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角さんにささげる詩(ウタ) ③
しおりを挟む第三話
企業調査に於いては、「御社に信用照会が入っています」と言って訪れても、相手の担当者は「どこから弊社の調査依頼が入っているのか」と必ずと言っていいほど聞いてくる。
依頼先を答えられないというと、それでは弊社も調査に協力するわけには行かないと断ってくるケースがある。
従って、相手の動向を窺いながら調査依頼先を言葉の中で少しほのめかして聞き込む、といった柔軟性が大切である。
角さんの凄さを感じたのは、ある企業が新たに商品の製造委託先として取引を考えている三つの企業の信用照会が入った時だった。
この時は私が調査拒否された企業に対して、角さんは長年の経験を生かして難なく取材に成功したというものだった。
ことの成り行きはこうである。
本来なら企業調査というものは、問屋が販売先に対して行うものである。
製造業の場合は下請けや外注先が納品先を調べることが普通の形だ。
今回の場合は外注先を調べるわけだから、依頼する会社としては支払いをする側なので金銭的なリスクはないといえた。
商社が卸業者に商品を販売する場合は、その卸業者から手形による支払いを受けることが多いので、経営状態を調査会社に依頼してくるのは普通なのだが、今回のように通常の信用照会とは逆の流れの依頼に担当部長も戸惑っていたようだった。
それに加えて、調査報告書を作成して依頼人に手渡すまでの期間が、僅か一週間という緊急調査だった。
「この信用照会は流れが逆やな。おそらくこの三社とも小規模の会社と違うかな。ともかくすぐ調査に入ってくれるかな」
部長は角さんと私に指示書を手渡しながら言った。
三件の調査は二件を角さんが担当し、私は大阪市平野区のプラスチック射出成型工場が担当だった。
簡単に指示書を読んだあと、二人はすぐに調査に取り掛かった。
私はアポインを取る段階で拒否されては困るので、ともかくいきなり訪問することにした。
平野区のJR関西線北側には町工場がたくさん所在している。
大企業は少なく、大部分が中小零細規模である。
調査先である三郷産業と書かれたその工場は、ひと並びに三社が入居している貸工場にあった。
工場の外まで射出成型用のプラスチック原料袋が空になって放置されていた。
小さなドアを開けて中に入ってみると、そこには射出成型機が数台並び、プスーン、ガチャ、プスーンという規則正しい機械音を立てながら操業を行っていた。
「こんにちは、お忙しいところ恐縮ですが社長さんはいらっしゃいますか」
「社長って、ここはワシの個人の工場やから社長みたいな格好のよい人間はおらんで」
ちょっと気難しい中年の男性が成型機の前で言った。
私はこちらさんに信用照会が入っているので、少しばかり時間をくれないかと伝えた。
するとその男性はこんな小さな工場をどこの誰が調べる必要があるのだ、それに手形など切っていない、材料費はすべて現金で支払っている、と言って相手にしない。
「ともかくこちら様の調査が入っていますので、どうかご協力いただけませんか」
私は何度も依頼したが、彼は最後には怒り出す始末で、仕事の邪魔をするのだったら警察を呼ぶとまで言うのでやむなく引き揚げたのだった。
私が苦戦している間、角さんは二件の調査を迅速に進め、調査に取り掛かって三日目には報告書を書き始めていた。
「角さん、もう調査は終わったのですか」
「そうやな、まあ小さな会社やからなあ、簡単に前期の決算内容を聞いてきただけや。そのあと取引銀行へ行ってみたけど、あいつら全く教えよらんわ。あとは代表者の不動産とか見て、一部は推測で書くしかないやろ」
銀行への聞き込みは、昔はある程度まで協力的であったらしいが、ここ数年は守秘義務を盾に答えようとはしない。
粘りに粘っても、こちらが問うことに対してのみ、当たり障りのない範囲で答えるだけで、具体的な部分は隠し通すのであった。
「それで、あんたの方は決算内容を聞けたんかいな」
「いやダメです。取り付くシマがないという感じです」
「何屋さんや」
「プラスチックの射出成型屋さんですわ」
「そりゃ相手も不審に思うやろ。射出成型屋が手形みたいなもの切るはずないからな。うーん、この際正直にいうてみた方がええかも知れへんで」
「そしたら角さん、代わりに行ってくれませんか。僕は追い払われてますから」
このような経緯で私がギブアップし、三郷産業の調査の指示書を角さんに渡した。
担当部長は私と角さんのやり取りを苦笑いしながら見ていた。
そして翌日の夕方、角さんは洋々とした態度で引き揚げてきた。
聞けば首尾よく三郷産業の代表者と面談できて、前期の決算内容など必要事項を全部取材したとのことであった。
「それであの頑固そうな社長と、どのようにして面談にこぎつけたのですか」
「簡単や。今度お宅が仕事を請けるところから調べてくれと言われて来たと正直に言うただけや。向こうとしても仕事がもらわれへんかったら大事やから、そりゃ丁寧に応対しよったわいな。お茶と菓子まで出たで」
「そんなの、依頼先の名前を言ったら駄目なんじゃないですか」
「かまうもんかいな、依頼人の会社名なんかいうとれへんで、『今度お宅が仕事を請けるところ』と言うただけや。相手が勝手に解釈したのやろ。いざいう時は『会社名は具体的に言うてへん』と逃げれるやないか」
なるほどである。
調査は杓子定規ではいけないということを角さんは言いたかったのだ。
柔軟性を持たないと、様々なケースに遭遇する調査をこなすことはできないということだ。
角さんは難易度の高い企業調査三件を、五日ほどで分厚い報告書にしてしまったのだった。
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