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ある一家の行方を追って ③
しおりを挟む第三話
川のほとりに建っていた矢部宅の住居は廃屋と言っても過言ではなかった。
木造平屋建ての住居は、川の満潮時には床下が水に浸かるのではないかと思われるほどの位置にあった。
近づいて見ると、入り口の扉は板で打ち付けられて入れなくなっていた。
台所と思われる部屋の窓ガラスも一部割られたままで、蜘蛛の巣が見えた。
一家が突然ここを引き払ったことが窺えた。
あとで判明したことだが、この住居は未登記で(建てたのは矢部家と推測されるが法務局に登記を行っていなかった)、土地は丸亀市の所有となっていた。
つまり矢部家は市から土地を借りて長年住んでいたようだ。
現地調査では近隣への聞き込みが基本である。
しかし土器川の河川敷には矢部宅以外に住居は存在しない。
やむなく土手向こうの住宅を訪ねてみることにした。
川土手の反対側には古くからの住宅が密集していた。
この住宅街と川べりの矢部宅とは土手と道路とで大きく隔てられているので、果たして親しい付き合いがあったのかどうかが疑問だが、ともかく訪ねてみるしかない。
「矢部さんですか?魚屋さんをしてらっしゃったお宅ですよね。もちろん存じていますよ。少し離れていますが、同じ自治会ですから、付き合いはありました。大人しい仕事熱心なご主人でしたが、昔のように魚も獲れなくてね。
もう随分と昔に店を閉められました。その後はスーパーの鮮魚店でアルバイトをされていたようですが、息子さんのことがあってから、知らないうちにどこかへ引っ越していかれましたよ。さあ、どちらへ越されたのか分かりません」
最初に好意的に話をしてくれた中年主婦が、息子のことがあって引っ越したと言う。
矢部邦子の弟がどうしたというのだろう?
「息子さんがどうかされたのですか?」
昨今、興信所など身元調査には非協力的になったものだが、この主婦は特にためらいも
なく話してくれたので、私はさらに訊いた。
「息子さんは高校を卒業してから、広島の自動車会社へ就職したのですよ。お父さんと同じで、大人しい真面目そうな息子さんだったのですけど、ちょっと事件を起こしてしまって・・・新聞にも載ったと思いますよ。ところであなたは興信所さんですか?」
興信所かと訊かれて私は苦笑いしながらも、娘さんの縁談ですと答えた。
「おめでたい話ですか。それはよかった。あの娘さんなら良いんじゃないですかね。金毘羅さんの観光旅館に勤めているんでしょ?親孝行な娘さんで、就職してからもしょっちゅう実家に帰って来ていたようですよ」
この主婦は邦子の現況は知らない様子だった。
あまり長く立ち話も出来ないので、丁寧に礼を言って離れた。
邦子は既に観光旅館を退職している。明日はそこを訪れて、退職に至った経緯などを聞き込まなければならない。
ところで邦子の弟・矢部素春が事件を起こしたということだが、どういう事件なのか、また今どこで何をしているのだろう?
だが、引き続き数軒を訪ねて聞き込んでみたが、これ以上の話は得なかった。
続いて、矢部邦子の父・富春が営んでいた鮮魚店・「魚富」があった市内の魚屋町を訪ねた。
丸亀駅への途中に所在する魚屋町には現在は魚屋は一軒も営業されておらず、この辺りも住宅区であった。
住宅が比較的新しいことから考えて、おそらく駅周辺の開発で昔の商店街などは消えてしまったのだろう。
これでは矢部家を知る人を探すことは無理だと思われた。
調査はいきなり暗礁にぶつかった感じである。
やはり公簿に頼るしかないのか?
すでに依頼していた裏ルートへ、進捗状況を確認することにした。
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