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潜入捜査 (SIDE レオン)
しおりを挟む俺は人生の全てを、この国に捧げている。
そう言っても過言じゃないほどに365日、ずっと仕事をしている。
仕事以外のことは、頭にない。
アイスコーヒーをグラスに注ぎながら、カウンター席に座る女をチラリと盗み見た。
フアリー公国の防衛部特殊捜査員。スパイ兼特殊警察。
あらゆる権限を与えられており、表立って捜査できない案件を主に担当している。
プラチナブロンドの髪、ヘーゼルとブルーのオッドアイ。
俺の顔立ちは、スパイには向かない。
一度見たら忘れられないルックスは、スパイという職業では不利に働くのだ。
ブルーの瞳にはヘーゼルのコンタクトを着けて、印象的なオッドアイを隠す。
得意分野は潜入捜査だ。
潜入捜査を命じられてターゲットに近づいたら、思わぬ先客が居て驚いた。
国際警察の奴らがもう情報を得ていたらしい。
俺は連中が大嫌いだった。
国際警察。
いつもいつも仕事の邪魔になる、余計なことばかりをする連中だ。
カフェのキッチンに向かいながら、ターゲットに声をかける。
「何か良いことでもありましたか?」
え?とこちらを見た彼女がほんのり頬を染めたのを見て、内心舌打ちした。
「良いことっていうか・・・久々に外で食事するんです。」
あの野郎。
恥じらうように俯いた彼女が、長い睫毛を伏せてはにかんだのを見て、俺は頭に血が上ってしまった。
宿敵、国際警察所属の秦野 浩市。
俺が、ほとんど「憎しみ」と言って良いような強い感情を抱く男。
奴には邪魔されてばかりだ。
秦野を思うと俺はいつも、はらわたが煮え繰り返るような激しい感情に襲われる。
もちろん顔には出さない。
常連の彼女がいつも注文するパンケーキ。
手際良くホイップとアーモンドチップをトッピングする。
「デートですか?酷いなぁ、僕の誘いは断っておいて。」
「え?私、七瀬さんにデートに誘われたことなんて無いですよ。」
カウンター越しの彼女は、悪戯にふふふと笑った。
アイスコーヒーのグラスの中、氷がカラン、と小気味よい音を立てる。
「七瀬」というのは、数多くある俺の偽名の一つ。
半年以上前から潜入捜査のため、カフェのバリスタとして働いていた。
このカフェの隣にある楽器店が麻薬組織のマネーロンダリングに携わっているという情報を得て張り込んでいたのだが、思わぬ形で別の事件と関わることになった。
「ムーンウォーター」。
国を挙げて追っている謎多き組織。
記憶を塗り替え人格を破壊してしまう毒薬、通称「忘れ薬」を製造流通させているとして、長い間マークしてきた組織だ。
その組織の幹部であるノアという男の恋人が、このカフェの常連のナオミという女であると知った時、俺は心底驚いた。
このカフェで潜入捜査を始めた当初から、彼女はここの常連だったのだ。
毎日のように話していた常連の女が、あのノアの恋人だったという皮肉。
俺はまるで気付けずに、彼女のために毎日パンケーキを焼いていた自分が許せなかった。
彼女は悪の組織の幹部の恋人。そんな風には見えなかった。
おっとりとした話し方。本性が悪女だと言うのであれば隠し方が巧すぎる。
彼女は一体何者なのか。
半年にわたり毎日のように会話をしていた女の本性を、見抜くことが出来なかった。
悔やんでも悔やみきれないその事実に、俺は奥歯を噛み締める。
その上、国際警察の秦野に先を越される始末。
俺も腕が鈍ったものだ。
隣人として、秦野はすでに彼女に接触している。
「パンケーキ、焼き上がりましたよ。」
「わぁ~七瀬さんの作るパンケーキ大好きです。」
美味しそう~とはしゃぐ彼女の顔を見つめる。
どこからどう見ても、普通の女にしか見えない。
これほど本性が見えない女は初めてだった。
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