探偵手帳・番外編 

Pero

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伊予はタオルの町・今治物語 ⑤

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        第五話


 タオル生産以外に特に特徴がない町という印象の今治(今治の方にはごめんなさい)をなぜ取り上げたかというと、実は探偵としての調査とはまったく関係のない経験をしたからです。
 それに関しては先々記述いたします。


 さて、岡部宅は海沿いの農業区域に所在し、鉄筋コンクリート造の立派な住居であった。
 敷地は広く、スレート葺の平家建作業所も住居に隣接して存在していた。
 周辺は農家と工場くらいしか見当たらず、聞き込みは困難を要すことが予測された。

 さしあたり同宅から百メートル近く離れたところにある一軒の農家を訪れてみた。
 門も何もなく畑の向こうが玄関というあっけらかんとした家だ。

 田舎にはこのような解放的な農家が多く見られる。
 玄関を開けることもなく縁側から老婆が
出てきた。
 畑を通ってきた私の姿を見ていたのかもしれない。

 「どちらさまですか?」

 七十才位のおばあちゃんは怪訝そうな顔で言った。

 「どうも突然おじゃまします。決して怪しい者でも物売りでもありません。実はあそこの二階建のお宅のことで少しお聞きしたいのですが?」

 「ああ、岡部さんのお宅のことかね。何を聞きたいの?」

 「実はご商売のことなんですけどね。取引のお話がありましたもので、忙しくされているのかどうか、その辺をちょっとご近所でご存知でしたらと・・・」
 
 姉は既に結婚しており、他に兄弟姉妹もいないので結婚の聞き合わせと言うわけにはいかない。
 それこそこんな田舎ではすぐに調査が発覚してしまう。
 苦しまぎれの口から出まかせ言葉だった。

 「ああ、銀行の方かね?」

 「まあそんなものです」

 「こちらはご自宅だから、休みの日に時々機械を動かしているのを見かけるけど、普段は町の方の工場で仕事しているんでしょうよ」

 老婆は疑いもせず話してくれて、このあと十数分間立ち話で聞き得た話は次のとおりだった。

 ・ 岡部一家は三十年以上も前からここに住んでいる。現在の住居は二年ほど前に建て替えた。

 ・ 土地は親戚のものと聞いている。この先の造園業を営む越智さんというお宅が岡部さんのご主人の親戚で、土地は越智さんの所有らしい。(確かに法務局で閲覧した際、土地は越智名義だった)

 ・ 家業の鉄工所は父・幸三が創業した。祖父の代は何をしていたか分からないが、親戚が造園業だからそれを手伝っていたのかも知れない。昔は漁業に従事していたとも聞く。

 ・ 母方実家は愛媛県西条市と聞くが、詳細は不明。

 ・ 長男の良一(本人)は真面目で穏やかな息子である。国立愛媛大学を卒業している。


 この老婆宅を訪問する前に、造園業の越智宅を聞き込みのために訪れていたら調査が発覚したかも知れなかった。

 発覚はしなくとも、少なくとも不審に思われたことだろうと胸を撫で下ろした。

 都市部では少ないが、田舎では近隣に親戚が住んでいることが往々にしてあり、予備調査なくうっかり訪ねると、「うちは親戚ですよ。何の調査ですか!?」なんてことになりかねないから、慎重さが必要である。


 老婆からの聞き込みで岡部家の概略が分かった。
 詳細は本部で公簿(住民票や戸籍謄本)が手に入れば判明する。
 現地調査では本人および家族事項の聞き込みと現地写真撮影が主な仕事である。

 このあと午後から今治商工会議所に飛び込んでみた。
 実は家業の岡部金属工業所は個人企業なので、創業や年商、取引先等を知る表立った資料がなく、あれこれ考えた挙句、差し当たりアポイントなしで訪ねてみたのだった。

 最初に出た担当者はグズグズと理屈を言って何も示さなかったが、しばらくして奥から出てきた課長が丁寧に応対してくれた。
 新たな取引話があるというこちらの理由を信用し、岡部金属工業所の概要を教えてくれたのであった。
 (岡部金属工業所が商工会議所の会員だったから資料があったのですね)


 さてこの日の夜の宿は今治アーバンホテルである。
 JR今治駅より徒歩一分の便利な場所にあり、料金もリーズナブル。

 そしてこの夜、調子に乗って飲みに入ったスナックバーで予測しない事態が起こったのだった。

 この話は次号で。
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