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『彼の病名』(SIDE 小椋 由)
しおりを挟む~~~~登場人物~~~~
♡小椋 由(おぐら ゆう) 26歳
赤い髪、短髪、スポーツ万能。小柄な体型、
単細胞で人懐っこい後輩キャラの医師。先輩医師の鶴屋と三条の二人に教育されながら、小児科医として日々奮闘している新米。
学生時代はバスケ部で、根性と体力だけは自信がある。体育会系でいつも元気なのが取り柄。
♡三条 冬紀(さんじょう ふゆき) 34歳
無表情で無口。淡々と喋る小児科医。
子ども相手にもにこりともしないポーカーフェイス。人間らしい表情や感情表現は誰も見たことがない。
いつも冷静で、素早い診断と的確な治療で信頼されている医師。
後輩の由のことを気にかけている。
~~~~~~~~~~~
俺の初恋の相手が入院していると聞いて驚いた。
さらに驚いたことに、彼の入院先はうちの病院らしい。
彼は高校生の時に一年だけ付き合った、俺の初めての恋人。
バスケ部の先輩だった。
言葉数は少ないけれど、一緒にいると優しさがじんわりと伝わってくるようなあたたかい人だった。
心があたたかい人は、喋らなくてもそうと伝わるものなんだってことを、俺に教えてくれた人。
小児科で働くようになってから、俺は地元の友達とほとんど会う機会がなくなっていた。
医師としての生活はとにかく忙しくて、目まぐるしく時間が過ぎ去っていく。
新米ということもあって、遊んでいる暇も余裕も全然ない。
寝る時間を惜しんででも吸収しなければならない知識や技術がたくさんあって、いつでも何かに追われている。
久々にバスケ部時代の親友から電話がきて、仕事で向かう道の途中で話を聞いた。
「お前の勤めてる病院だよな?」
「身体より大きな鞄」と揶揄されるリュックを背負って、病院前のスロープを抜ける。
「何科に入院してるか聞いてる?」
「消化器外科、って聞いた。」
電話の向こう、彼の声がワントーン下がる。
消化器外科。
嫌な予感がした。
消化器外科には同期の剛谷がいる。
聞き出したい気持ちはあるけれど、患者さんの病状は個人情報だからそう簡単にはいかない。
同期の連中も毎日忙しく奮闘している。
簡単に会う約束を取り付けることはできなかった。
お見舞いに行ってみようかとウジウジ悩んでいるうちに、院内でばったり彼に遭遇してしまった。
病院内の大きな売店。
忙しい時は売店で昼飯を買って、デスクでサッと食べる。
食べられるだけマシだ。
最近は三食のほとんどをこの売店にお世話になっている。
三条先生と一緒にお昼ご飯を買いに行くこの時間。
午前中頑張った自分へのご褒美みたいで、とても癒される。
「由・・・?」
点滴スタンドを押しながら歩くその姿を見た瞬間、すぐに彼だとわかった。
バスケ部の先輩。
俺の初恋の人。
初めての恋人。初めての失恋の相手。
彼には初めてをたくさんもらった。
当時の感情が急激に胸に迫って息を飲む。
彼は、全く変わっていなかった。
驚くほど何も。
「住野先輩!」
急に声を上げた俺に、隣で飲み物を選んでいた三条先生がチラリとこちらを見るのがわかった。
「久しぶりだね。由。」
先輩は、三条先生に軽く会釈をしながら言った。
「入院してるって聞いて、びっくりしてたんすよ。」
「聞いてたか?俺も、お前がここの医者になってるって聞いて、びっくりした。」
「小児科医に、なりました。」
思わず、涙が出そうになる。
医者なんて絶対に無理だと周りから散々言われていた当時の俺の、唯一の理解者でいてくれた人。
バスケ部と勉強の両立はきつかったけど、先輩がそばにいてくれたから乗り越えられた。
とても心強かったし、たくさん元気をもらった。
あの頃の自分を思い出す。
「すごいな。由、頑張ったんだな。」
「・・・ありがとうございます・・・」
ヤバイ、ほんとに泣きそうだ。
「由、先に行ってる。」
三条先生が気を使って、外してくれた。
気付いた先輩が、先生にまた軽くお辞儀をする。
「先輩、入院ってどこの科にかかってるんすか?」
俺は先輩の病状が気になって仕方なかった。
消化器外科だと知っていたけれど、どうしても彼の病名を知りたかったのだ。
「あぁ、消化器外科。・・・胃がん、なんだ。」
一瞬だけ、彼の逡巡が見て取れた。
一拍置いて、病名を告げる。
彼はまるで勤め先を紹介するようなごく自然な声音でそう言うと、俺を気遣うように優しく笑った。
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