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『心の乱れ』 (SIDE 成瀬 道影)
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♡成瀬 道影(なるせ みちかげ) 38歳
肩につく長さの黒髪。丸メガネ。
穏やかで達観した僧侶のような人物。
誰からも好かれ、顔が広い。
呼吸器外科の範田医師とは同期で仲が良い。
♡道野 幸人(みちの ゆきと)
消化器外科の医師。
童顔で幼く見える可愛らしい顔立ち。パッツンと切りそろえられた前髪が印象的。
緩和ケア医の成瀬とは元研修医と元指導医という繋がりで仲が良い。
寺の息子で、達観している。人の心の動きを読む能力が高い。
緩和ケア医を目指していたが、成瀬と出会って専攻を変えた。
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大きな病気に罹った時、受け止め方は人それぞれだ。
この仕事をしていると、人生を大きく変えてしまうような重大な病気を告知しなければならない、とても残酷な瞬間がよく訪れる。
余命を告げる、という責任重大な瞬間も。
余命なんて言うものじゃないな、とこの仕事に就いた当初からよく感じていたが、長く経験を重ねていくたびにますますそう思うようになった。
同じ病気、同じような状況、進行具合であったとしても、個々の生命体が持つ治癒力や生命力、生きようとする気力によって全然違うストーリーを辿るからだ。
余命三ヶ月、と一般的に見てまず間違い無いだろうという患者であっても、宣告通り三ヶ月で亡くなる方もいれば、一年、三年、稀ではあるけれど奇跡的に完治する人さえいる。
緩和ケア医として、患者にどう接していくべきか、頭がおかしくなるほど考え込んだ時期もあった。
人の運命はわからない。
医師であっても、人の運命などわかるはずもないのだ。
「成瀬先生、どうしたんですか?」
19時過ぎ、仕事が落ち着いたので帰宅する前にと休憩室でお茶を飲んでいたら、見知った顔が話しかけてきた。私の座る長椅子によいしょ、と言いながら腰を下ろす白衣の男。
「なにがかな?」
彼はこちらをチラリと横目で見ると前に視線を戻してコーヒーを一口飲み、口を開いた。
コーヒーの苦い香りが鼻をかすめる。
「いえ、いつもと違う様子だったので、気になりまして。」
私は穏やかだと周りからよく言われる。
この仕事に就いてから、心に波風が立たないように長年修行をしてきた。
その成果には自分なりに満足しているのだが、彼にだけは私の感情が見えるらしい。
消化器外科医である彼、道野 幸人は「研修医」として私の人生に現れた。
私は彼の元指導医だ。
寺の息子である彼は、私が常日頃から寺に修行に通っていることを瞬時に見抜いた。
彼は人の心の動きを読む天才だ。
「最近はかなり安定していて解脱に程近い位置にいるのでは、と思ったくらいでしたが、何かありましたね。」
彼の言葉は本気なのか冗談なのかまるでわからない。
「君は、占い師みたいですね。」
「僕は成瀬先生の心の動きを読んだだけです。珍しく波立っていたので。」
彼は唯一、私の心の変化に気が付く人間。
「波立っていますかね。」
「はい、波立っています。」
寺の息子という彼の肩書は、見た目からは想像できない。
医者という肩書でさえ危うい。
ひどく童顔で男にしては可愛らしい顔立ちをしているせいで、この世界ではかなりの生き辛さを感じてきたようだ。
可愛い顔では、医者としての説得力に欠ける。そんなことを言う教授が未だにいるとぼやいていた。
彼は医者に向いている。
波立たない心、いつも平常心でいられる強み。
間違いなく医者向きだ。
物怖じしない。
彼には怖いものが一つもないらしい。
医療現場において、顔は関係ない。
物を言うのは度胸と技術だ。彼はその点で右に出るものが居ない、優秀な医師だった。
「今日、飲みに行きませんか?」
「知っているでしょう。私が飲まないことくらい。」
「じゃあ、先生をデートに誘いたい時はなんて言えば?」
彼の言葉は冗談なのか本気なのか、まるでわからない。
彼に視線を向けると、物怖じしないいつもの強い瞳で、私を真っ直ぐに見つめていた。
「デートしてください、でいいんじゃないですか。」
「今、心が乱れてますね?」
彼には敵わない。
「ええ、認めます。」
「では先生、30分後に裏出口で。」
満足げな笑顔でそう言うと、彼は私の返事も聞かずに去って行った。
元研修医と、元指導医。
彼から教わることの方が未だに多い。
深く息を吸い込んで心の乱れを鎮めてから、私はようやく休憩室を後にした。
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