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『勝てない相手』(SIDE 野池 智彌)
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瀬戸先生は、愛さんにだけ意地悪だ。
それは特別な感情があるからなのだと気付くまでに、長い時間がかかった。
一夜の過ちを犯したと愛さんに告白され、その相手が瀬戸先生だと知って初めて、そう気が付いた。
「相手は、瀬戸なんだ・・・」
「瀬戸・・・先生・・・?」
過去に何か因縁があるのだとは思っていたけれど、医者を目指す者として信念上の衝突があったのだろうというくらいにしか思っていなかった。
瀬戸先生を抱いたのではなく、愛さんが抱かれたのだという。
全然想像できなくて、実感が湧かない。
「愛さんが・・・抱かれた・・・?」
言い訳にもならないがと前置きした上で、アルコールが入っていた上ほとんど無理矢理という状況だったと彼は続ける。それでも快楽に屈してしまったのは自分の落ち度だと、愛さんは深く頭を下げた。
悲しさも悔しさも何も、湧いてこない。
「智彌、ごめん。」
仕事終わり、俺を待っていた瀬戸先生が真剣な顔をしていて焦る。
こんな素敵な人に言い寄られたら、誰でもなびいてしまうだろう。
俺は絶対、この人に勝てない。
「俺も、愛が好きなんだ。」
丹念、と苦々しい表情で呼ぶ彼しか知らなかった。
愛、と呼ぶ彼の声に、心が震える。
彼が本気なのだと一目で分かった。
「愛さんから、聞きました。」
対抗するように愛しい彼の名を、口にする。
ライオンに睨まれたシマウマの気持ちってこんな感じかな、なんて場違いな考えで頭がいっぱいだった。
「智彌を傷つけることになるのに、抑えられなかった。ごめんね。」
やっぱり、実感が湧かない。
愛さんが、彼に抱かれた?
爽やかで誰もが振り返る彼のルックス、真剣な瞳、鍛えられた肉体、男としての器、過酷な場所で生き抜く強さ。
どれをとっても、俺は負けている。
彼と・・愛さんを取り合う・・・?
勝ち目はないという事実だけがここにあって、成す術がない俺はただ立ち尽くすしかなかった。
俺が怒ったり騒いだり泣き喚いたりしないことで、愛さんはさらに罰が悪そうだ。
貶されたり、罵られたりした方がよっぽど楽だ、という顔をしている。
「愛さん、」
「・・・おう、」
こんな愛さん初めて見た。
呑気にも程があるけれど、俺は彼の知らない一面を見たことで、新鮮なときめきを覚えている。
「今夜、外でご飯食べませんか?」
「あぁ、いいぞ。何食べたい?」
「前に連れて行ってくれた、お好み焼きのお店はどうですか?」
「いいな。車回してくる。・・智彌、」
身長が高くて骨格がしっかりしている愛さんは、モデルみたいでとても絵になる。
かっこいいなぁとぼんやり見つめていたら、彼が振り返って俺を抱き寄せた。
キス。
どんどん深くなって、荒々しいキスになる。
「愛してる、智彌。」
苦しそうにハァ、と呼吸した彼は、ひどく官能的だった。
この人が自分の恋人なのだという事実に、俺はいつも信じられない気持ちになる。
「俺も愛してます、愛さん。」
離れ難いという顔で、彼はもう一度俺に唇を重ねた。
キスだけで、何度も気付かされることがある。
愛なんて、日常のどこにだって潜んでいるのかもしれない。
俺は心底、丹念 愛に惚れている。
それは特別な感情があるからなのだと気付くまでに、長い時間がかかった。
一夜の過ちを犯したと愛さんに告白され、その相手が瀬戸先生だと知って初めて、そう気が付いた。
「相手は、瀬戸なんだ・・・」
「瀬戸・・・先生・・・?」
過去に何か因縁があるのだとは思っていたけれど、医者を目指す者として信念上の衝突があったのだろうというくらいにしか思っていなかった。
瀬戸先生を抱いたのではなく、愛さんが抱かれたのだという。
全然想像できなくて、実感が湧かない。
「愛さんが・・・抱かれた・・・?」
言い訳にもならないがと前置きした上で、アルコールが入っていた上ほとんど無理矢理という状況だったと彼は続ける。それでも快楽に屈してしまったのは自分の落ち度だと、愛さんは深く頭を下げた。
悲しさも悔しさも何も、湧いてこない。
「智彌、ごめん。」
仕事終わり、俺を待っていた瀬戸先生が真剣な顔をしていて焦る。
こんな素敵な人に言い寄られたら、誰でもなびいてしまうだろう。
俺は絶対、この人に勝てない。
「俺も、愛が好きなんだ。」
丹念、と苦々しい表情で呼ぶ彼しか知らなかった。
愛、と呼ぶ彼の声に、心が震える。
彼が本気なのだと一目で分かった。
「愛さんから、聞きました。」
対抗するように愛しい彼の名を、口にする。
ライオンに睨まれたシマウマの気持ちってこんな感じかな、なんて場違いな考えで頭がいっぱいだった。
「智彌を傷つけることになるのに、抑えられなかった。ごめんね。」
やっぱり、実感が湧かない。
愛さんが、彼に抱かれた?
爽やかで誰もが振り返る彼のルックス、真剣な瞳、鍛えられた肉体、男としての器、過酷な場所で生き抜く強さ。
どれをとっても、俺は負けている。
彼と・・愛さんを取り合う・・・?
勝ち目はないという事実だけがここにあって、成す術がない俺はただ立ち尽くすしかなかった。
俺が怒ったり騒いだり泣き喚いたりしないことで、愛さんはさらに罰が悪そうだ。
貶されたり、罵られたりした方がよっぽど楽だ、という顔をしている。
「愛さん、」
「・・・おう、」
こんな愛さん初めて見た。
呑気にも程があるけれど、俺は彼の知らない一面を見たことで、新鮮なときめきを覚えている。
「今夜、外でご飯食べませんか?」
「あぁ、いいぞ。何食べたい?」
「前に連れて行ってくれた、お好み焼きのお店はどうですか?」
「いいな。車回してくる。・・智彌、」
身長が高くて骨格がしっかりしている愛さんは、モデルみたいでとても絵になる。
かっこいいなぁとぼんやり見つめていたら、彼が振り返って俺を抱き寄せた。
キス。
どんどん深くなって、荒々しいキスになる。
「愛してる、智彌。」
苦しそうにハァ、と呼吸した彼は、ひどく官能的だった。
この人が自分の恋人なのだという事実に、俺はいつも信じられない気持ちになる。
「俺も愛してます、愛さん。」
離れ難いという顔で、彼はもう一度俺に唇を重ねた。
キスだけで、何度も気付かされることがある。
愛なんて、日常のどこにだって潜んでいるのかもしれない。
俺は心底、丹念 愛に惚れている。
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