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サバイディー、南方上座部仏教国の夕陽 ⑳
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第一章 2001年 春
二十
バンビエン行きのバスは、ターミナルをゆっくりと一周しながら数人の客をピックアップし、それから市街地に出ていよいよ出発だ。
車内の座席は全部埋り、客席と運転席との間の少し広いスペースには旅行者のバックパックやラオス人の荷物などでビッシリだったが、それでもわずかに空いているスペースにねじ込むように腰をおろす人もいた。
バスはラオスの北部に通じている唯一の国道である十三号線を、快晴の青空の下で気持ちよく走り出した。
しばらくして、大阪の漫才コンビの大木こだま・ひびきのこだまに似た大柄な車掌が(そんな奴おらんやろ・・・のギャクで有名なんだけど、関西以外の方は知らないかな?)、バスのタラップに立って、道路沿いでバス待ちをしている客を見つけると、運転手にストップを言って次々乗せるのである。
バス停留所のようなものはなく、現地の人々とバスとの間で暗黙のうちに決められているような場所でバスを待っていたのだろうと思われた。
バスはビエンチャン市街地を走る間に何度もそのような形で止まっては新たな客を乗せ、窓からの景色から建物が消えて田園風景に変わった頃には、車内は乗客で大混雑状態であった。
それは勿論日本での首都圏の通勤バスのようなすし詰め状態ではなく、ふたり掛けの座席に三人が座ったり、通路までは座らないが、運転席の後ろにゴロリと置かれた大きなスペアタイヤの上に座ったりという状態であった。
オンボロの座席で、しかも前の座席との間が狭いなど快適とはいえなかったが、特に息が詰まるというものでもなかった。
むしろ車掌や現地人との楽しそうな会話の様子が窺えたり、時々笑い声が車内に響くなど、なかなかほのぼのとした雰囲気なのだ。
しばらくして奥の座席から車掌が運賃を集めはじめた。
僕達にもひとり五千Kip(七十円程)を集金したが、現地人からいくら運賃を貰っていたかは分からなかった。
ベトナムではハノイ駅でも外国人と現地人との運賃の差が明確に表示されていたが、ラオスでは不明であった。
でも、四時間ほどのバスの旅が七十円なのだから文句を言うような問題ではない。
時々野菜などの入った大きな荷物を持って乗車してくる現地人が、短い区間で下りて行く際に運賃を支払う時、その大木こだま似の車掌は、「これだけじゃ本当は足りないんだけどね」といった表情で苦笑いをしていたので、現地人に対しての運賃はわりと曖昧なのかも知れなかった。
文字ではなかなか言い表せないが、乗り降りしていく現地の人達は皆、衣服や履物などにやはり貧しさが十分窺え、まだまだラオスという国は発展途上というよりも、フランスの抑圧から抜け出たあとの長い内戦の傷跡から、ようやく何とか腰を上げたという印象を感じた。
ただ人々の表情には暗さというものがまったく見受けられず、インドシナの人々特有の明るさが窺えることに、部外者の僕でも少し安堵感を覚えるのであった。
さてバスは両側に田園を従えてしばらく走ったあと、少しずつ緩やかな坂道を登りはじめた。
カーブが多いので身体が左右に傾くが、緑の多い景観は見ていても飽きることはなく、僕は車酔いもなくバスの旅を楽しんだ。
隣のN君とも時々言葉を交わす程度で、殆ど彼は眠っていた。
しかし前の座席に座っているHさんは、運悪くふたりがけのシートに三人が座る破目になり、しかも彼女は窓側の席で、すぐ隣に座った浅黒い青年が彼女を少し意識している様子が窺えた。
別にその青年が憎い訳ではないが、僕は個人的にヤキモキしてしまうのだった。
◆僕の前の席で居眠りをしているHさん(笑)
具体的にどういう状態かというと、道路は山裾に沿って造られているので当然カーブが多く、バスが彼女の側にカーブした際に、青年の身体が彼女にググッと押し付けられるという羨ましい状態になるのだ。
青年は彼女と身体が触れると、少し恥ずかしそうにしながらも意識する、といったおかしな素振りで、反対側にはおばあさんがお尻を押付けてくるので止むを得ない事情はあるが、彼女の方に一時間に一ミリずつ位、にじり寄っているような気がするのであった。
彼女はそんなことを全く意識せずに、コックリコックリと寝ておられたが、うしろの僕はそれがずっと気になって、なかなか寝るに寝れないのであった。
そんな小市民的な感情を持ちながらもバスはどんどん走り、二時間程が経過すると、道路沿いの小さな空き地でトイレ休憩のため停車した。
バスから解放されて少し麻痺状態になったお尻をさすりながら、空き地の奥の方で用を足した。
しかし、女性は男性と違ってこんな青空トイレで用を足す訳には行かないだろうし、ちょっと気の毒な気がした。
いい天気だなぁと空を見ていると、かなり年配の日本人男性が声をかけてきた。
「あのう、日本の方ですよね」
「はい、そうですけど」
「もしお邪魔でなければ、バンビエンでご一緒させていただけませんか?何しろ年寄りのひとり旅なものですから・・・」
「こちらこそお願いします。大勢の方が楽しいですから。僕達三人もみんなひとり旅で、ビエンチャンで知り合ったのですよ」
この男性はのちに分かるのだが、六十三才のバックパッカーで、岡山からのひとり旅で、今回は二週間の予定でラオス全域を回りたいと言っていた。
