サバイディー、南方上座部仏教国の夕陽

Pero

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第二章 2002年 春

サバイディー、南方上座部仏教国の夕陽 ㊿

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    第二章 2002年 春

    50 ノーン・カーイの夜

 Mut-Meeゲストハウスはもう一度機会があればゆっくりと泊まりたい宿だ。

 敷地内には緑の植物が溢れ、点在するバンガロー風の部屋は建物自体は新しくはないが、シンプルに整っていてシーツやタオルケットも清潔だった。

 共同のシャワー室やトイレも広くて使いやすく、トイレは水槽から桶で水を汲んで流すシステムであるが、綺麗で全く問題はない。

 何よりも中庭にあるオープンレストランの素晴らしさが、この宿を最もアピールしている。

 メコン川を背にズラッと設置されたテーブル席の一角に座り、ノンカイ駅で知り合った彼女と僕は、とりあえずビアラオでメコン川に乾杯をしたあと、簡単に自己紹介をし合った。

 彼女はR子さんといって年令は三十一才、大阪府下に御両親と妹さんとで暮らしていて、関西の有名私大を卒業後就職した企業を数年前に退職し、妹さんと二人で小さなファーストフード店を開業したという。(サンドイッチ屋さんとのことでした)

「全くその年令には見えませんよ。女性には詐欺師が多いので困りますね」

 僕はお世辞でもなんでもなく、冗談まじりに正直に言ったのだが、彼女は中年男のお愛想言葉と解釈しているかのようだった。

 旅には会社員のころから時々出るようになり、ここ数年は年に二~三回、アジアの各国を一人旅の短期旅行を楽しんでいるとのことだった。

 僕がネパール一度行ってみたいと言うと、ネパールにはこれまで二度訪れたという。

「ネパールはいいですよ。子供たちの表情が素敵で、それに親切です。私は二度目の時にポカラという町で、ひとりで町を散策していたら、子供が二人近づいて来て、『ひとりで旅をしているの?どうして?』って訊くのですよ。そして『寂しいでしょ、うちにおいでよ』と、その子供達の家に連れて行ってくれて、食事まで御馳走してくれたことがありました」

 それはいい話だねと僕が相槌を打ち、「それでその家は現地ではどの程度のお宅だったの?」と訊くと、「それがとっても貧しい家族でした。小さな粗末なお家で、中は暗くて狭かったです。でも私をお客さんだと言って、精一杯の料理を振舞ってくれました」と懐かしそうに言うのだった。

 僕は彼女がその田舎町で、ひとりたたずんでいる姿を想像した。

 きっと寂しそうな雰囲気が漂っていたのだろう。

 彼女は笑うと大きな目が無くなってしまうほど細めて、笑顔がとても素晴らしいのだが、ふとしたときに見せる表情がどこか寂しげに写るのだった。

 それは初対面の僕でも、知り合って数時間しか経過していないのに、ちょっと気になる程だった。

「どうしてアジアの人々は気さくに自分の家に呼ぼうとするのでしょうね。それも決して裕福ではなくて、むしろ貧しい家庭なのに、そんなことは関係なく」と彼女は言う。

 日本では街角で外人と遭遇しても、初対面で家に呼んだりすることは絶対にないだろうし、話しかけさえしないのが普通ではないだろうか。

「どんな暮らしをしていようと、旅人を家に招待することが誇りであり、礼儀だという考えじゃないかな?」

 同じアジアでありながら、慣習や考え方が異なるのは、宗教の違いなどとともに当然のことなのだが、理解しがたい意外な部分が、旅をしていると結構多い。

 しばらくこれまで訪れたことのある国や町の印象などをお互いに話し、彼女の方が僕の何倍も旅の経験が豊富なことが分かり、すこし小さくなりかけていたころに、彼女が、「それでお仕事は何をなさっているのですか?」と訊いてきた。

 友人の中には僕の職業を正直に言うことは、ある意味ルール違反だと非難する奴もいるが、ルール違反の意味が分からないので、今回も正直に答えた。

「いやちょっと、怪しげな職業ですけど、決して怪しいものではありません。実は探偵です」

「探偵さんって、あの・・・探偵さんですか?松田優作さんのドラマとかの・・・」

 僕は他にどんな探偵という職業があるのだろうと思いながら黙って頷いた。

 「えー、本当に探偵って職業があるのですね。すご~い。私ずっと前からすごく興味があったのですよ」

 こんな風にオーバーに驚かれて、興味を持たれたのは初めてなので、僕は照れてしまった。

「探偵なんて、全くカッコ良いものじゃありませんよ。泥臭い職業です。僕を見れば分かるでしょ」

「そんなことないですよ。最初、声をかけていただいたときから、ちょっとミステリアスな感じでした」

 R子さんは笑いながら言った。

 そんなふうにしてノンカイの夜は更けて行った。

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