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第二章 2002年 春
サバイディー、南方上座部仏教国の夕陽 60
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第二章 2002年 春
60 ビエンチャンの夜
薬草サウナは期待以上に楽しかった。
それはR子さんと混浴したという、僕の粗末な人生に於いて、歴史的な出来事があったからではない。
いやそれもあるかもしれないが、ともかくそんな精神的なことよりも、薬草サウナが肉体的にすごく快適だったからである。
薬草が階下の釜で炊かれて、その蒸気が僕達のサウナ室に充満し、その熱気はすさまじく、たちまち汗か蒸気か分からない水滴が体中に溢れ、ともかく何がなんだかその科学的メカニズムは分からないが、筆舌に及ばないほど気持ちが良かった。
僕達は七、八分サウナで汗を流してから外に出て、階段を降りて寺の井戸まで裸の上に布を纏っただけの格好で歩いて行き、ホースで頭から水をかぶった。
そして汗を流すと再び二階にあがって、休憩所で熱いハーブ茶をいただくということを何度か繰り返した。
サウナ室から外に出た時に急いでメガネをかけ、R子さんの綺麗な肌を鑑賞しようと思うのだが、いつも彼女は僕が外に出たらサウナ室に入っており、タイミングが難しいのだ。
それでも何度か外で一緒にハーブ茶をいただいている間、体に纏った布から少しだけ覗いている肩辺りの肌は真っ白で、僕は興奮のあまりよろけそうになってしまうのだった。
何度目かのサウナ室に入ると、目の前に日本人と思われる男性がいて、「いやぁ、気持ちいいですねぇ」とどちらからともなく声をかけ、言葉を交わした。
「ご一緒の方は彼女ですか?」と、彼はいきなり僕に質問をしてきた。
「い、い、いいえ、そんなのじゃないのですよ。昨日ノーン・カーイの駅でたまたま出会って、一緒させてもらっているのです。貴方は?」
「僕は一人なのです。バンビエンから昨日ビエンチャンに着いて、明日タイに入ろうと思っているのです」
結局、もしよければ今夜食事をご一緒しましょうということになり、それをR子さんにも報告すると、彼女も多い方が楽しいですからと、大変喜んでいた様子だった。
彼の名前は月君といって、決して月に生まれた訳ではないが珍しい苗字である。(本当は星君でした。彼は今どうしているのかなぁ)
石川県の生まれで、地元の美術工芸大学を卒業後、大手カメラメーカーに入社し、カメラのデザインを担当しているという。
人懐っこい風貌は、相手に全然警戒心を与えない感じで、誰にでも好かれるのじゃないかと思えるほどの好青年だ。
僕達は三人でハーブ茶を飲んでは雑談し、再びサウナに入るということを何度か繰り返し、心身ともにリフレッシュして薬草サウナをあとにした。
トゥクトゥクの男性は気長に寺院前で待機してくれていて、本当に恐縮してしまった。
僕達は一旦宿に戻り、月君とは僕達が泊まっているサイスリーゲストハウスの前で午後六時に待ち合わせをした。
さあメコン川でも眺めながらビエンチャンでの夜を楽しもうと、約束の時刻に合流して、三人でメコン川の方向へ歩いた。
去年はビエンチャン二日目の夜に、何故だか大勢の日本人旅行者が集まってきて、最後にはメコン川の河川敷の野外レストランで、総勢十一人でビアラオを飲みながら熱い夜を楽しんだのだった。
僕は今年も河川敷に軒を並べているだろうレストランに入ろうと思っていたのだが、メコンの岸辺はすっかり変っていた。
去年は幅二メートルほどの土手にテーブルがズラーと並べられ、夜になるとジュース屋台などが出て、その土手を河川敷に降りると数軒のレストランが並んでいたのだが、すっかりその辺りはコンクリートで固められていた。
去年HさんやN君達をはじめ、大勢の日本人達で楽しんだビエンチャンの夜の思い出が、このコンクリート壁によって閉じ込められてしまったかのような、寂しい気持ちになった。
「この辺りはずーっと土手で、ここから河川敷のレストランが賑わっているのが見えたのですけどね。すべてなくなっていますね。残念だなぁ」
