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鉄火場ガール 第十二話
しおりを挟むPinoのパスタは夏季が推奨するだけあって抜群に旨かった。
スパゲティだけでなく、生ハムやチーズも厳選された素材と思われる味だった。
気になっていたこれまでの多くの発言について訊くことも忘れて、料理と白ワインと目の前でスパゲティをクルクル巻いている夏季の姿に私は酔いしれた。
「お父さん、優しくて好きなんだけど、女の人が嫌なの」
ふたりとも白ワインを飲み干して、スパゲティもほとんど食べ終えたころに夏季がポツンと言った。
それまでの会話は「美味しいね」「最高だね」をお互いに繰り返し、夏季は「片山さんと誕生日に食事ができてよかった」と言った程度だったのに、いきなり意味不明な言葉が飛び出した。
「女の人って誰?」
「お父さんの愛人」
「愛人?」
「そう、派手で下品なオンナ」
今日十八歳を迎えた女子高生が口にする言葉ではない。
「愛人なんて、そんな呼び方はよくないな」
「だって、そうなんだもん」
「じゃあ、今三人で暮らしているんだね?」
「違うよ。あんなオンナと一緒になんか無理」
私はわずかなアルコールのせいではないだろうが、夏季の言っている内容がスムーズに理解できなかった。
「もう一杯だけ飲んじゃダメ?」
「ホントにもう一杯だけだよ」
「は~い」
実は私ももう一杯飲みたかったので、ふたりとも白のグラスワインをお代わりした。
料理も美味しいので、「アヒージョを何か頼まない?」と夏季に訊いてみた。
ちょうどグラスワインが席に運ばれてきたタイミングだったので、それを聞いていた店の女性が「本日のアヒージョはホタテとマッシュルームのものになります。ほかのアヒージョより少しお得な料金となっていますよ」と言った。
「じゃ、それをお願いします」
夏季が注文した。もちろん私も異論はない。
しかし店の人や客たちが私たちを見て、兄と妹とは思わないだろう。
それに、どの角度からも夏季は未成年にしか見えない。
今の自分を客観視してみると、これは完全にイレギュラーな状況だなと思った。
「毎週土曜日の昼ごろにオンナが来るの」
新しいグラスワインをひと口飲んだ時に夏季が言った。
「土曜日は泊って帰るの。日曜日は昼前に帰ってくれるときもあるけど、たいてい夕方までお父さんの部屋にいるのよ」
アヒージョが運ばれてきた。
「熱いのでお気をつけてお召し上がりくださいね」と店の女性が言った。
私は少し酔いが回った頭で、四階六番柱の常連客のマスターが言っていたことを思い起こしたりしながら、夏季の言葉の背景を考えた。
ある日曜日に彼女が午後から館内にいなくなったときのマスターの「今日は昼から帰れるらしいよ」という言葉や、夏季自身も「日曜日は午後から帰れる」とか「土曜日は家にいるのが嫌なの」と言っていたことがあった。
「お父さんの彼女が来ている間は一緒にいたくないんだね?」
「そう」
「でも土曜日はその人、泊って帰るんだろ?」
「うん」
「一緒にご飯食べるんだろ?」
「前はね。でも友達と晩ご飯食べて帰るからって言って、最近は一緒には食べないの」
寂しそうな表情で言って、夏季はグラスを手に持ちワインをひと口飲んだ。
「お父さん、きっと寂しがっているよ」
「それがね、そのオンナと仲が良くて、私のことなんかどうでもいいみたいなんです」
「そんなことはないよ、親子ふたり暮らしなんだから」
「でもいいの。今夜は片山さんと一緒に食事ができたから。さあ、アヒージョ食べようよ」
夏季はそう言ってから残りのワインを一気に飲み干した。
「そんな飲み方しちゃダメだよ」
「うるさいなあ、お父さんみたいだ」
酔っているのか、ワイングラスをテーブルにコツンと音を立てて置いて、私の顔を睨むようにして言った。
「声が大きいよ。お客さんがこっちを見てるじゃないか」
私は慌ててテーブル越しに夏季の耳に顔を近づけて言った。
誰が見ても私たちは変なカップルに思われている気がした。
「ごめんなさ~い」
今度も夏季は素直に謝った。
本当に変な女子高生だ。でも可哀相な家庭環境にあることは分かった。
格別美味しかったアヒージョを食べてから私たちは店を出た。
お勘定の際、夏季がレジカウンターでグダグダ言っていたが、無視して私が支払った。当然のことだ。
浅草演芸場の前を通って国際通りを渡り、昨夜分かれた場所まで送って行った。
「ちょっと酔ってるんだから、できたらすぐにお風呂に入りなさい。お父さんにバレたら面倒だから」
私はアドバイスをした。
「分かってる。ありがと」
夏季は何故かしおらしくうつむいて言った。
「今度の土曜日は友達とでも遊びなさい。無理に場外馬券売り場に来なくていいんだからね」
私の言葉に返事はなかった。
「じゃ、ここでね。今夜は美味しい店に連れて行ってくれてありがとう」
そう言って私は背を向けて国際通りに向かって歩いた。
数秒後、背後から「片山さん、好きよ!」と、夏季の叫ぶような声が聞こえた。
だが振り向くと彼女の姿はなかった。
もしかすれば私の酔った幻覚だったのかも知れないと思った。
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