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昔の愛人の暮らしぶり ⑦
しおりを挟むその七
電話はB子の息子からのようだった。
「ちょっと久しぶりに来られたお客さんがね・・・ハイハイ、大丈夫、先に寝てなさい。戸締りちゃんとしてね・・・お弁当は朝作るからね・・・ハイハイ」
「ごめんなさいね、気になさらないで。時間の方は大丈夫ですから」
電話を切って再びお猪口を手にして一口飲んだあとB子は言った。
「彼氏からかな?」
「嫌ぁねぇ、そんなわけないじゃない。息子からなのよ。いつもは店を十時ごろに閉めて、片付けものを済ませたあと今頃の時間には帰ってるからね。でも十時半を過ぎたら毎晩のように電話してくるのよ。まだ子供だから」
「その・・・さっき言っていた息子さんのお父さんのことだけど、神戸に家庭があるって・・・」
「そうよ、神戸にちゃーんとした家庭があって、私とはどうにもならないの」
「認知や養育費はキチンとしてもらっているの?」
私はかなり突っ込んだことを聞いた。
【読者の方は、おそらく初対面なのに、こんなにプライベートな部分に関わる会話ができることに不思議に思われていらっしゃる方も多いと思いますが、これは私の長年の人生で培ってきたいわばスキルなのですね。(^^ゞ】
ともかく、B子の言葉から依頼人への感情がある程度読み取れるはずである。
「認知はしてもらっていないわ。でも子供がそろそろお父さんに会いたいと言ってきたら、その時は彼を探して認知してもらうかもね。でもそんなことは戸籍上のことだし、息子が将来結婚する時に相手が興信所かどこかを使って調べない限り分からないわよね。
だから認知はどちらでもいいのよ。それと養育費は一切もらっていないわ。でも最初にそれなりのことをしていただいたから、感謝こそすれ恨んでなんかいないのよ」
まさか私を疑っていることはないだろうが「興信所」という言葉を聞いた時に、思わずウッと酒をのどに詰まらせて少し咳き込んだ。
B子は子供から電話がかかってきたあとも、すぐに店じまいの支度をしようとはしなかった。
「良い人だったのよね、その・・息子の父親ね。浮気心で私と関係したのじゃなくて、本当に私のことを思ってくれたの。ちょっと照れてしまうけど、本当に愛してくれたのよね。
でも奥さんも子供さんもいたらどうにもならないじゃない?そうでしょ、仕方がなかったのよ」
私は手勺で酒を口に何度も運びながら、どう口を挟んで良いのか分からず、黙ってB子の話を聞いていた。
ピチャピチャと雨音だけが静かな店内に聞こえていた。
B子はもっと話し続けたそうだった。
私もB子の美貌だけではなく、サバサバとした人柄にひとめ惚れに似た感覚で、店を引き辛い気持ちになった。
男女というものはおかしなものである。
ずっと好意を持っている相手がいても、既に付き合っている相手がいたとしても、一瞬で、それまで全く知らなかった相手に猛烈に惹かれることがある。
しかもそれは両方が同じ感情に陥ることが常なのだ。
不思議なことがあるのが男女関係で、それ故に裏切りや刃傷沙汰にまで発展することもある。
話は横道にそれたが、B子は魅力的な女性だった。
依頼人A氏が惚れたのも無理のないことだろう。
「ママさんはいろいろあったんだね。でも立派にお店をやっているのだから、その・・・息子さんのお父さんになる男性も安心しているんじゃないですか?連絡は取り合っているの?」
「一切連絡は取ってないわよ。でもきっと私のことをずっと心配しているに違いないの。きっと連絡を取りたいけど取らずに我慢するその辛さに耐えているはずと思っているの。
だって、私の方も彼に連絡を取りたい、会いたい、ほんの少しだけでも会いたいと思っても、ずっとずっと我慢して耐えて、一人で子供を育てて来たんだものね。
お互いが別れたあとも耐えることが、二人の恋愛の結果に決めた約束事なの」
B子は遠くを見るような目で前を向いたまま話し続けた。
「別れることになるのは最初から分かっていたから、彼が出向期間を終えて家族のもとに帰ることになった時、私は妊娠していたけど何も求めなかった。逆に彼は奥さんと離婚してこちらに来ると言ってくれたけど、それはルール違反だわよね。
ただそこまで言ってくれたことで、私はこの恋愛は間違ってはいなかったと思ったの。それで一切連絡をお互い取らないことに耐えていくことが、私たちの関係を肯定することなのと彼と話し合って決めたの。そして十二三年になるかしらね、その約束は守られているわ」
言葉の最後のあたりでB子は少し「フフッ」と笑いながら言った。
そこにはいわゆる「私生児」を育てている母親の影や後ろめたさは微塵もなく、愛する人の子供と暮らしている「女」の自信のようなものを感じ取られるのだった。
時刻は十一時をかなり過ぎた。
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