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第六章 ベトナム旅行記・アイスコーヒーウイズミルク
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しおりを挟む第四話
ハノイツーリストの建物は鉄筋コンクリート造の三階建ての立派なもので、入口には警備員らしき制服を着た年配の男性が座っていた。
「飛行機のチケットの状況を聞きたいのですが?」と僕はその男性に尋ねた。
「今は昼休みだからそこで少し待ちなさい」と、彼は小さな待合場所のようなところを指示した。
そこには四人ほどが座れるソファーと小さな椅子が置かれていて、オフィスの職員風の男女五~六人がテレビで放映されているジュニアサッカーの試合の観戦に熱中していた。(ベトナムではサッカーが最も盛んなスポーツらしい)
席は空いていなかったのだが、職員風の男性の一人が立ち上がって、ベトナム語でどうぞ座ってくださいという感じで勧めてくれた。
僕は意識的にニコニコしながら、「どうぞお気を使わないで」という意味の英語で遠慮したが、通じているのかどうか、さらにどうぞどうぞと何度も勧めるので、とうとう甘えてしまった。
この辺りは市の中心部であるが昼休みが随分長いのか、一時をとっくに過ぎているのにストリートには屋台もあちこちに出ていて、大勢の会社員風の男女が昼食を摂っていた。
ツーリストの職員も何かのんびりとした様子で、日本のビジネス街の昼休みとは全く街の雰囲気が違っている感じがした。
あまり興味のないテレビを見ていると、年配の男性職員の一人が気さくに話しかけてきた。
「何処から来たんだい?」
「日本からです」
「ここのオフィスには日本語の分かる女性が一人いる、あんたは英語が達者か?」
「少しくらいは話せるのですが」
「じゃあ、日本語ができる人がいいね。その女性はズンさんという名前だから、もうしばらくすれば戻ってくるのでテレビでも見ていなさい」
彼は親切に言ってくれたので僕はゆっくりすることにした。
十五分ほどして職員達はチャイムも何も鳴らないのに、午後の就業時刻になったのか、席を立って各部屋に散って行った。
先程の警備員らしき年配の男性が、そこでゆっくりしていたらいいよという感じでニコニコして頷いてくれたので、僕は椅子に座ってズンさんという女性職員を待った。
しばらくして青いスーツを着たキャリア・ウーマン風の女性が颯爽と現れ、奥の部屋に入って行くのが見えた。
「あの人がズンさんだから、中に入りなさい」と男性が言うので(ベトナム語なので分からないが、そんな内容のことをいっている気がする)、ドアをノックして入った。
エアコンのよく利いた部屋には女性が二人と男性が一人仕事をしていて、一見して旅行代理店風で(当たり前であるが)パソコンのキーボードの音がカチャカチャと鳴っていた。
「ズンさんに用があるのですが・・・」
「私がズンですが、どのようなご用件ですか?」
さっきの青いスーツの女性がしっかりした面持ちを僕に向けて聞いてきた。
「僕はあまり英語が達者でないので、ズンさんが日本語がお出来になると聞いたものですから」
意識的に気の弱そうな小さな声で助けを求めるように僕は言った。
すると彼女はニッコリと笑って日本語で、「はい、ダイジョブよ。イカガシマシタ?」と嬉しそうに尋ねてくれた。
だが、八月二十二日前後のハノイ発ニャチャン行の飛行機は予約なしで大丈夫か、一日何便飛んでいてそれは何時発か、などを聞いてみたが、ズン女史は僕の日本語に対してなかなか要領を得ない様子で、こちらの意思が通じない。
それに、僕が乗るのじゃなく、二十二日以降に今サ・パに滞在している日本人女性が乗るのですと言っても全く理解していない様子なのだ。
特に早口で喋っているわけではないが、確かにアクの強い関西弁なので、彼女にすればアクセントなどは聞き慣れない日本語であったかもしれないが、言葉自体は標準語で話したつもりなのだがスムーズに伝わらない。
結局、英語と日本語を混ぜて話したが、僕の英語があやふやな程度と同じくらいに彼女の日本語もあやふやだったので、意向が明確に通じないまま二十二日の朝の便を僕の名前で予約した形になってしまったらしいのだ。
しかし予約金も請求しないし、もしあの人がこの便に乗らなくても何のペナルティーもなさそうなので、僕はズン女史に丁寧にお礼を言ってオフィスを出た。
外は日差しが強烈で、相変わらずひっきりなしにどこからともなく声がかかる。
それを丁寧に断りながら歩き、加えてさっきのオフィスでのズン女史との交渉にすっかり疲れてしまった僕は、いつの間にか汗びっしょりになってロータストラベル・ゲストハウスに戻ったのだった。
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