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『委員長だからって、良い子ってわけじゃない。』(前編)

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僕は高校でクラス委員をやっている地味な男子生徒だ。
副委員長。自分から名乗り出たわけじゃない。
昔から面倒な雑用を押し付けられるポジションにいる。ただそれだけのことだ。

クラスに必ず2、3人はいる、地味で何の変哲もない男子生徒。
演劇の登場人物だったとしたら、男子生徒AとかBとして、名前もつけてもらえないような人間だ。

クラスの副委員長としての仕事は、課題のノートを集めたり、学校祭の出し物の投票を行ったり、そういう地味なものがほとんど。
生徒から見ても、先生から見ても、ちょうど都合の良い扱いをされる損な役回りだった。

「田辺君、アンケート集めておいてくれた?」

委員長は学年トップの成績の優等生。
放課後、誰も居なくなった教室で机に突っ伏していた僕の横に、いつの間にか彼女が立っていた。

胸の辺りまで伸びた綺麗な黒髪。今時の女子高生には珍しい三つ編みで、せっかくの艶髪を台無しにしている。
細縁のメガネをした彼女は、いかにも知的で上品な微笑みを浮かべて僕を見下ろしていた。

「あ、委員長。ごめん。集めておいたよ。」

何も謝る必要がない場面でも、僕は口癖で「ごめん」と言ってしまう。
卑屈で引っ込み思案、押しに弱いこの性格を直したいと常々思っているのに、口癖とは恐ろしいものだ。無意識のうちに出ている。

「忙しいのに集めてくれてありがとう。」

彼女の前に差し出したアンケート用紙の束を受け取りながら、委員長は優しく笑った。

可愛い。

彼女は細縁の眼鏡で可愛らしい顔立ちを上手に隠しているつもりだけれど、男子生徒は皆気付いている。
眼鏡を外すと可愛い女子、の典型的なタイプ。

セーラー服の上からでもわかる豊満な胸の膨らみ。
校則に定めてある長さを忠実に守っている膝丈のスカートに紺色ソックス。
数センチしか露出していない脚は、ちょうど良い具合にむっちりとしている。
黒板の前に立って教壇に肘をついている時、後ろに突き出された存在感のあるまあるいお尻。

クラスの勝気で騒がしい女子たちの中でも一目置かれている、芯のある彼女の立ち姿が僕は好きだった。
自分の意見をあまり主張せずみんなの意見をまとめる彼女は、スカートをギリギリまで短くしてセックスアピールやマウンティングに忙しいクラスの女子たちとは違った魅力を持っている。
一歩下がって男を立てる女性が良いなんて言ったら、女子たちからボコボコにされそうだけど、僕は委員長の聡明で少し古典的な雰囲気に好意を持っていた。


「田辺君、明日の課題はもう終わったの?」

「え、なんだっけ?」

「明日提出の数学の課題。」

「あ、すっかり忘れてた。」

どうしよう。
僕は典型的な文系人間で、理数系の科目は全滅と言っていいくらい全て苦手だった。

「みんな数学の課題をやるって言って、今日は早く帰ったのよ。」

なるほど。どうりで引けが早いと思った。
産休の先生の代わりに新しく赴任してきた数学の教師は、初日から張り切って大量の課題を出した。
アンケートや雑用に翻弄されていた僕はすっかり課題のことを失念していたのだ。

「教えてあげようか。」

「え?」

「田辺君、数学苦手でしょう。アンケート集めておいてくれたから、そのお礼に。」

委員長は理数系が得意で、どんな難しい問題も解いてしまう。

「その代わり、古文の課題手伝ってくれる?田辺君、得意だったよね。」

委員長はとても性格が良い。
クラスメイトのことをよく知っているし、人を手助けするだけでなく相手にもきちんと頼る。
距離感が心地よい。

「もちろん。ありがとう、助かるよ。」

僕と委員長は一緒にアンケートを作ったり、クラスで必要なものを一緒に買いに行ったり、2人で行動することが時々あった。



「あ、古文のノート、家に置いてきちゃった。」
図書館に向かって廊下を歩いていたら、突然彼女が立ち止まる。

「そっか、今日古文の授業なかったもんね。」

「田辺君、図書館じゃなくて・・・私の部屋で一緒に課題やらない?」

ドキッと胸が鳴る。
委員長の顔が、何か含みのある色っぽい表情を一瞬浮かべたように見えた。

これは思春期の男子の勝手な妄想だ。
僕は自分に言い聞かせた。

「俺に気があるのかもしれない」なんて、クラスの男子生徒たちが妙な思い込みをして失敗している場面によく遭遇した。

思春期の男子は、思い込みが激しくて自意識過剰なのだ。
勝手に思い込んで玉砕するのはごめんだった。
自分の気持ちに保険をかける。

「いいよ。急にお邪魔して大丈夫なの?」

「大丈夫。じゃあ、早く行こ。」

彼女が僕の学ランの袖を引っ張った。

可愛い。

今のはどう考えても思わせぶりで意味深じゃないか?なんて、頭の中でぐるぐると思考が巡る。
妙な期待がムクムクと膨らんでいくのを、僕は抑えることが出来なかった。



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