探偵手帳・番外編 

Pero

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角さんにささげる詩(ウタ) ⑤

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        第五話


 角さんは私が入社する数年前に、それまで結婚調査と企業調査を個人での下請の立場から、嘱託として誘われたのだった。
 それは妻子と別れて一人暮らしを送っていた角さんを、社会保険に加入させるという配慮も一つにはあったということである。

 会社勤めとなれば定期健康診断も受けることができるし、健康保険や厚生年金の掛け金を会社が半分負担するから、角さんにとっては良い話であった。

 ただ彼にとって問題は、定時に出勤し、定時まで働かなければならないという時間的束縛だった。
 しかし、現実的には私が入社して以後、角さんが定刻に机の前に座っている姿をしばらく見なかった。

 当然のことながら、年令を重ねていくと人間は衰えていくものだ。
 入社当時は五十代後半で、まだまだ精力的に全国各地を駆けずり回っていた角さんだったが、六十半ばを過ぎたあたりから目に見えて元気がなくなってきた。

 十才程年下のセックスフレンドもいたようだったが、いよいよパワー不足になったのか、「昨日久しぶりに彼女とホテルに行ったで」とニヤニヤしながらいうこともなくなってきた。

 角さんは自分のことは聞かれないと話さない人だが、ことエッチな話になると聞きもしないのに向こうから積極的に言ってくるのだ。
 簡単な言葉で表現すると「すけべオヤジ」ということなのだが。

 それまでは夜行バスなどに乗って、大阪から福岡県や福島県などに出張し、早朝に現地に着いて一日取材し、一泊だけして翌日の夕方の列車で帰ってくるというハードスケジュールもこなしていたが、あまり無理をしなくなった。

 結婚調査には場合によっては全国各地を訪れなければならない。
 父方実家や母方実家が同じ都道府県外に所在している場合は、その場所まで行く必要がある。
 もともとその家はどういう仕事をしている家系なのか?菩提寺は?宗派は?という具合である。

 角さんの体力がなくなってくると、次第に私が遠方に出張することが増えてきた。
 それはそれで私自身楽しいことであったが、角さんは近場の調査に限定してしまうようになってきた。

 六十八才を過ぎた頃であった。
 この年令なら一般的には現役を退いて、年金受給で悠々自適の暮らしに落ち着くものだが、角さんはまだまだ辞める気はなかったようだった。
 それは、いわば職人なので定年というものがなかったということもあったが、会社にとってはまだまだ必要としていた部分もあったからだ。

 ところがその年の夏、角さんは自宅で倒れたのだった。


 角さんは六十八才を過ぎた頃に突然自宅で倒れた。
 近所で夫子供と暮らしている実妹さんが昼間訪ねた際、台所と隣の部屋との間に仰向けに倒れている角さんを発見したらしい。
 妹さんは角さんの夕飯だけ世話をしていたのだった。

 「毎月五万円渡してるんや。帰ったら温めたらいいだけのオカズを作ってくれてるんや。助かるけど薄味にしよるからちょっと物足りへんのや」

 角さんは時々このように贅沢な文句を言っていた。

 角さんは五十代前半から糖尿病を患っており、毎月一度大病院で検査を受けるほか、数種類の薬を毎日飲んでいた。
 すぐに血糖値が上がる体質とのことで、医者からくれぐれも食事は腹八分目にするように忠告されていたにもかかわらず、一人暮らしゆえに自分の好きな献立をセーブせずに食べていた。

 結局、五十代後半に一度緊急入院を余儀なくされ、退院後は実妹さんが薄味で適量の夕飯を毎日用意することになったというわけである。

 今回、幸いにも発見した時は意識もあり、すぐに救急車を呼んで病院へ運んだので命には別状はなかったが、原因は脳梗塞だった。

 脳梗塞の原因は様々あるが、角さんの原因は糖尿病によるものと思われた。
 慢性の糖尿病のほかに高血圧症も患っていたが、高血圧の方は降圧剤を常用することでほぼ平常値を保っていたようだったので、血管がつまった原因は糖尿病ではなかったかと思う。

 角さんは、酒は一滴も飲まなかったが、喫煙はヘビーに近かった。
 しかし喫煙はそれほど大きな要因とは思われなかった。
 それよりも食欲に任せて大食いすることが問題だった。

 昼食を事務所で食べる時も、年令にしては量が多く感じられ、しかもコンビニのから揚げ弁当など脂っこくて高カロリーのものを好んで食べる傾向があった。

 隣に座っている部長からも、「角さん、それ食べすぎやで。量を減らさんとあきまへんで、糖尿やから」と度々言われていた。

 私から見ればその部長にしても一日何回食べているのだろうと不思議に思うことも度々だったので、どっちもどっちの気がしないでもなかった。

 部長は昼食から午後七時頃に退社するまでの間に、必ずカップラーメンか菓子パン、或いはコンビニのスパゲッティーを口にするのだ。

 それでも家に帰るとキチンと夕食を食べるというから、部長も先々不安な健康状態であることは間違いがなかった。
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