DJウコンちゃん

Pero

文字の大きさ
上 下
2 / 12

DJウコンちゃん ②

しおりを挟む
        二

 約束の日曜日、前日から僕の弟が大学の下見に佐賀から出てきてアパートに泊まっていた。

 アパートの狭い四畳半の部屋に明子と弟と僕の三人が、ひとつの布団で文字どおり川の字になって寝た。梅雨明け宣言がされた暑い七月だったからまだよかったが、冬だとしたら風邪を引くだろう無茶な三人寝だった。
 それくらい僕と明子は親密だったし、弟も明子とはすでに義姉弟みたいな感覚だったようだ。

 約束の日曜日、僕は明子と弟に「ちょっと床屋に行ってくる」と言ってアパートを出た。

 休日に明子と弟を残して出かけることに、もっと真っ当な理由があった気がするが、僕はグズグズと当日の朝まで悩み続けた結果、「床屋に行く」なんていう、まったくあと先を考えないことを不意に言ってしまったのだ。

 仕事中はウコンちゃんのことばかり気になっていたとしても、アパートに帰れば小さな卓袱台にちょこんと並べられた明子の可愛らしい手料理を見ると、ウコンちゃんとの約束なんて絶対に破るべきだと思いつつ、仕事に出ればウコンちゃん、帰れば明子といったこころの移り変わりに、優柔不断にも断る機会を逸してしまった。

 男の風上にもおけないと自分を嫌悪したりもするが、約束の日はやってきた。しかも朝からバカ陽気。

 午前十一時の約束の時刻よりも少し早く、阪神百貨店の地下にある阪神電車の梅田駅改札口近くに僕は立った。

 デートの待ち合わせなんて本当に久しぶりで、こころが妙にときめいたが、それよりもこれがデートと呼べるのだろうかと、やや理性的な思考に入っているうちに視界にウコンちゃんが飛び込んできた。

「来たんだ~」

 いきなりウコンちゃんは言った。

「来たんだ~はないんじゃないか?約束してたんだし」

 地下の売り場に入って、奥にあるエレベータ乗り場の方へ肩を並べて歩いた。

 彼女と並んで歩くのも、もちろん初めてのことだ。小柄な僕の首のあたりにウコンちゃんの目が位置していることが意外に思えた。

 普段は僕が座った状態で彼女が立った位置で言葉を交わすものだから、ウコンちゃんの身長のことはこれまで気にとめなかったのだ。

「ウコンちゃん、今日は背が縮んだみたいだね」

「どういうこと?」

「いつも僕を見下ろしている感じだけど、並んで歩くと僕より低い」

 僕は意識的に笑って言った。

「そりゃそうよ。仕事中はハイヒール履いているんだから」

 ウコンちゃんは「フンッ」といった顔をして、背丈のことでムキになった感じがした。

 ちょうど開いたエレベータに乗り込むと、休日のお昼前ということもあって、乗っていた人のほとんどが八階のレストランフロアで降りた。

「福地君は何を食べたい?」

 ウコンちゃんはプライベートな日でも僕を君呼ばわりした。

「食べたいとリクエストしたものをご馳走してくれるの?」

「もちろんじゃない、私が誘ったんだから」

 僕はウコンちゃんの目を覗き込むように見た。

「何よ?」

「その先輩風をビューって吹かすウコンちゃん、いいな。いや、ウコン先輩、割り勘にしましょう」

 しかし返事もなく、素知らぬ顔をして歩くウコンちゃん。そのあとを追うように続く僕。

 結局、いくつかの店のメニューを見て回ったあと、ハンバーグが食べたいという僕のリクエストから、ステーキレストランへ落ち着いた。

「ステーキでもいいのよ、たいして値段は変わらないんだから」

「ハンバーグが食べたいんだ、本当に」

 実のところデパートのレストランなんて初めてなので、あまり居心地が良いとは言えなかった。でも目の前には憧れのウコンちゃんが座っており、彼女を見ているだけでこころに爽やかな風が漂ってきた感覚になった。

 明子のことが少し気になったが、このときは深く考えなかった。ゆっくりと食事をしながら、お互いの故郷のことや大阪に出てきてからのことを交互に喋った。

「田舎がダムに沈んでしまうんだ。小学校も中学校も、みんな湖の底に消えるって残酷だ」

「うちは菊池川の近くで農業よ。もう有明に注ぎよるところ。うちんちは家族や親せきが食べる分だけしか作ってないけんね」

「注ぎよるところって、菊池川の河口近くってこと?」

「そうそう、もう有明海たい」

「田舎、たまに帰るんか?」

「あんたは?」

「帰らんな。帰るといろいろと変わってしもうとるやろから、それ見るんが辛かやけんな」

「なんでんかんでん変わっていくっち」

 自然と故郷の言葉が混じってくるのは、佐賀と熊本といっても、ウコンちゃんの玉名は福岡との県境にあるし、僕の田舎も福岡に近いから似たような言葉だからだ。

「ウチに来る?」

 レストランを出て、大阪駅方向にかかる大きな歩道橋の上で、急にウコンちゃんは言った。

「尼崎に住んでるのよ。園田の駅からバスに乗るんだけど。福地くん、誰か待っている人がいるの?」

 ウコンちゃんの誘いを断れなかった。僕はすでにウコンちゃんの世界へ飛び込んでしまったような気がした。

 何時間床屋で髪を刈ってもらっているんだろうって、明子は思っているかなと一瞬だけ後頭部を掠めたが、僕はウコンちゃんと肩を並べて阪急電車に乗った。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

