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歳の差なんて関係ないって言われても(シックスティイヤーズオールド) ⑱
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沙奈から思いがけないプレゼントをもらって、私は数秒間ポカンと口をあけたまま、いい歳をしてしばし感動に浸った。
それからスキップでもしそうな足取りで日比谷通りを歩いた。
都営三田線の内幸町駅への降り口が見えたが、すぐに地下鉄に乗りたくなかった。
今日は職場のタマコからもネクタイをもらい、そして沙奈からもネクタイだ。
よっぽど私のネクタイが汚いのだろうなと、苦笑いをしながら歩いた。
この嬉しい気持ちを少しでも長く抱き、心地よい夜風に吹かれながらもっと歩きたかった。
六十歳の還暦を迎えたというのに、私のこころは二十歳前後の青臭い若者のように昂ぶり、さっき別れた沙奈の、あのあっけらかんとした屈託のない笑顔がいつまでも脳裏から離れなかった。
沙奈を愛してしまいそうになった。
私が六十歳、彼女はいったいいくつなんだろう・・・まあ年齢差なんてかまうものか。
私は自然に顔が緩んでしまっているのを感じながら日比谷公園に入った。
中央の花壇と広場の周りにびっしりと並べられたベンチでは、カップルが抱き合い頬を寄せ合っていた。
でも今夜はその光景を見てもジェラシーなど一切感じることはなく、逆に微笑ましくさえ思うのであった。
近いうちに沙奈のベランダに張ったテグスのメンテナンスに行こう。
そして再び沖縄ソバ屋を覗いてから、京浜工業地帯の巨大なクレーンや配管を彼女と一緒に見に行くのだ。
その間ずっと沙奈と手をつなぎ、身体を寄せ合って歩こう。六十歳が何だ、年寄り扱いなんかするな。
そのときスーツの上着の内ポケットのスマホが震えた。
その震え方は激しく「早く見ろ!」と訴えているように踊っているようにも思えた。
日比谷公園の出口に向かいながらスマホを取り出してみると、タマコからのメッセージだった。
「田中さん、昨日の夜、なぜ抱いてくれなかったの?ガックリです。私って魅力がないんですね」
メッセージの次にはウサギが泣いているスタンプが送られてきた。
何なのだ、このスタンプという代物は、クマやウサギなどの動物のスタンプのほか、名探偵コナンのスタンプを送ってくる派遣スタッフもいるが、私にはどうも馴染めない。
「タマコは電話をかけてきた彼氏がいるじゃないか。君は魅力的だから、同じベッドに寝ていて抱きたくなるのは男として当たり前だけど、そういうわけにはいかないだろ?欲望を抑えるのに必死だったんだぞ」
私は長々と打ったメッセージを送った。もちろんスタンプなんかは送らない。
すると日比谷公園の出口にたどり着く前にまたタマコからメッセージが飛んできた。
「私、SVのこと好きです!」
メッセージのあとにウサギが照れているスタンプと、ハートマークが届いた。
いったい何だっていうんだ。
私はまたすぐにメッセージを返した。「SVと呼ぶなって」と。
すると間髪を置かずにまたメッセージ、「田中さん、好きです、ハート」。
もう笑うしかなかった。
魚喜で飲んだ日本酒の酔いも手伝って、今夜の私は幸福の絶頂にいるような感覚になった。
沙奈もタマコも俺のことが好きだって?君たちはおかしいよ、まったく。
私は六十歳になった。
でも正直言って、性格や考え方や食べ物の好み、嫌いなことや好きなことやいつも何かプラスアルファーを求めている考え方、ここではないどこかへ行きたい放浪癖が根底にあることなど、何一つとして昔と変わってはいない。
私は小学校三年生のときに、両親が連れて行ってくれた瀬戸内海の青さに感激して、家からずっと遠く離れたその場所へ向かって歩き続けたまま、今も歩き続けている。
私は小学校六年生のとき、友達にいじめを繰り返していた同級生をやっつけてやろうと夜中に家を出たまま、今もそいつを追ってずっとさ迷っている。
私は中学校三年生のときに好きになったクラスメートの女の子に告白しようと、彼女が朝一番に誰よりも早く登校することを知ってから、ある朝六時に家を出て以来、いまだにこころはそのままだ。
六十年生き抜いても、いや生き抜いたなどと格好つけた言い方はやめよう。
ともかくこの歳になったといっても、幼少時や学生のころや若者だったころ追いかけていたものは今も追いかけ続けているし、求めていたものは変わらず求め続けている。
そんな気がするのだ。何ひとつ変わっちゃいない。
公園を突き抜けて日比谷駅からようやく地下鉄に乗った。
時刻はまだ午後九時過ぎ、週末の地下鉄はこれから混みはじめ、終電近くになると超満員になるという東京独特のクレイジーな現象が起きる。
今夜は満員電車など真っ平ごめんだ。
早く帰って駅前の洋菓子屋でちっぽけなケーキを買って帰り、ちっぽけな男の六十歳の誕生日をささやかに祝おう。
想定外のふたりの女性からのプレゼントで、こころは十分満たされている。
あとは静かに部屋でシックスティ・イヤーズオールドになったこの日をかみ締めたいと思った。
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