
それを一瞬でこなす姉の思考回路。
最期まで私には何一つ理解できなかったのだとまた一つ落胆した。
「君のお父さんにも、一度お会いしたことがあるんだ。」
父にまで?
私は目の前にいるこの男性の正体がますますわからなくなり、混乱していた。
姉は夫の藤野さんにさえ、父を会わせたことがなかった。
会わせる前に父が病気になり、あっという間にこの世を去ってしまったのだ。
「失礼ですが、姉とはどういったご関係ですか?」
「蓮とは15年前からお付き合いさせてもらっています。君に会うのがこんな形になるなんて、思ってもいなかったよ。」
私は唖然とし、次の言葉が出てこなかった。
ーーー姉の15年来の恋人。
思考回路が完全にショートしてしまった私は、彼の顔を見つめながらただ黙ってその場に立ち尽くしていた。
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