俺と公園のベンチと好きな人

藤谷葵
青春
斉藤直哉は早川香澄に片想い中 公園のベンチでぼんやりと黄昏ているとベンチに話しかけられる 直哉はベンチに悩みを語り、ベンチのおかげで香澄との距離を縮めていく

イルカノスミカ

よん
青春
2014年、神奈川県立小田原東高二年の瀬戸入果は競泳バタフライの選手。 弱小水泳部ながらインターハイ出場を決めるも関東大会で傷めた水泳肩により現在はリハビリ中。 敬老の日の晩に、両親からダブル不倫の末に離婚という衝撃の宣告を受けた入果は行き場を失ってしまう。

想い出キャンディの作り方

花梨
青春
学校に居場所がない。 夏休みになっても、友達と遊びにいくこともない。 中一の梨緒子は、ひとりで街を散策することにした。ひとりでも、楽しい夏休みにできるもん。 そんな中、今は使われていない高原のホテルで出会った瑠々という少女。 小学六年生と思えぬ雰囲気と、下僕のようにお世話をする淳悟という青年の不思議な関係に、梨緒子は興味を持つ。 ふたりと接していくうちに、瑠々の秘密を知ることとなり……。 はじめから「別れ」が定められた少女たちのひと夏の物語。

僕らの10パーセントは無限大

華子
青春
 10%の確率でしか未来を生きられない少女と  過去に辛い経験をしたことがある幼ななじみと  やたらとポジティブなホームレス 「あり得ない今を生きてるんだったら、あり得ない未来だってあるんじゃねえの?」 「そうやって、信じたいものを信じて生きる人生って、楽しいもんだよ」    もし、あたなら。  10パーセントの確率で訪れる幸せな未来と  90パーセントの確率で訪れる悲惨な未来。  そのどちらを信じますか。 ***  心臓に病を患う和子(わこ)は、医者からアメリカでの手術を勧められるが、成功率10パーセントというあまりにも酷な現実に打ちひしがれ、渡米する勇気が出ずにいる。しかしこのまま日本にいても、死を待つだけ。  追い詰められた和子は、誰に何をされても気に食わない日々が続くが、そんな時出逢ったやたらとポジティブなホームレスに、段々と影響を受けていく。  幼ななじみの裕一にも支えられながら、彼女が前を向くまでの物語。

初恋の味はチョコレート【完結】

華周夏
青春
由梨の幼馴染みの、遠縁の親戚の男の子の惟臣(由梨はオミと呼んでいた)その子との別れは悲しいものだった。オミは心臓が悪かった。走れないオミは、走って療養のために訪れていた村を去る、軽トラの由梨を追いかける。発作を起こして倒れ混む姿が、由梨がオミを見た最後の姿だった。高校生になったユリはオミを忘れられずに──?

記憶の中の彼女

益木 永
青春
潟ケ谷(かたがや)市という地方都市に暮らす高校生の高野和也。 ある日、同じ高校に通う伊豆野凛という少女と知り合ってから、和也は何故か自分の記憶に違和感を覚える。 ずっと記憶に残っている思い出に突然今までいなかった筈の女性がいる事に気づいた和也はその不思議な記憶を頼りに、その理由を探していく。

暴走♡アイドル3~オトヒメサマノユメ~

雪ノ瀬瞬
青春
今回のステージは神奈川です 鬼音姫の哉原樹 彼女がストーリーの主人公となり彼女の過去が明らかになります 親友の白桐優子 優子の謎の失踪から突然の再会 何故彼女は姿を消したのか 私の中学の頃の実話を元にしました

Cutie Skip ★

月琴そう🌱*
青春
少年期の友情が破綻してしまった小学生も最後の年。瑞月と恵風はそれぞれに原因を察しながら、自分たちの元を離れた結日を呼び戻すことをしなかった。それまでの男、男、女の三人から男女一対一となり、思春期の繊細な障害を乗り越えて、ふたりは腹心の友という間柄になる。それは一方的に離れて行った結日を、再び振り向かせるほどだった。 自分が置き去りにした後悔を掘り起こし、結日は瑞月とよりを戻そうと企むが、想いが強いあまりそれは少し怪しげな方向へ。 高校生になり、瑞月は恵風に友情とは別の想いを打ち明けるが、それに対して慎重な恵風。学校生活での様々な出会いや出来事が、煮え切らない恵風の気付きとなり瑞月の想いが実る。 学校では瑞月と恵風の微笑ましい関係に嫉妬を膨らます、瑞月のクラスメイトの虹生と旺汰。虹生と旺汰は結日の想いを知り、”自分たちのやり方”で協力を図る。 どんな荒波が自分にぶち当たろうとも、瑞月はへこたれやしない。恵風のそばを離れない。離れてはいけないのだ。なぜなら恵風は人間以外をも恋に落とす強力なフェロモンの持ち主であると、自身が身を持って気付いてしまったからである。恵風の幸せ、そして自分のためにもその引力には誰も巻き込んではいけない。 一方、恵風の片割れである結日にも、得体の知れないものが備わっているようだ。瑞月との友情を二度と手放そうとしないその執念は、周りが翻弄するほどだ。一度は手放したがそれは幼い頃から育てもの。自分たちの友情を将来の義兄弟関係と位置付け遠慮を知らない。 こどもの頃の風景を練り込んだ、幼なじみの男女、同性の友情と恋愛の風景。 表紙:むにさん

処理中です...