探偵手帳・番外編 

Pero

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ある一家の行方を追って ⑥

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       第六話


 依頼人から携帯に連絡が入ったのは、琴平駅近くのコーヒーショップで熱いコーヒーを飲み終えたころだった。
 時刻は既に15時近くになっていた。

 「本人と家族の居場所が分かったのですね。それでしたらすべての住所を訪ねて行ってもらえませんか。特に邦子がいるという鹿児島では、なぜそんな遠くへ行く理由があったのか調べてもらえませんか」

 依頼人はIT企業に勤める多忙な青年だ。  
 おそらく収入はしがない探偵の私なんかよりずっと多いのではあるまいか。
 年齢は三十代前半だが、落ち着いた丁寧な物腰から、順調な人生と仕事などにおける自信が感じられる人物だった。

 「調査費用は実費と出張費で結構ですから」と答えて電話を切った。

 出張費の名目部分が報酬となる。明日のうちに追加の調査料金が二十万円程度振り込まれることになった。

 そうと決まれば迅速な行動に移らなければならない。
 すぐに駅レンタカーで安くて小回りの利く1300CC程度の小型車を借りた。
 向かうは邦子の両親が住むという徳島県美馬市穴吹町である。

 高松自動車道のさぬき豊中から乗り、高知方面へ30キロ程度走ると川之江ジャンクションで徳島自動車道へ入る。
 東へ東へと走ると30分程で脇町出口となる。

 国道492号線を南へ下ると吉野川にかかる穴吹橋がある。
 渡ったところが美馬市である。ずっと前にもこの辺りに調査に来たが、その時は美馬市ではなく美馬郡であった。
 つまり美馬郡脇町、美馬町、穴吹町などが合併したわけである。

 夕刻5時近くになっているので、早く両親の居住地を訪れなければならない。
 道路地図を見ながら車を走らせる。今日のうちに写真だけでも撮っておけば、暮らしぶりなどの聞き込みは後日電話でもできる。

 穴吹川に沿って曲がりくねった道をドンドン登って行く。
 宮内小学校近くに郵便局があり、まだ開いていたので車を止めて急いで聞く。

 郵便の人は田舎の人の住所は間違いなく知っている。

 「ああ、矢部さんですね。何年か前にご夫婦がこちらに戻ってこられました。
 この道をもう少し行ったら小さな橋があります。それを渡らずに右斜めに狭い道がありますから、そこを100メートルほど行ってください。するとお寺がありますから、そのすぐ前に矢部さん宅がありますよ」

 丁寧に教えてくれた。

 何年か前に戻ってきたということは、矢部家が代々居住する地という意味である。

 教えてもらったとおりの道路を、少し速度を落として走る。
 確かに小さな橋があり、手前に車一台がやっと通れそうな道があった。
 周りは林と雑種地で民家は点在している程度である。

 すぐに小さな寺に突き当たった。
 手前に浄土寺駐車場と書かれた狭いスペースがあり、そこにしばし車を置いた。

 矢部宅はすぐに分かった。平屋建てのかなり老朽化した住居だ。
 
 家屋の延長先に申し訳程度の畑があり、野菜の栽培が行われていた。
 このようなところで邦子の両親は暮らしていた。
 丸亀の土器川沿いに建っていた住居も恐ろしく粗末だったが、ここでの住居もそれ以上の廃屋に近いものだった。

 浄土寺の写真を撮っているふりをしながら、様々な角度から周辺の人に分からないように矢部宅の写真を撮った。
 周辺といっても寺と少し離れたところに二軒の民家が見えるだけだが。

 このような田舎ではよそ者が来るとすぐに分かってしまう。
 おかしな行動をとっていると怪しい人物となって通報の可能性もあるのだ。
 急ぎ現場を離れた。

 のちに電話聞き込みなどで判明した結果では、やはり両親は元々この地の出で、現在の住所は代々矢部家の居住地であった。
 父・矢部富春は地元の中学校を卒業後、丸亀へ就職で移転したとのことだが、どのような経緯で鮮魚店を営むようになったかは判明しなかった。

 母は愛媛県寄りの三好市の出で、父とは見合い結婚とのことだが、格別な話は得られなかった。

 さて、明日は愛媛県の八幡浜まで行き、フェリーで別府へ渡る予定だ。
 そして矢部邦子が住んでいるとされる鹿児島県へ列車で向かわなければならない。

 レンタカーを返却しないといけないが、琴平の駅レンタカーへ連絡すると午後八時で営業は終わりとのことだった。
 やむなくこの日は美馬温泉保養センターに泊まることにした。

 温泉に入って、慌しかったこの日の疲れを取らなければ。
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