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歳の差なんて関係ないって言われても(シックスティイヤーズオールド) ⑯
しおりを挟む十六
沙奈のマンションを出て、臨海方面へ少しだけ歩いたところにある、「沖縄そば」と大きな暖簾がかかっている店に入った。
店の近くには沖縄県人会の会館を見かけたので、この地区には沖縄から移ってきた人が多いのだろう。
おそらく高度経済成長期に極端な人手不足と、地方の産業不足とが相まって、ここ鶴見に大勢の沖縄の人々が訪れ、そのまま住み着き根を下ろしたものと思われた。
「ナーベーラ定食ってあるけど、何なのかな?」
「ヘチマだよ」
「は?」
「だから、ヘチマ。有名な沖縄料理だよ。食べてみる?」
「いや、いいよ。ソーキソバでいい。それとゴーヤチャンプルとオリオンビール」
ふたりともソーキソバを注文し、ゴーヤチャンプルを分け、沙奈もビールを飲んだ。
私は昔、一度だけ沖縄を旅行したときにソーキソバを食べたことがあったが、そのときの味はまるで覚えていなかった。
でも、この店の薄めのトンコツのスープは好みだったし、ソバの上に乗っかっているスペアリブも肉厚で絶品だった。
「ところで、沖縄に何度も行ったことがあるって、それもよさこいの踊りなの?」
「違うよ、旅行だよ」
「そんなにあちこち旅行するってリッチなんだな、沙奈ちゃんって」
「そんなことないよ。すごく節約してるんだよ。お酒なんか全然飲まないし」
彼女の店を覗くのは週に一度か二度だとしても、ほぼ毎日のように酒を飲んでいる私は、沙奈の言葉に複雑な気持ちになった。
店を出るときに沙奈がいったんは伝票を手にしたが、その手からスルリと抜き取り、「女の子に支払わせるなんてこと、俺にはできないな」と言った。
「だめだよ、そんなの。『てぐす』を取り付けてもらった上に食事までご馳走になってしまったら、完璧にアバズレ女みたいじゃない」
「俺だって女の子に奢ってもらったと親が知ったら、それこそ勘当だけじゃすまないよ。袋叩きにあう」
レジの前で顔を見合わせて笑った。
だが私の両親はとっくに亡くなっている。
愛媛の今治が私の故郷だが、今は今治には菩提寺があるだけで、弟は松山に家庭を築き、妹は東予に嫁いでいた。
妻の葬式には弟も妹も来てくれたが、何か冠婚葬祭がない限りは田舎に帰ることなどこの先もないような気がした。
ソーキソバに満足して店を出たのが午後四時過ぎ、まだ夏の太陽は三十度の位置に頑張っていた。
街中には少し焦げたような、茹っているような不思議な匂いが漂っていた。
「中途半端な時間に食べてしまったね」
「そうね、でも美味しかった」
この日はベランダに「てぐす」を張ってもらい、結局食事の勘定まで私が出したことで、沙奈は上機嫌な様子だった。
「ところで、沙奈ちゃんの田舎ってどこなの?」
「田舎?」
「そう、故郷だよ。生まれ育ったのはどこなの?」
「ウーン、分かんない」
「分かんないって、そんなことないだろ」
「だって、中学時代は岡山に住んでいたけど、生まれたところはどこなんだろう?でもおそらく姫路。今は両親が静岡に住んでいるけど、そこを田舎って言えないでしょ」
沙奈は難しそうな顔をして説明した。
沙奈がよさこいのダンサーだとは知っていたが、生い立ちなどのプライベートな部分を聞くのはもちろん初めてだったので、彼女が言いにくそうにしているのを見て、ちょっと悪かったかなと思った。
父親の仕事の関係なのだろうか、小さいころから住所を転々としていたことは話の内容から窺えるが、彼女が黙ったので無理に聞くことは控えた。
でも私としては、そんなに親しい関係ではないのに、女性のひとり暮らしの部屋に入って、ベランダに「てぐす」を張る作業を請け負ったのだから、単に店の従業員と客という関係から、この一日で相当な前進を果たしたのは間違いなかった。
部屋に招き入れたのは、単にカラス退治の目的から男性を意識しないこころ易い私をセレクトしたのか、それとも好意という感情の種類のひとつなのか、いったい何なのだろうと不思議に思うのであった。
「ちょっと工業地帯のほうへ行ってみない?」
「えっ、どこ?」
「この先をずっと下って、高速道路の下を抜けると湾岸沿いに工場がたくさんあるのよ」
「ああ、京浜工業地帯だね。そうか、あの向こうにあるんだ。行ってみよう」
私と沙奈は首都高速の高架をくぐり、入船公園を横切って、さらにJR鶴見線の踏切を渡った。
するとそこは京浜運河が城のお堀のように入り込んでいて、両側には大手鉄鋼会社の工場や運送会社の物流センターなどがあり、その向こうには総合電機大手の巨大な本工場が見えた。
日曜日の夕方ということもあって、工場はフル操業ではなく静かに動いていて、新芝浦駅のホームにも人の姿はなかった。
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