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サバイディー、南方上座部仏教国の夕陽 ㊹
しおりを挟む第一章 2001年 春
◆少し体調を壊しているHさん、ノンカイ駅近くで。
四十四
二等寝台エアコン席のチケットがFullだと聞いて、ガックリとひざを折ってしゃがみ込んでしまいそうになるのをかろうじて持ちこたえた僕に対し、窓口の駅員が、「二等エアコン寝台席は売り切れだけど、一等エアコン寝台(二人個室)ならありますよ。どうしますか?」と言った。
神は僕を見捨てなかった。僕は上ずった声で「一等チケットを、お、お、おねがいします!」と叫ぶように言った(約千バーツ、この時期で三千円弱)
僕は狂喜乱舞し、この時本当に駅の構内で今度こそ阿波踊りを踊ってやろうかと真剣に思ったが、Hさんに気味悪がられて、「じゃ、ここで。お疲れ様~」などと言われては何のためにここまで一緒に来たのか分からないので、ここは何とか踏みとどまった。
周囲を見渡すと、狭い駅の構内に並べられた椅子に座っているノンカイの地元の人達や欧米人達が、僕のダンシングを今か今かと待っているような気がしたのに、本当に残念に思った。
ともかくめでたく帰りの寝台席チケットが買えたのでホッとして、僕達はバックパックを駅舎に預けたあと、彼女のお腹の具合が悪いので少し構内の椅子で休憩することにした。
小さな駅なのだが、プラスチック製の椅子ではあるが十数列も並んでおり、その後方に彼女は横になった。
彼女の横に寄り添っていると、しばらくしてハンカチを顔にかけて眠ったようだった。
時刻は午後三時過ぎだから、明日の早朝にドムアン空港駅に到着するまでの十数時間はまだ彼女と一緒に居られる。
旅の二日目でビエンチャンのゲストハウスで彼女と知り合ってから、N君と三人でずっと一緒に過ごした。
ルアンパバーンでは宿が別々になりながらも街歩きをしたり食事をしたり、体調が良ければ一緒に滝も訪れていたと思うのだが、ともかく僅か数日間過ごしただけで、彼女とは何年も前から知り合いのような錯覚を感じてしまうのであった。
Hさんとしては、中年の危なっかしいオヤジだから、同じ日本人ということもあるので親切にしてあげようといった善意で行動をともにしてくれたのだと思うのだが、日本で普段若い女性との接触が全くない僕としては、思いがけない楽しい旅を演出してくれたと思うのだ。
そんなことを考えていると、このままタイの国内事情ですべての交通機関が麻痺し、僕達がしばらく動けなくなってしまえばいいのになどと、不謹慎なことが頭に浮かんでは消えた。
旅というものはひとりで出ないと意味がないように思う。
しかし旅先で出会った人との行動や会話や様々な出来事が、ひとり旅に大きな潤いと、時には感動を与えてくれたりするものだと思った。
もしビエンチャンのゲストハウスの前で彼女がFさんとビアラオを飲んでいなかったら、もしその時刻に僕がネットカフェから帰って来ていなかったら、彼女やN君とのこのような楽しい旅にならなかったに違いない。
午後四時過ぎになって彼女は少し具合が良くなったのか、突然ガバッと起き上がった。
そして「せっかくですからノンカイの街中に行ってみましょうか?」と言った。
僕達は駅を出てトゥクトゥクと交渉してノンカイの中心街へ向かった。
十数分走るとかなり賑やかな街中になり、そのあたりで降ろしてもらった。(三十バーツ)
そこはメインストリートのようで、道路の両側にガイ・ヤーン(焼き鳥)やフルーツ屋やラーメン屋などのたくさんの屋台が営業していた。
車やバイク、それに人々の往来も多くて、ラオスの首都であるビエンチャンよりもはるかに賑やかな街に思った。
ネットカフェにしてもビエンチャンよりも店の造りが派手で、入ってみると最新のパソコンが十数台も設置され、地元の若者で賑わっていた。
さらに携帯電話ショップもあって、日本のNTTドコモのような感じの店舗で、何から何までビエンチャンよりはるかに進んでいるように思えた。
僕たちは一軒のシルバーファッション・ショップに入り、彼女は友人にお土産としてイアリングなどを購入し、僕は自分のためにブレスレットを二個買った。
彼女に旅を同行してもらったお礼に何かプレゼントしたかったのだが、僕はこんな時には全くだらしがなくて思い切った行動がとれない。
一応「お礼に何かプレゼントしますから、遠慮なく選んでください」と言ってみたのだが、「そんなの悪いですよ。私の方こそお世話になったのですから」と彼女に言われると、それ以上の強引な行動が取れなかった。
こんな時プレイボーイならどうするんだろう?
「これどう?似合うと思うよ。ちょっとこれ出して」と店員に言ったりして、どんどん自分のペースで事を運び、ズムーズにさりげなくプレゼントをするんだろうな。
僕にはそんな器用なことができないので、仕方なく諦めてしまった。
それから僕達は、雨が降ってきたので雨宿りを兼ねて再びネットカフェに入り、久しぶりに日本語変換でホームページに書き込もうと思ったが、やはりうまくいかなかった。
彼女はそれでもなんとか頑張って日本の御両親宛に無事のメールを送ったようだった。
その間僕は、受付のタイ美女と雑談を交わしていたのだが、この女性がなんとモーレツな美女だった。
ネットカフェを出て、ともかく何か食べようということになり、結構大きなレストランに入り、ふたりとも野菜ヌードルを注文してシンハビールの小瓶を頼んだ。
しかし、お互いにヌードルスープは半分程残してしまい、ビールも小瓶なのに全部飲めなかった。
彼女が残したのには他にも原因があった。
実は彼女は香草(パクチー)が全く駄目で、アジアで麺を食べる時は香草や調味料などがテーブルに置かれていて、それを好みに応じて入れるのだが、時には香草が最初から入っている場合もあり、苦手な人は前もってノーパクチーと言わないといけない。
でも彼女は疲れていてそこまで気が回らなかったのだ。
やはりふたりとも腹具合を心配して思い切った飲食には踏み切れなかったが、彼女はレストランを出てから屋台の果物屋で、何やら日本では見たことのない果物をいくつか買っていた。
雨は次第に本降りになってきたので、少し早いが再びトゥクトゥクを拾って駅に向かった。
つかの間のノンカイの街は、メコンを挟んでこんなにも雰囲気が違うことに改めて驚いたのであった。
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