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DJウコンちゃん ⑤
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銭湯に入る前に「四十五分後に出ようね」と約束したのに、僕は三十分ほどで出てきた。
銭湯の入口の横には公衆電話があったから、アパートの大家さんに電話して明子を呼び出してもらおうと思ったのだ。
でもよく考えてみると、呼び出し電話口まで明子が出てきたとしても、彼女が納得するような言い訳があるわけではなく、それなら何も連絡をせず何事もなかったような顔をして帰ればいいと考え直した。
タオルを振り回しながら待っていると、入ってからちょうど四十五分ほど経ったころにウコンちゃんが出てきた。
「どうしたん、早く出すぎたんじゃなか?」
「いや、さっき出たとこばい」
「カラスの行水みたいやね」
ホカホカした身体で僕とウコンちゃんは商店のないアーケードに入り、彼女の家に戻った。
「そろそろ帰るわ」
ウコンちゃんがテーブルの前に体育座りのような格好で腰をおろし、カツラを脱いで、乾いたタオルで坊主頭を拭きはじめたときに僕は思い切って言った。
「何ね?」
「帰るっち、もう遅いから」
「何でね?」
「だから、泊まるわけにいかんから、そろそろ帰る」
「泊まって帰ればよかよ。明日はここから一緒に仕事に出ればよかでしょ」
時刻はもう午後九時前になっていた。明子は弟とふたりでどうしているのだろう。
駅前の床屋を訪ねたり、パチンコ屋などを覗いたりして僕を探しているだろうか。
考えれば考えるほど胸が痛くなり、その痛さと同じだけの罪悪感に苛まれた。
それらを振り切るためには、目の前のウコンちゃんのシャンプーの甘い香りに身を委ねるしかこころが逃げ切れないと思い、まだ温かい彼女の身体を抱きしめた。
「二階に行こうか」
「うん」
不思議な位置にある二階への階段を上がると、手前の部屋にはほとんど家具らしいものはなく、奥の部屋の窓際にベッドが置かれていた。
ベッドに座って窓を少し開けると人通りのない暗く静かな道が見えた。
見下ろす道は、僕とウコンちゃんだけでなく、明子までをも巻き込んだ先の見えない暗い未来への道のようにも思えた。
一体僕は何をしているんだろうという気持ちを消すために、ウコンちゃんに覆いかぶさり唇を重ねた。
ウコンちゃんの身体は意外に硬く、緊張しているのかとも思ったが、僕は明子のことがやはり頭を横切ったり掠めたりするため、彼女の身体を開くまでの行為には踏み切れなかった。
「今日はなんだか疲れたね」
「福地君、彼女のこと考えとるんやろ?」
「いや、そげんひとはおらんけん」
「嘘言わんでよかよ。ウチには分かるけん」
「どうでもよかばい」
僕はウコンちゃんを力いっぱい抱きしめた。
そのままふたりはいつの間にか眠った。
翌日、目が覚めるともう午前九時を過ぎていて、店のないアーケードの下にも人の声が聞こえた。
「目覚まし時計、しとらんかったけん」
「困ったな、会社に電話せんといけん。無断欠勤ばい」
交代で洗面を済ませて、慌ててバス停へ急いだ。
バス停の近くに公衆電話があったので、僕とウコンちゃんは交代でお互いの勤務先へ電話をかけた。
先にウコンちゃんが新大阪の営業所へ電話をかけ、「急用があって遅くなったけど今から行きます」と理由を伝えていた。
僕は遅刻の理由が思いつかないまま電話をかけると、最初は田中係長が出た。
「福地、どこにおるんや?ちょっと支店長と替わるから」
「福地君、心配しとったんや。朝、ビルの入口に君の彼女が待ってたからな。昨日は帰ってないんか?」
「はあ・・・」
ビルの入口にいた女性が、なぜ僕の彼女と分かるのだろうと不思議に思ったが、ともかく「今から行きます」と言い、電話を切った。
なにか大変なことを仕出かしてしまったような気持ちになって、園田駅に向かうバスの中、僕もウコンちゃんもずっと黙ったままだった。
ウコンちゃんは阪急の西中島南方駅で「福地君、ゴメン」と言って電車を降り、改札口の向こうに消えた。
何を彼女はゴメンと言ったのだろうと、会社に着くまでずっと考え続けたが、彼女が謝るべきことは何一つ思いつかなかった。
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