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第三章 バンコク近郊・意外展開旅行記
サバイディー、南方上座部仏教国の夕陽 98
しおりを挟む深夜特急
南こうせつさんにそっくりな宿のご主人は、一階の食堂の調理から宿泊客の相手までしてくれる。
決して口数は多くないが、穏やかな物腰で旅人をホッとさせてくれる雰囲気を持っている。
奥さんのグリコさんとの夫婦仲も極めて円満そうで、どちらかと言えば奥さんの尻に敷かれているという感がしなくはないが、見ていて微笑ましいご夫婦に思えた。
居心地の良い宿なので、何度も何度も訪れる旅人がいるようで、僕が滞在した二日間でも、「また来ました」といった旅人が数人見受けられた。
宿が繁盛するから儲けた資金で、昨年新たに全面的に建て替えて、一階の食堂は以前に比べて随分広くてなったらしい。
また、食堂に繋がっているロビーはゲストハウスにしては高価そうなソファーが二セットも置かれ、今年になってようやく導入したというパソコンもフロント横に一台あり、本当にハード面もソフト面も満足する宿であった。
しばらくロビーで旅行者と雑談をしたが、若者ばかりで、どうも世間話以上の話題が出ない。
女性の宿泊客も何人かいて、いずれも一人旅のようだったが、食事中の席に近づいて話しかけるような雰囲気ではなく、ちょっと陰気そうな感じを受けたので話しかけるのはやめた。
一人でオムレツとサラダにシンハビールという夕食を終え、食堂の本棚を眺めていると、そこに沢木耕太郎氏の「深夜特急」の文庫本を見つけた。
しかしそれは全部揃っていなくて、タイ・マレーシア・シンガポール編とイラン・アフガニスタンからトルコ編あたりがあり、この旅行記は確か全六巻だったと思うが、最初と真ん中と最後がなかった。
彼の旅行記を読んで影響を受け、長期の旅に出るきっかけとなった旅人が多いと聞くが、僕はいままで読んだことがなく、何故か食わず嫌いのような感じもあったので、ちょっと読んでみることにした。
この「深夜特急」をこれまで読まなかったのは、以前何かの雑誌で、確かこの旅行記の半分以上がフィクションだと書いていたのを読んだからということもあるし、旅をしてから十数年経って旅行記にまとめたという点も、僕としてはこれまで敬遠していた理由である。
まあ、良い機会だから部屋に戻って、ベッドに寝転びながら読んだ。
何とはない旅行記だが、文章のうまさはなるほどだし、主人公が遭遇するアクシデントや感動的な場面などの描写もさすがに思った。
この本が売れるわけが分かったような気がした。
この本を読んだら、訪問国で次から次へと様々な出来事に合い、多くの現地人や旅行者と出会い、日本での気だるい日常生活から解脱したかのような世界の存在を頭に描いてしまい、多くの人がこのような経験を求めて旅に出ようとすることも無理ないことだと思った。
確かに、日本で社会の歯車のひとつとして、毎日身を削るようにギアを合わせて生きていることから考えると、自由気侭な旅へと自分自身を置いてみることは、何て素敵なのだろうと思うだろう。
旅先でどんな困難やアクシデントがあったとしても、自由という自分の存在は変わらない。
ただ、それを実感として感じるのは、一度でも社会に飛び込んで、体制の中に自分の身を泳がせてからではないだろうか。
学生のうちにこのような本をバイブルのように読み漁り、裏を知ることなく裏道を歩くがごとくに、自由気侭な旅を経験してしまうことに、僕は異論を述べたいと思うのであった。
しかし現実には学生が旅を謳歌している。
何故なら日本では最も勉強しない種族が、何と学生だからなのだ。
これは悲しむべき現実の姿として誰もが認めていることだ。
旅先で出会う日本人で、現役社会人或いは社会人を経験したことのある人と、学生の旅人との歯ごたえの違いはそんなところにあると僕は思う。
勿論歯ごたえのないのは後者である。
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