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ある一家の行方を追って 11
しおりを挟む第十一話
「私の両親から、私が今どのような暮らしをしているか確認するように頼まれたというのですか?」
矢部邦子は部屋に入ってきて、綺麗に正座したあとで言った。
やはり仲居が喋っていたのだ。
頭の中がグルグル回る。
両親と彼女が連絡を取り合っている可能性だって十分あるのだ。
もう嘘はつけない。
「いえ、その・・・実は・・・あの・・」
「何か私を探ってらっしゃるのですか?」
邦子は静かな口調で、やや遠慮がちに言った。
「すみません、実はあなたをお知りになる人から・・・あなたが今どこでどうされているかを知りたいと・・・」
いつも私の口調はこのようにモゴモゴとなってしまい、相手がイライラとされるらしいのだが、この時は本当にうろたえた。
そしてついにはっきりと「あなたの調査でやって来たのです」と宣言してしまったのだ。
やや小柄で細身の彼女は、その言葉に対してうつむき加減だった顔をまっすぐ正面を向けて、「その方はどなたでしょうか?」と訊いてきた。
私はやむを得ず依頼人の名前を伝えた。
探偵失格である。
すると彼女の表情に大きな変化が窺えた。
「そうだったのですか・・・・」
キチンと正座を崩さないまま彼女は再び顔をうつむき、しばらく無言が続いた。
そして「10時から2時間、休憩をいただけますから、もしよければその時にいろいろお話させていただいてよろしいですか?それまでごゆっくりしていってください」と言った。
矢部邦子は朝食の膳を下げて部屋を出て行った。
10時にチェックアウトしたあと時間をもらえるということになった。
調査は一気に収束に向かう。
ただ、依頼人には申し訳ないが調査発覚という事態になるだろう。
その日の夜、私は博多駅行きの夜行高速バスに乗っていた。
博多から新幹線で大阪に戻る予定であった。
ただ、さっきから博多から大阪への途中、山口市に立ち寄ろうかどうかを思案していた。
矢部邦子は私がチェックアウトしたあと、3階建ての田島本館に隣接する2階建ての旧館のはずれにある彼女の寮に招いた。
寮といってもキッチンのついた社宅で、1DKの個室であった。
綺麗に片付いた部屋の隅には、仲居さんが言っていたとおり、絵画用材が無造作に置かれ、まだ途中の一枚の風景画がキャンパスに貼られていた。
彼女の話は以下の通りだった。
「私は彼(依頼人)とはもちろん結婚を考えていた。彼が仕事に自信がつくまで待って欲しいと言っていたが、私はすぐにでも結婚したいと思っていた。
しかしその後、私の家族に次々と不幸なことが続いた。発端は弟が広島で強盗傷害事件を起こして警察に捕まったことから始まった。
父は弟の逮捕にショックを受けて寝込んでしまい、間もなく鮮魚店を廃業した。もともと店は赤字続きだった。その後両親は田舎へ引き揚げた。
私は変わらず琴平の観光旅館で仕事を続けていたが、弟や両親のことなどから彼との結婚を諦めて、携帯電話も解約した。
彼の家は公務員家庭で、親戚筋も丸亀市内では資産家が多い家系で、私とは全く釣り合わないし、弟が犯罪者で父の店も廃業となっては結婚話など進むはずは無いと判断した。そしてちょうどその時期に同じ職場で懇意になった男性が現れた」
その男性が極田英明で、矢部邦子は極田が常々口にしていた「シンブル・イズ・ベスト」という言葉に救われて、彼に次第に惹かれていったと言うのだ。
極田の「一緒に俺の田舎の鹿児島へ行かないか」と軽い誘いに乗ってしまって、この牧園町へやってきた。
田島本館では邦子が受付から事務関係までこなし、極田は調理補助と雑役に従事した。
だが極田は鹿児島県の垂水に妻子がいて、一度妻が彼を訪ねて来たことから、彼が多額の借金を抱えていて、サラ金などの債権者から追われている身であることが判明した。
そのようなことがあって、僅か数ヶ月で破綻、彼は田島本館を出て妻子の元へ戻ったのではないかとのことだ。
「両親には一時期、親子の縁を切るとまで言われたのですが、少し前にここを突然訪ねて来て、私が一人で静かに暮らしているのを見て許してくれました」と、邦子が語った時の少し微笑んだ顔が印象的だった。
翌朝早く、高速バスは博多駅に到着した。新幹線のチケット購入窓口で、一時は山口市に立ち寄ろうかと思案したが、結局大阪までのものを購入した。
山口刑務所に服役中の実弟・矢部素春がいたからだが、すべての現場を踏む必要はない。
調査報告書は一日で作成し、依頼人に送った。
後日依頼人から、矢部邦子と今度休みを取って会うことになったことが、礼状とともに知らされた。
「シンプル・イズ・ベスト」などと口にする男に碌な野郎はいない。
世の中は複雑にできているのだ。
-この編完結-
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