このような言葉を交わし、着いたら一緒の宿にしましょうと言って、再びバスに乗って出発だ。
二十
バンビエン行きのバスは、ターミナルをゆっくりと一周しながら数人の客をピックアップし、それから市街地に出ていよいよ出発だ。
車内の座席は全部埋り、客席と運転席との間の少し広いスペースには旅行者のバックパックやラオス人の荷物などでビッシリだったが、それでもわずかに空いているスペースにねじ込むように腰をおろす人もいた。
バスはラオスの北部に通じている唯一の国道である十三号線を、快晴の青空の下で気持ちよく走り出した。
しばらくして、大阪の漫才コンビの大木こだま・ひびきのこだまに似た大柄な車掌が(そんな奴おらんやろ・・・のギャクで有名なんだけど、関西以外の方は知らないかな?)、バスのタラップに立って、道路沿いでバス待ちをしている客を見つけると、運転手にストップを言って次々乗せるのである。
バス停留所のようなものはなく、現地の人々とバスとの間で暗黙のうちに決められているような場所でバスを待っていたのだろうと思われた。
バスはビエンチャン市街地を走る間に何度もそのような形で止まっては新たな客を乗せ、窓からの景色から建物が消えて田園風景に変わった頃には、車内は乗客で大混雑状態であった。
それは勿論日本での首都圏の通勤バスのようなすし詰め状態ではなく、ふたり掛けの座席に三人が座ったり、通路までは座らないが、運転席の後ろにゴロリと置かれた大きなスペアタイヤの上に座ったりという状態であった。
オンボロの座席で、しかも前の座席との間が狭いなど快適とはいえなかったが、特に息が詰まるというものでもなかった。
むしろ車掌や現地人との楽しそうな会話の様子が窺えたり、時々笑い声が車内に響くなど、なかなかほのぼのとした雰囲気なのだ。
しばらくして奥の座席から車掌が運賃を集めはじめた。
僕達にもひとり五千Kip(七十円程)を集金したが、現地人からいくら運賃を貰っていたかは分からなかった。
ベトナムではハノイ駅でも外国人と現地人との運賃の差が明確に表示されていたが、ラオスでは不明であった。
でも、四時間ほどのバスの旅が七十円なのだから文句を言うような問題ではない。
時々野菜などの入った大きな荷物を持って乗車してくる現地人が、短い区間で下りて行く際に運賃を支払う時、その大木こだま似の車掌は、「これだけじゃ本当は足りないんだけどね」といった表情で苦笑いをしていたので、現地人に対しての運賃はわりと曖昧なのかも知れなかった。
文字ではなかなか言い表せないが、乗り降りしていく現地の人達は皆、衣服や履物などにやはり貧しさが十分窺え、まだまだラオスという国は発展途上というよりも、フランスの抑圧から抜け出たあとの長い内戦の傷跡から、ようやく何とか腰を上げたという印象を感じた。
ただ人々の表情には暗さというものがまったく見受けられず、インドシナの人々特有の明るさが窺えることに、部外者の僕でも少し安堵感を覚えるのであった。
さてバスは両側に田園を従えてしばらく走ったあと、少しずつ緩やかな坂道を登りはじめた。
カーブが多いので身体が左右に傾くが、緑の多い景観は見ていても飽きることはなく、僕は車酔いもなくバスの旅を楽しんだ。
隣のN君とも時々言葉を交わす程度で、殆ど彼は眠っていた。
しかし前の座席に座っているHさんは、運悪くふたりがけのシートに三人が座る破目になり、しかも彼女は窓側の席で、すぐ隣に座った浅黒い青年が彼女を少し意識している様子が窺えた。
別にその青年が憎い訳ではないが、僕は個人的にヤキモキしてしまうのだった。
◆僕の前の席で居眠りをしているHさん(笑)
具体的にどういう状態かというと、道路は山裾に沿って造られているので当然カーブが多く、バスが彼女の側にカーブした際に、青年の身体が彼女にググッと押し付けられるという羨ましい状態になるのだ。
青年は彼女と身体が触れると、少し恥ずかしそうにしながらも意識する、といったおかしな素振りで、反対側にはおばあさんがお尻を押付けてくるので止むを得ない事情はあるが、彼女の方に一時間に一ミリずつ位、にじり寄っているような気がするのであった。
彼女はそんなことを全く意識せずに、コックリコックリと寝ておられたが、うしろの僕はそれがずっと気になって、なかなか寝るに寝れないのであった。
そんな小市民的な感情を持ちながらもバスはどんどん走り、二時間程が経過すると、道路沿いの小さな空き地でトイレ休憩のため停車した。
バスから解放されて少し麻痺状態になったお尻をさすりながら、空き地の奥の方で用を足した。
しかし、女性は男性と違ってこんな青空トイレで用を足す訳には行かないだろうし、ちょっと気の毒な気がした。
いい天気だなぁと空を見ていると、かなり年配の日本人男性が声をかけてきた。
「あのう、日本の方ですよね」
「はい、そうですけど」
「もしお邪魔でなければ、バンビエンでご一緒させていただけませんか?何しろ年寄りのひとり旅なものですから・・・」
「こちらこそお願いします。大勢の方が楽しいですから。僕達三人もみんなひとり旅で、ビエンチャンで知り合ったのですよ」
この男性はのちに分かるのだが、六十三才のバックパッカーで、岡山からのひとり旅で、今回は二週間の予定でラオス全域を回りたいと言っていた。
このような言葉を交わし、着いたら一緒の宿にしましょうと言って、再びバスに乗って出発だ。
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