探偵手帳・番外編 

Pero

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九州縦断・中国横断、1200キロの調査の旅 ②

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        第二話


 二等客室の丸い窓から見えるのは海だけだった。
 時々フェリー自らが跳ねる白い波しぶきが、窓に水滴を残す。
 時刻はまだ午前七時過ぎだった。

 洗面を済ませて朝食のためにビュッフェに行った。
 バイキング形式の朝のメニューは和食とパンなどの洋食とがちゃんと別れて用意されており、コーヒーもおかわりが自由でフルーツまである。
 これで八百円は安いと思う。
 なぜならここは海の上なのだから。

 八時前になって陸地がゆっくりゆっくりと近づいてきた。
 大きなドームみたいな建物と高層ホテルが見えてきた。
 シーガイアである。

 経営破たんしたとは思えない立派なリゾートだ。
 時間と金があれば一度来てみたいものである。

 八時半頃になってついにフェリーは宮崎港に着いた。
 車に乗って待っていたが、上陸するとドンドントラックや乗用車が吐き出されていく。

 あっけないくらいの上陸で、そのまま大きな道路を道なりに走っていたら宮崎自動車道に乗った。
 ここからは一時間あまりで鹿児島に着いてしまう。

 実はこの日の宿は鹿児島ではない。
 経費節減ハードスケジュールは毎度のことだ。

 加治木町で散髪を済ませてから法務局加治木出張所と鹿児島支局とで目的の不動産を閲覧し、そのあと別件調査で熊本県水俣市まで走るのだ。

 午前十時前に既に加治木町に到着した私は、法務局の駐車場に車を置き、先ず被調査人の実家の土地・建物を閲覧した。
 建物は店舗兼住居として十数年前に新築されているが、土地の所有は祖父の代からとなっていた。

 祖父が買得した際の住所が宮崎県都城市であることから、当家はもともと同市の出であったことが窺えた。

 車をそのまま置いたまま、次にいよいよ理髪店へ飛び込んだ。
 田舎町の理髪店だから、平日の午前十時過ぎに常連でもない客が来るのはおかしいのかもしれない。

 「いらっしゃいませ」と夫婦は言ってくれたが、どうも怪訝そうな顔つきのような気がした。
 店には予測どおり誰も客はいなかった。

 「どのようにいたしましょう?」

 五十代前半と思われるご主人が聞いた。

 「寒いからあまり短くして欲しくないのですが、横もうしろも少し切って綺麗に揃えていただけませんか」

 今と違ってこの頃はまだ前髪が額にパラリとかかっていたし、頭頂部は地肌がほとんど見えなかったのだ。
 懐かしきこの頃である。

 「分かりました」と言って髪を濡らしたあと、すぐにご主人はハサミを動かし始めた。
 奥さんはストーブの上にヤカンを置いたり、タオルを揃えたり、雑用を行っている。

 理髪台を二台設置しているだけの小さな店舗なので、夫婦二人で営業しているようだ。

 「お客さんは地元の人じゃありませんな?」

 しばらくしてご主人が言った。

 「あっ、分かりますか?仕事でやってきたのですが、取引先の人との約束時刻までかなり時間があるものですからちょっと散髪しておこうかと思ったのですよ」

 どんなお仕事かと聞くので、大阪の雑貨・袋物会社に勤めていて、鹿児島の観光物産会社を営業で回っていると咄嗟に答えた。
 ちょっと無理があったかもしれないがまあいいだろう。

 この店とすれば私はイチゲン客で、再度来るかどうかも分からないのだから手を抜いてもいいわけだ。
 でも丁寧な調髪だった。

 何度か手鏡でうしろの長さはこれで良いかと私に確認しながら、まるで一本一本の髪の毛を、気合を入れて切っているかのように感じた。

 「職人技」とはこういうことを言うのだろう。
 最初言葉を交わしたあとは世間話一つするわけではなく、黙々と仕事をする。
 それを黙って見守る奥さん。

 黙ったまま髪を切ってシャンプーしてもらって髭まで剃ってもらった。
 両親の人柄はこの一時間足らずの散髪で十分感じられた。

 調査は聞き込みよりも、直接何らかの理由をつけて飛び込むことが最も正確だ。
 ただ一つ間違えば調査が発覚してしまうこともあるので、事前の側面調査と現場での臨機応変な対応が必要である。

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