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music.7 音楽に愛された男 (SIDE 陸)
しおりを挟む「だから、何回言ったらわかるんだよ。俺の言う通りにできないなら出ていけ!」
このセリフ、一体何万回言われただろう。
陸は持ち前の明るさと、根性と気合のみで生成されたような不屈の魂を持ってしても簡単には越えられない壁を感じていた。
突然同居することになった天才作曲家の美雨音 三幸。
プロデューサーとして歌のレッスンをしてくれる彼は、天才であるが故に凡人の限界を理解できない。
それに加えてここ数日は、かなり機嫌が悪い。
怒り心頭で楽譜を投げ捨てた彼は、ドスドスと大きな足音を響かせて二階の寝室に籠ってしまった。
「はぁ・・・」
俺たちのバンドに足りないもの。
真剣に良くしようとしてくれているのがわかるから、自分の不甲斐なさに心が沈む。
俺の歌声。
何度も何度も否定されると、流石に自信を無くしてしまう。
『陸の声じゃなきゃ、俺らの音楽に合わない。』
メンバーたちの言葉が響いて、とっさに頭を大きく横に振った。
弱気になりかけている自分を奮い立たせる。
俺たちのバンドは、俺の歌声じゃなきゃダメなんだ。
「あれ、陸。どうした?今日は打ち合わせの日じゃないよ。」
三幸と同じ部屋に帰る気になれなくて、バイト帰り自然と事務所に足が向いた。
ロビーにコーヒーを買いに来た社長が、廊下の長椅子に座っている俺の姿を見つけて手を振る。
こちらまで歩いてくると、隣に腰掛けた。
「俺のレッスン、全然うまく行かなくて・・・三幸に怒られてばっかで・・・」
「珍しく落ち込んでるの?三幸君は言葉で伝えるの苦手な人だからね。感性の人だから。」
なんでもないことのようにケラケラと笑う社長の顔を見ていたら、なんだか少し気が楽になった。
「ダメって言われても何がどうダメなのか全然わかんなくて、三幸が俺に何を求めてんのか・・・どうしたら、求められてる俺になれるんだろう・・・」
コーヒーをズズズとすする音が響く。
「求められてる俺、ね。」
社長がポンポンと俺の頭を撫でた。
彼の顔を見上げると、何か思いついたように彼がニカっと笑う。
「そうだ、三幸君の秘蔵VTR観せてあげる。」
♢♢♢♢♢♢♢
難しそうな機械がたくさん置いてある部屋の一角にあるスクリーン。
こんな部屋あったんだ、とキョロキョロ見回していると、ゴソゴソと棚で探し物をしていた社長が声を上げる。
「あったあった。伝説のバンド時代の秘蔵VTR。」
「伝説のバンド時代?」
「聞いたことない?三幸君はdyingっていうバンドのボーカルやってたの。」
「知らない。ネットで調べたけど、そんなこと書いてなかった。」
「あぁ、それね、バンドは違う名義で活動してたから。」
スクリーンに映し出される彼を見て、俺は息を飲んだ。
若い。まだ幼い顔立ちの三幸。野外ライブだろうか。
ステージの上で嬉しそうにはしゃぐ彼。
今朝俺に怒鳴り散らしたあいつと、本当に同じ人物なんだろうか?
彼は最高に楽しそうに、飛び回っている。
音楽が好きだ。音楽を愛している。
歌うことがたまらなく楽しくて幸せなんだと、身体全部で表現している彼が居た。
あの顔。
この前、初めて俺に見せた笑顔。
胸がまたドキドキとbeatを刻み始める。
こんな風に身体中で、音楽を表現出来たら、どんなに気持ちが良いんだろう。
『心と身体と、俺の全てで』
彼が描いた曲。彼の歌声。
いつの間にかまた、目から涙が溢れ出ていた。
彼はピアノだけじゃなかったんだ。
音楽に愛された天才。ピアノも歌も、何もかも。
彼は彼の全てで音楽を愛している。
俺に足りないものが何なのか、わかった気がした。
俺は彼から目が離せなかった。
ずっとずっと永遠に、彼を見ていたいと、そう思った。
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