ARROGANT

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橘家

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 ピンポンピンポンと二度チャイムが鳴り、大和が机の上のインターホンを取って、玄関は開いてるから勝手に上がって二階の俺の部屋に来い、と君島に伝えた。
 おっけー!と言う声と同時に玄関ドアが開く音が聞こえ、バタバタと階段を駆け上がる音が続いた。
 もうちょっと静かにできないか、と言おうと大和が部屋のドアを開けて待っていると、駆け上がってきた君島が満面の笑みで両手の袋を掲げた。
「こんなに買って来たよ!飲もうね!」
「みんな寝てるから静かにしてくれよ秋ちゃん」
 そんな大和も同じくらいの大声だった。

 健介寝ちゃったの?あっちの部屋?僕も一緒に寝るの?朱鷺ちゃんは?お風呂?一緒に行けばよかったのに!ヤマちゃんの部屋相変わらず汚いよねー!人のこと言えないけどー!
 と、やかましく捲し立てた後に、君島もやっと落ち着いてベッドに腰掛けた。
 無言のまま森口もおどおどと部屋の隅に座った。
 たばこを吸い終わり、原田が窓を閉める。

「みんなビール飲んでるの?じゃ、僕らもビールにしようか!」
 と、依然一人で盛り上がっている君島が森口に一本渡し、自分の缶の蓋を開けてさっそく飲み始めた。
「キャー!美味ーい!やっと一日が終わった感じー!」
 一口飲んでそう叫び、そしてベッドに仰向けに伸びた。

 なんだろうなこの子供じみた奔放さは。と原田は呆れているが、部屋の主の大和はさほど気にしていないらしく、君島が買って来たつまみをテーブルに広げている。森口は依然として所在なさ気に小さくなっている。

「まぁ確かに今日一日長かったしな。つまみ適当に開けるぞ、秋ちゃん」
「いいよー。僕チーズ食べたいから開けて!」
「うん」

 大声の二人がそんな会話をしているうちに森口も一口飲んでいる。
 やかましい二人に気後れしている様子が気の毒になり、まだ窓枠にもたれたまま原田が声を掛けた。

「今日は一日お疲れ様でした。挙句突然の外泊とは業務外でしょうに、大丈夫ですか?」
「え!あ!はい!僕?ですか?大丈夫です!」
 相変わらず慌てている。
「業務外というか、やっぱりその、まこと君はこちらに責任があるものですから、やっぱりそのお任せっきりだとその、」
「そうそう!森口君は健介の見張りに来たんだよ!業務内!」
 君島が身体を起こして陽気に挟まる。
「業務内ですか。超時間外ですね」
 恐らく君島に無理矢理引っ張って来られたのだろうなぁと思いやはり原田は同情したのだが、
「いえ!はい!でも、まこと君のためなので!」
 と、森口が座り直して姿勢を正し、なにやら誇らしげに頷いた。
 そしてさらに宣言した。

「僕たちは、まこと君のために精一杯頑張ろうと、絶対に今年中に手続きを完了しようとみんなで決めたのです!」


 ぼくたち?
 と、原田は心の中で聞きかえしたが声には出さなかった。
 代わりに大和が訊いた。

「僕たちって誰だ?秋ちゃんか?」

「ふふーん。もちろん僕もだけどねー!」
 そして君島が思わせぶりに笑い、原田を見上げた。

「みんな、健介の味方だよ。飯川さんも、横井さんも。安達さんもそうだし」

 君島が並べた名前は全て、今日会った施設の職員や関係者のもの。

「さっきの紫田の施設で横井さんに会って、健介を引き取る手続きのことを訊いたんだよ。全然難しくなかったよ。特例だったみたいだしね。会議とか面接とか事務手続きがあるだけだったよ。でもね」
 君島がビールも飲まずに続けて話す。

「詳しくは教えてくれなかったけど、横井さんが20年前引き取った子は結局その後手離さなきゃならなくなったらしい。遠くの、誰も知る人のいないところに逃がすしかなかったらしい。その後もなんとか連絡を取り続けようとしたんだけど、今はもう行方がわからないらしい」
 君島が目を伏せたまま続ける。

「安達さんは大きな事故って言ってたけど、きっと事件だったんだろうね。恐らく加害者側の家族だったんだろうね。子供は関係ないのにね。守り切れなかったことを横井さんは本当に後悔していて、だから健介のことにも親身になってくれてる」

 そして君島が顔を上げて、笑った。

「だから。健介には味方がたくさんいる。無敵だよ!」


 君島が晴れ晴れと笑っている。
 原田は目を逸らす。
 子供の今後のことを考えたら頼もしい限りだろうが、なんとなくうんざりする。
 子供との今後よりも、君島との今後を思うと気が滅入る。
 まだ窓枠に寄り掛かったまま、また一口ビールを飲む。
 すでに一本空けた大和がもう一本に手を伸ばしながら、そういえばと訊いた。

「どこの銭湯行った?最近ここの下の大通りに新しいの出来たんだけど、」
「そこそこ!来る時に目を付けててね!そこに行ってきたよ!」
「おー。俺まだ行ってないんだけど、どんな感じ?」
「今日は時間が無かったから全部は回ってないけど、うたせ湯が強烈だったよ。今度は露天に行きたい!」
「うたせ湯か。秋ちゃんがうたれてんの想像するだけで強烈だけどな」
「なんで?」
「き、強烈でした!」
 森口が挟まった。

「あの!あの!こんな、こんな美しい顔で水浸しで全身濡れてて髪なんか首や顔に貼りついてて、しかもそれがもうムッキムキで、僕もうなにがなんだかわからなかったです!」
 それを聞いて大和が爆笑した。
「だよなー!俺も秋ちゃんと一緒に風呂行くと脱衣所からのまわりの男どもの視線が面白すぎていつも笑うわ」
「あー。ヤマちゃんいつも笑ってるのってそういう理由だったんだ?」
「悪いな」
「ひどいね!」
「ひどくないです!しょうがないです!あれは注目の的ですよ!」
「あれってなんだよ!」

 そんな具合にまた声のボリュームが上がったところで、ドアが変なリズムでノックされた。
 朱鷺か?と眺めているとドアを開けて顔を出したのが、涙と鼻水でぐちょぬれの健介。
 朱鷺に抱かれた健介が窓に寄り掛かる原田の姿を発見して、小さな両手を伸ばして盛大に泣き叫びだした。


 さすがに、そこにいる全員笑い出した。

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