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翌木曜日
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これだけの事件だったので、全学年全クラスの保護者のほとんどが集まり、ごった返す体育館で校長が事情を説明した。
もちろん、警察発表と同じ物。健介の本当の事情は広い体育館のステージでマイク越しに発表するつもりは全くない。
不幸にも我が校の児童が卑劣な犯罪に巻き込まれたが警察の必死の捜査により無事救助された。当分の間報道が騒がしいが取り合わないでいただきたい。子供たちの間にはデマが横行しているようなので家庭でも注意して欲しい。辛い思いをした原田君をこれ以上傷つけることのないようご協力お願いいたします。
保護者側からニュースで流れた拓海の証言の真偽を問われたが、デマだと一蹴した。
説明会の後で拓海たちの登校グループの保護者が残された。
その数人に特に校長がお願いした。
みなさんのお子さんたちは原田君と仲のいいグループです。今回のことで傷ついてる原田君を優しく迎えてあげてください。テレビで原田君のことについてはどんなことでも言わないようにと伝えてください。良いことも悪いことも何も言わなければ報道は去ります。それが原田君のためですから。
拓海の母が食い下がった。
昼のニュースで拓海の言っていたことは、拓海にとって事実だ。健介のママが迎えに来たと拓海が家で話題にしていたのだ。嘘ではない。事実だとしたら警察の言い分が間違っていることになる。だいたい健介の父親も健介のママだと認めていたはずだ。拓海ではない誰かが嘘をついているのだ。それなのに拓海を嘘つき呼ばわりされるのはたまらない。あの犯人がママじゃないという証拠を出してくれ。それが無いのなら拓海を説得できない。
止むを得ず、拓海の母だけには健介の秘密を共有してもらうことにした。
本来原田の許可が欲しいところだが、一切連絡がつかないし今その余裕がない。
拓海の母一人を校長室に招き、校長が小さな声で丁寧に、事実だけをシンプルに伝えた。誰にも他言しないようにと付け加えて。
拓海の母は、健介の不憫な生い立ちと今回の痛ましい事件の真相に、泣き崩れた。
家に戻り拓海を前にしても、知ったことを一つも伝えることが出来ず、ただただ拓海を抱き締めて泣き続けた。
どれほど拓海が幸運に恵まれて今こうしてここにいるかと、自分たちの退屈な日常がどれほどありがたいかと、思い知らされてただ泣いた。
泣きながら一つだけ繰り返していた。
「健介君に、謝りなさい」
拓海には、全くわからなかった。自分は嘘をついていないのに。
「……嘘、言ってないのに」
「嘘じゃなくて、間違いだったの」
「間違いじゃないよ。健介のママだよ」
「間違いなの。健介君のママじゃなかったの」
「だって、父さんが健介を渡したよ」
「間違ったの。健介君のお父さんも間違ったの」
「そしたら俺が間違ったんじゃない、」
母がその言葉を遮り、涙を拭いてはっきり伝えた。
「あの犯人、健介君を車のトランクに入れてバイパス走ったのよ。隣の県まで」
拓海の身体がびくりと固まった。
「健介君のママだったら、そんなことするはずないでしょ?」
拓海の母は、また涙を落とした。
「どこの世界のママも、自分の子供にそんなことができるはずがないのよ」
「そんなママ、この世にいるはずがないのよ」
この時の健介がどれほど絶望していたのか、もしそれが拓海だったら、そんなことを考えて、母はもう言葉を発せなくなった。拓海の小さな身体を抱いて泣き続けた。
そして拓海も泣いていた。
母が泣いているから拓海も最初から泣いていた。
理由がわからなくても母が泣けば子供は泣く。
母を泣かせるようなことを、自分がしてしまったのだ。子供はそう考えて母と一緒に泣く。
「あんな犯人は、ママなんかじゃないの。健介君には、ママはいないの。健介君には、お父さんしかいないの。それでいいの」
泣きながらつっかえながら、母が呟く。
「あのお父さんが、ママの分も大事に大事に育ててるから、それでいいの」
拓海も泣きながら、考える。自分がどうしたらいいのか考える。
「健介君が、学校に来れるようになったら、また仲良くしなさい。それでいいから」
ね、と母が無理に笑顔を作った。
それでいいわけないじゃん。
と、拓海は二日後に思った。
ローカル放送だけで流れていた自分の映像が、全国ネットで使われ出したからだ。
そして事件の論調が大きく変わって行った。
自分のせいだ、と思った。
健介に謝ろう。
