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歳の差なんて関係ないって言われても(シックスティイヤーズオールド) ⑪
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「何で暗いんだよ、俺の誕生日だと言うのに」と呟いてから、脚は行きつけのスタンディングバー「魚喜」という店に向かっていた。
スタンディングバーと格好良く言っても、つまり立ち飲み屋なのだが、誕生日の夜には仕事のあと魚喜に立ち寄ろうとずっと前から決めていた。
その店で働く沙奈という女の子に「今夜、誕生日なんだよ」と、ひと言だけ伝えて帰りたかったのだ。
十五人も入れば一杯になるカウンターだけの店はいつもどおり混んでいたが、「ひとりですか?大丈夫よ」と、すぐに沙奈の担当ゾーンに案内された。
「今日はいつもより少し早いですね」
「うん」
刺身のブツ盛りと島根の地酒の冷やおろしを五勺注文、飲みはじめた。
「この前は皆さん揃って楽しそうでしたね」
「そうそう、久しぶりにね。みんな酔っ払ってしまったけど」
少し前に職場内の違う部署にいる飲み友達四人が集まり、遅くまでグダグダと飲んだ。
二十歳ほども年下の連中ばかりなのだが、皆一様に独身を貫いていて、「結婚なんて面倒くさくって真っ平ですよ」とうそぶき、私にはその言葉が負け惜しみにしか聞こえなかったのだが、こんなオヤジと気軽に飲んでくれるいい奴らなのだ。
店は相変わらず大賑わいで忙しい。
沙奈は注文と接客に動き回り、私はスマホのSNSに次々と届く「誕生日メッセージ」へのレスを打ち続け、そして新鮮な刺身に舌鼓を打ちながら酒を口に運ぶ、彼女と言葉を交わす間合いがない。
ときどき前に来て、今度北海道の友人の結婚式に出席する話や、ウインタースポーツ到来で身体を鍛えないといけないことなどを呟いたり、少しだけ言葉を残してはあちこちから注文を受けて奥に退く沙奈、私の誕生日だというのにいつもより忙しい。
「ずっとスマホばかりいじくってるけど、どうしたんですか?」
気がつくと沙奈が目の前にいて、私のスマホを覗き込むようにして言った。
「ああ、ちょっとね、たくさんのメッセージがSNSに届いているから、その返事を打っていたんだ。いちいちレスをするのが大変」
「そのSNSって嫌い。私も登録しているけど、あそこに書き込んでいる人たち、みんな幸せな人ばかりだから気分が悪くなるのよ」
「幸せな人たちばかりじゃないと思うけど・・・」
「いいえ、幸せに包まれている人たちばかりが、まるでその幸せを見せびらかすように画像を載せたり、今すごく充実しているのってメッセージを書いているだけよ。だから私、大嫌い!」
「バシッ」と音が聞こえたような厳しい言い方のあと、沙奈は奥のほうへ退いてしまった。
彼女の意外な言葉と不機嫌そうな態度に、今日が誕生日だということをなかなか言えないまま時間だけが経過していった。
沙奈と知り合ったのは当然この店なのだが、私は他の客たちと違ってわずかばかりだが個人的に彼女との付き合いがある。
週に一度は必ず顔を出している「魚喜」で、沙奈と親しく言葉を交わすようになったのは今年の春ごろからだ。
金曜日の夜の大体決まった時刻にいつもひとりでヒョイと顔を出す私に、「いつもおひとりで寂しくないですか?」と訊いてきたのが最初だった。
「ひとりのほうが楽だろ、男ならひとり飲みって意外と多いんじゃないのかな?」
「そうなんですか、私、ひとりで飲んだとしたら寂しくて泣いちゃいます」
「寂しがりやなんだ」
「寂しすぎるとウサギみたいに死にます」
「はははっ、そりゃ大変だ」
そんな会話がきっかけで、それから彼女はときどき私の前に来てはため息だけを吐いたり冗談を交わしたりするようになった。
そして、暑い夏がいよいよ本気を出してきた六月下旬の金曜日の夜のことだった。
この日もつまらない仕事を一時間あまりも残業してから、疲れた身体を引きずって店に立ち寄った。
いつもの特別本醸造の冷酒をカウンター席でチビチビと飲みはじめたとき、沙奈が前に来ていきなり言った。
「私の部屋のベランダに毎朝カラスが飛んで来るんです」
「えっ?」
「だからね、気持ち悪い大きなカラスが、目が覚めるといつもベランダに来てるの」
「カラスが?」
「そう、三羽も四羽も真っ黒なカラスが」
「カラスって大体が真っ黒なんじゃないのかな?」
私は小さなグラスの冷酒をクイッと飲んでから言った。
素直な感想だったのだ。
「田中さん、馬鹿にしているんですね。私、マジで怖いのに」
「僕が沙奈ちゃんを馬鹿になんかするはずないだろ。でも、どうしてなの。ベランダに何か食べ物でも置いているの?」
「何も置いていないです」
「じゃあ、おかしいね。マンションのベランダだろ?巣作りなんかじゃないだろうし」
「もういいです。変なこと言ってごめんなさい」
沙奈は店の奥のほうへ引っ込んでしまった。
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