探偵手帳・番外編 

Pero

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清田調査員を偲んで ②

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        第二話


 清田調査員と組んだ仕事で思い起こすのは、京都は木屋町での極寒の日の立ちん坊だ。

 依頼内容は、夫が通っているバーのホステスとの密会現場を押さえるという、ありきたりなもの。
 離婚裁判で浮気の証拠として提出したい、相手女性から慰謝料を取りたいという目的のための調査だ。

 二月の京都は北陸や東北並みに寒い。
 盆地特有の地理的要因から夏はより暑く、冬もいっそう寒いという環境ではあるが、冬の京都はまた情緒的なものである。

 雪降り積もる先斗町や高瀬川沿いの柳の景観、奥村チヨの歌にも出てくる「音も立てずに降る雪(雨だったかな)、濡れる石畳~♪」といったフレーズが思い浮かぶ。

 
 依頼人の夫が顔を出す店は、河原町通りと高瀬川に挟まれた紙屋町の一角にある商業ビルは出入り口が一ヶ所、車などは入れない路地裏で、窺える位置にて張り込むには当然立ちん坊を余儀なくされる。

 調査は夫の勤務先から開始するのではなく、夫が依頼人に「帰りが遅くなる」と伝えた日のみ実施、相手女性が勤めるとされるバーを開始場所として張り込む方法が採用された。

 一回目の調査は、依頼人から「今日夫が遅くなるとさっき電話があった。相手女性の店から始めてほしい」と大阪の本部に連絡が入ったのが、すでに午後六時を過ぎていた。

 ちょうどその時は、清田調査員が朝から別件の調査を終えて本部に帰ってきたばかり、私は内偵調査が主なので、社内で帰り支度を始めていたところだった。

 「藤井君、悪いが清田と一緒に京都の現場へ急いでくれへんかな。他に調査員がおらへんねん」

 部長が申し訳なさそうに言った。

 私は久方ぶりの尾行調査だし、残業手当も付くので快く引き受けた。
 だが清田は「勘弁してくださいよ、部長。俺、今日は朝からずっと車の尾行で参ってい
 るんですよ」と不満を言った。

 だが、彼の場合は文句や不満を言う時の顔も、殆どが笑っているように見え、これは持って生まれた天分である。

 従って、不満そうに言われても顔が笑っているから、部長も「悪いなぁ、今度埋め合わせするから頼むわ」の一言で話が終わってしまうのであった。


 さて名神高速道路をブッ飛ばしても、京都は木屋町高瀬川のほとりに到着したのは、すでに夜の遊びに興じているサラリーマンや若旦那で溢れかえる午後八時前であった。
 依頼人の夫が立ち寄るバー「女王蜂」は、紙屋第一ビルの三階にあった。

 本人が店にいるかを確認するため、清田はラフな格好だったので、スーツ姿の私がやむなく店を覗いた。
 依頼人から預かった数枚の写真を頼りに、本人を判断する必要がある。

 「女王蜂」のドアを開ける前から、店内からカラオケの歌声と嬌声が外に聞こえていた。
 一瞬だけためらったあと一気にドアを開いた。

 「いらっしゃいませぇ~」と、すぐに喉が潰れたしわがれ声の女性の声がした。
 店内にいた客のほぼ全員が振り返った。本人らしき男の姿を超高速の眼で追う。

 カウンター席の端の方で、確かに夫を確認した。
 カラオケが鳴り響く中、本人はカウンター内の女性と顔を近づけて話に夢中の様子であった。

 「あれ?今日は大田原さんが来ていないのかな?」とか何とか適当なことをカウンター内に聞こえるような声で言って、すぐに店を出た。
 これで面割り(面取り)は終わりである。

 ビルの外に出ると、いつの間にかボタン雪が降り始めていた。
 清田調査員は近くの24時間営業の駐車場に車を預けて、ビルの近くで凍っていた。

 本人が出たら一人が尾行、もう一人は車を速やかに駐車場から出し、尾行する調査員からの連絡を待って車を移動させるのである。
 これは基本的な方法だ。

 おそらく歩きの尾行は私が担当するのだろうなぁと思うと、今日は女とどこにも行かずまっすぐ帰れ、と勝手なことを考えるのであった。

 「どっちが尾行する?」

 「どっちでもいいですけど、藤井さん、俺今日ヘトヘトですねん。昼間の尾行がキツうて参ってるんですわ」

 恵比寿大黒さんが泣きそうなったような表情で、しかも笑いながら言う。

 「いいよいいよ、僕が行くから。清田は車を回してくれたらいいから」

 コートのポケットに手を突っ込んで、足踏みしながらビルの出入り口を見ながら言うと、彼はホッとしたような顔に変わった。

 面白い奴だった。

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