拓海はそう決めて、勇気を振り絞って今朝、ランドセルを背負ったまま健介の家まで坂道を登ってやってきたのだった。
もちろん、警察発表と同じ物。健介の本当の事情は広い体育館のステージでマイク越しに発表するつもりは全くない。
不幸にも我が校の児童が卑劣な犯罪に巻き込まれたが警察の必死の捜査により無事救助された。当分の間報道が騒がしいが取り合わないでいただきたい。子供たちの間にはデマが横行しているようなので家庭でも注意して欲しい。辛い思いをした原田君をこれ以上傷つけることのないようご協力お願いいたします。
保護者側からニュースで流れた拓海の証言の真偽を問われたが、デマだと一蹴した。
説明会の後で拓海たちの登校グループの保護者が残された。
その数人に特に校長がお願いした。
みなさんのお子さんたちは原田君と仲のいいグループです。今回のことで傷ついてる原田君を優しく迎えてあげてください。テレビで原田君のことについてはどんなことでも言わないようにと伝えてください。良いことも悪いことも何も言わなければ報道は去ります。それが原田君のためですから。
拓海の母が食い下がった。
昼のニュースで拓海の言っていたことは、拓海にとって事実だ。健介のママが迎えに来たと拓海が家で話題にしていたのだ。嘘ではない。事実だとしたら警察の言い分が間違っていることになる。だいたい健介の父親も健介のママだと認めていたはずだ。拓海ではない誰かが嘘をついているのだ。それなのに拓海を嘘つき呼ばわりされるのはたまらない。あの犯人がママじゃないという証拠を出してくれ。それが無いのなら拓海を説得できない。
止むを得ず、拓海の母だけには健介の秘密を共有してもらうことにした。
本来原田の許可が欲しいところだが、一切連絡がつかないし今その余裕がない。
拓海の母一人を校長室に招き、校長が小さな声で丁寧に、事実だけをシンプルに伝えた。誰にも他言しないようにと付け加えて。
拓海の母は、健介の不憫な生い立ちと今回の痛ましい事件の真相に、泣き崩れた。
家に戻り拓海を前にしても、知ったことを一つも伝えることが出来ず、ただただ拓海を抱き締めて泣き続けた。
どれほど拓海が幸運に恵まれて今こうしてここにいるかと、自分たちの退屈な日常がどれほどありがたいかと、思い知らされてただ泣いた。
泣きながら一つだけ繰り返していた。
「健介君に、謝りなさい」
拓海には、全くわからなかった。自分は嘘をついていないのに。
「……嘘、言ってないのに」
「嘘じゃなくて、間違いだったの」
「間違いじゃないよ。健介のママだよ」
「間違いなの。健介君のママじゃなかったの」
「だって、父さんが健介を渡したよ」
「間違ったの。健介君のお父さんも間違ったの」
「そしたら俺が間違ったんじゃない、」
母がその言葉を遮り、涙を拭いてはっきり伝えた。
「あの犯人、健介君を車のトランクに入れてバイパス走ったのよ。隣の県まで」
拓海の身体がびくりと固まった。
「健介君のママだったら、そんなことするはずないでしょ?」
拓海の母は、また涙を落とした。
「どこの世界のママも、自分の子供にそんなことができるはずがないのよ」
「そんなママ、この世にいるはずがないのよ」
この時の健介がどれほど絶望していたのか、もしそれが拓海だったら、そんなことを考えて、母はもう言葉を発せなくなった。拓海の小さな身体を抱いて泣き続けた。
そして拓海も泣いていた。
母が泣いているから拓海も最初から泣いていた。
理由がわからなくても母が泣けば子供は泣く。
母を泣かせるようなことを、自分がしてしまったのだ。子供はそう考えて母と一緒に泣く。
「あんな犯人は、ママなんかじゃないの。健介君には、ママはいないの。健介君には、お父さんしかいないの。それでいいの」
泣きながらつっかえながら、母が呟く。
「あのお父さんが、ママの分も大事に大事に育ててるから、それでいいの」
拓海も泣きながら、考える。自分がどうしたらいいのか考える。
「健介君が、学校に来れるようになったら、また仲良くしなさい。それでいいから」
ね、と母が無理に笑顔を作った。
それでいいわけないじゃん。
と、拓海は二日後に思った。
ローカル放送だけで流れていた自分の映像が、全国ネットで使われ出したからだ。
そして事件の論調が大きく変わって行った。
自分のせいだ、と思った。
健介に謝ろう。
拓海はそう決めて、勇気を振り絞って今朝、ランドセルを背負ったまま健介の家まで坂道を登ってやってきたのだった。
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