探偵手帳・番外編 

Pero

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最後の最後に ②

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        第二話


 本人の勤務先ビルは大阪駅から南に向かい、肥後橋までの途中に新たに建てられた巨大ビルディングの中にあった。

 このビルは上場企業や大手企業などがテナントで入っている事業者用ビルで、地下一階が飲食店街、一階が郵便局やレコード店と大きなカフェとホール、二階が大手書店とテナント、三階から二十五階までがオフィスビルとなっていた。

 ビルの出入り口は一階に五ヶ所、地下一階に二ヶ所に所在していたが、地下一階の二ヶ所は地下街に続く通路で交わっており、実際は一ヶ所だ。

 このビルの構造だと、調査員は五名必要である。
 小さなビルだと、一階に複数ヶ所の出入り口があっても、コーナーの延長線上であれば二ヶ所を一人で張り込むことが可能である。

 ところがこの巨大ビルは一ヶ所の出入り口を一人の調査員が張り込むのが精一杯だった。

 通常一つの尾行案件に調査員二名を基本としており、ビデオ撮影など特別な機材を使用する場合は別途料金追加もあるが、この案件は調査員を五名要するから、撮影関係の費用など関係無しに一日の調査費用が跳ね上がるわけである。

 相談員の話だと、依頼人は夫の現状を知ることはお金には代えられないという意思から、多少の蓄えを注ぎ込んでの調査とのことだ。

 調査員としては、調査指示書に書かれている依頼の経緯によっては奮起して張り切ることもある。
 勿論すべての案件に全力を注ぐことが調査員としての心構えであるのだが、探偵とて人間であるから、依頼内容によっては気が乗らなかったり、逆に執念の調査を遂行することもある。

 例えばワンチャンスの案件というものがある。

 これは複数日の調査を依頼するだけの経済的余裕がない場合、尾行調査であるなら、夫或いは妻が相手と接触する可能性の高い日を選んで一日だけ行うものだが、たった一日の調査に調査員もデスクも緊張する。

 張り込み開始後、被調査人を確認してから尾行の過程で見失ってしまった場合は無償で再調査を行うが、確認できなかった場合はその日だけで終わりだ。

 勤務先で張り込んだ場合、被調査人が社内にいるとは限らないから勤務先が閉まっても確認できないこともある。
 外回りの営業や現場に出てそのまま直帰されると確認はできない。

 それでも一日の調査として契約終了なのだから、このあたりは探偵調査会社に依頼される場合は十分知っておいたほうが良い。


 伊藤光一の尾行調査は、デスクの姿勢からも調査員に気合が入っていた。
 何しろ五名が必要な案件なのだから、当然この私も駆り出された。


 三日間の調査の一日目。
 本人がこの日社内にいるかどうかを工作電話で確認後、調査員五名が夕刻五時前から勤務先の各出入り口が窺える位置にて張り込みを開始した。

 本人を確認するための手段は、依頼人から預かった写真数枚をカラーコピーしたものが頼りである。

 念のため、開始前に勤務先のフロアまで様子を見に行った。
 一階の正面出入口から入ると、大きなホールの左側にカフェがあった。
 これだけの大きなビルだから、昼休みなどにここを利用する人の数も半端ではないのだろう。

 ホールの向こう側にエレベーターホールがあり、高層階用と低中層階用に分かれていた。
 本人の勤務先は七階に所在しており、低中層階用に乗り同階で降りると、正面の壁にこの階の見取り図が掲げられていた。

 この階だけで五社が入居しており、いずれも社名は聞いたことのある企業ばかりで、本人の勤務先である「Fソフトラボ」は奥の方に位置していた。

 エレベーターホールにはエレベーターが八基もあり、かなり広いので場合によってはここでずっと立って張り込むという方法も考えた。
 本人が定時で退社することが分かっていたら、ここで短時間張り込んでも不審には思われないだろうから、その方が確認できる確立がうんと高いのだ。

 ところが本人の仕事はソフト開発なので、依頼人の話だと深夜までの残業も度々で、定時に終わることは殆どないとのことだ。
 それならこの場所で張り込むことはできない。

 私は一階に降りてもう一度各出入口を確認して回った。
 ところが北側出入口には思いがけない落とし穴があった。

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