僕達はコンクリート壁が何処で途切れるのか、川沿いをもう少し歩いてみることにした。
60 ビエンチャンの夜
薬草サウナは期待以上に楽しかった。
それはR子さんと混浴したという、僕の粗末な人生に於いて、歴史的な出来事があったからではない。
いやそれもあるかもしれないが、ともかくそんな精神的なことよりも、薬草サウナが肉体的にすごく快適だったからである。
薬草が階下の釜で炊かれて、その蒸気が僕達のサウナ室に充満し、その熱気はすさまじく、たちまち汗か蒸気か分からない水滴が体中に溢れ、ともかく何がなんだかその科学的メカニズムは分からないが、筆舌に及ばないほど気持ちが良かった。
僕達は七、八分サウナで汗を流してから外に出て、階段を降りて寺の井戸まで裸の上に布を纏っただけの格好で歩いて行き、ホースで頭から水をかぶった。
そして汗を流すと再び二階にあがって、休憩所で熱いハーブ茶をいただくということを何度か繰り返した。
サウナ室から外に出た時に急いでメガネをかけ、R子さんの綺麗な肌を鑑賞しようと思うのだが、いつも彼女は僕が外に出たらサウナ室に入っており、タイミングが難しいのだ。
それでも何度か外で一緒にハーブ茶をいただいている間、体に纏った布から少しだけ覗いている肩辺りの肌は真っ白で、僕は興奮のあまりよろけそうになってしまうのだった。
何度目かのサウナ室に入ると、目の前に日本人と思われる男性がいて、「いやぁ、気持ちいいですねぇ」とどちらからともなく声をかけ、言葉を交わした。
「ご一緒の方は彼女ですか?」と、彼はいきなり僕に質問をしてきた。
「い、い、いいえ、そんなのじゃないのですよ。昨日ノーン・カーイの駅でたまたま出会って、一緒させてもらっているのです。貴方は?」
「僕は一人なのです。バンビエンから昨日ビエンチャンに着いて、明日タイに入ろうと思っているのです」
結局、もしよければ今夜食事をご一緒しましょうということになり、それをR子さんにも報告すると、彼女も多い方が楽しいですからと、大変喜んでいた様子だった。
彼の名前は月君といって、決して月に生まれた訳ではないが珍しい苗字である。(本当は星君でした。彼は今どうしているのかなぁ)
石川県の生まれで、地元の美術工芸大学を卒業後、大手カメラメーカーに入社し、カメラのデザインを担当しているという。
人懐っこい風貌は、相手に全然警戒心を与えない感じで、誰にでも好かれるのじゃないかと思えるほどの好青年だ。
僕達は三人でハーブ茶を飲んでは雑談し、再びサウナに入るということを何度か繰り返し、心身ともにリフレッシュして薬草サウナをあとにした。
トゥクトゥクの男性は気長に寺院前で待機してくれていて、本当に恐縮してしまった。
僕達は一旦宿に戻り、月君とは僕達が泊まっているサイスリーゲストハウスの前で午後六時に待ち合わせをした。
さあメコン川でも眺めながらビエンチャンでの夜を楽しもうと、約束の時刻に合流して、三人でメコン川の方向へ歩いた。
去年はビエンチャン二日目の夜に、何故だか大勢の日本人旅行者が集まってきて、最後にはメコン川の河川敷の野外レストランで、総勢十一人でビアラオを飲みながら熱い夜を楽しんだのだった。
僕は今年も河川敷に軒を並べているだろうレストランに入ろうと思っていたのだが、メコンの岸辺はすっかり変っていた。
去年は幅二メートルほどの土手にテーブルがズラーと並べられ、夜になるとジュース屋台などが出て、その土手を河川敷に降りると数軒のレストランが並んでいたのだが、すっかりその辺りはコンクリートで固められていた。
去年HさんやN君達をはじめ、大勢の日本人達で楽しんだビエンチャンの夜の思い出が、このコンクリート壁によって閉じ込められてしまったかのような、寂しい気持ちになった。
「この辺りはずーっと土手で、ここから河川敷のレストランが賑わっているのが見えたのですけどね。すべてなくなっていますね。残念だなぁ」
僕達はコンクリート壁が何処で途切れるのか、川沿いをもう少し歩いてみることにした。
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