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music.3 突然の同居人
しおりを挟む美雨音 三幸は、激しく後悔していた。
いくら社長命令だからと言って、このやかましいワンコと一つ屋根の下で暮らすことをOKしてしまうなんて。
社長の剛さんは、かなりのやり手だ。
俺だってこの業界ではかなりのやり手である自負があるけれど、彼の押しの強さは天下一品。かないっこない。
彼のおかげで今この業界で活躍している自分がいるのだから、
どれほど成功を収めたとしても、彼には一生頭が上がらない。
手のつけられない廃人状態で、ボロボロの生活を送っていた俺の才能を見出して救い上げてくれた人。
家族同然のような存在なのだ。
とはいえ、このうるさくて小生意気な犬と一緒に暮らすというのは、苦痛以外の何物でもない。
俺はたった一週間ですでに、音をあげそうになっていた。
「なぁ、朝ごはん出来てるんだけど、何時になったら起きんの?」
至近距離からの声に驚いて目を開けると、すぐ横に陸が立っていた。
当然のように俺の寝室まで入り込んでくる。
寝室には入ってくるな、と何度言い聞かせても全く理解する様子がなかった。
陸は人との距離感が近い。
テリトリーというものが無いに等しい彼の行動にいちいち腹が立つ。
「うるせぇな。お前いい加減覚えろ。俺は夜型なんだよ。朝は寝かせとけって言ってんだろ。」
「いや、朝はちゃんと食べなきゃだめだろ。それに生活リズムを整えないと、そのクマ、一生なおんねぇよ。」
彼は悪びれもせずに、俺の目の下にできた深いクマを指さした。
「徹夜明けなんだから、クマは出来てて当然なんだよ。つか、お前が起こすから睡眠不足になってんの。」
いい加減、わかれよ。
理解しろ。
この犬は、何度言ってもうるさく足元に纏わりついて、俺の言うことを全く聞かない。
「俺には俺の生活リズムがあるんだよ。お前は居候なんだから、俺に合わせろ。」
「俺だってあんたなんか放っておきたいけど、社長から言われてんの!生活リズムを整えて、午前中から仕事のスケジュール組めるようにしてくれって。」
「な・・・あの鬼社長そんなこと言ってんのかよ・・・」
あまりにもしつこい犬の相手が面倒になって、俺は渋々起きて朝食をとることにした。
社長の命令には逆らえない。
それにこの忠実な犬は、俺がNOと言っても社長への恩義を尽くすだろう。
「なぁ、今日はいつレッスンつけてくれんの?」
朝食の席につくと、陸がキラキラとあからさまに目を輝かせて俺を見つめてきた。
あぁ、本当にめんどくせえ。
「お前ら、今日打ち合わせあるって言ってなかったか?」
「それは夕方から。バイトまで時間あるから、それまでレッスンして欲しいです!」
「いや、こんな時だけ敬語かよ。お前ほんっといい性格してるな。」
「あんたのことは本当に尊敬してる。こんな意地悪な性格だけど、才能の部分だけは本気で尊敬してるし、憧れてさえいるんで。」
「生意気な野郎だな。本当に。」
相手にしているだけで、エネルギーが吸い取られる。
陸は、家事が得意らしい。
身体が不自由な祖母と長い間二人で暮らしていたのだと、社長から聞いた。
こいつと俺は全然関係のない赤の他人だけど、自分の生い立ちと少し重なる気がして、妙に気になる。
初めてこいつの歌を聴いた時、純粋に良いと思った。
真っ直ぐで、裏表がまるでなくて、かっこつけるとか自分をよく見せようと偽るところが何もない、剥き出しの才能。
これは天性の才能だ。そう感じた。
男にしては甘くて可愛い声だが、独特の掠れた声音のアンバランスさが耳に残る。
子どものような顔立ちをした、生意気なこのガキを、育ててみたいとそう思ったのだ。
今の俺には到底表現できない、剥き出しの真っ直ぐな才能。
「そういや、お前らのバンド名って終わり、って意味だよな。」
「『over』は向こう側、とか、超える、とか全てとかそっちの意味だよ。」
「いや、幅広すぎだろ。まぁ、お前ららしい適当さだな。」
「適当なんかじゃねぇし。覚えやすくていいだろ。」
「覚えやすいか?埋もれる名前だと思うけどな。」
赤毛のワンコは何を言ってもめげずに言い返してくる負けず嫌い。
そういう性格の男は嫌いじゃない。
年下で俺のレッスンを受けたいと懇願する立場のくせに、物怖じせずに意見してくる生意気さ。
ついつい絡みたくなる自分がいる。
「いいんだよ。曲が最高なら嫌でも覚えてもらえるんだから!」
「お前って単純で本当いい頭してるな。」
「な、バカにすんなよ!」
いつでも全力。いつでも大真面目。まっすぐで、駆け引きを知らない。
「曲が最高って簡単に言うけどな、最高の曲に必要なものってお前は何だと思う?」
「そんなの決まってるだろ。beatだよ!完全完璧なbeat!!」
全くこいつは。
陸の真っ直ぐさは、天性のものだ。
恥ずかしげもなく素直に自分の中身をさらけ出すこいつを、心底眩しいと思った。
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