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「えぇえぇ、まぁ上がって下さい。まだ日が経ってませんから、そんなに物も入れてませんしご自由にどうぞ」
四人揃ってまずリビングで父と兄に挨拶をして手土産を渡し、建築士とその息子、役員と同居人という紹介を済ませてからリビングを一回りして、階段を登って二階の見学に行った。
「あああ……!雪の華20個!……負けた!」
母が小声で感嘆する。
「そうか……!昨日これを買いに行ってたんだ!」
いまさら奈々子が気付く。
「じゃ、昨日言ってた虐待の父子家庭って、もしかして、」
まだぐずる太陽を転がして義姉が挟まってきた。
「まぁとにかく、二階にお茶とお菓子持っていってよ」
母が奈々子に頼んだ。
「まさか奈々のところの園児の親だとはねぇ……」
「てゆーかまさか、あそこの看護師とは……」
母と義姉が同じようにため息をついた。
急いでお盆を持って二階の空き部屋に行って見ると、四人が楽しそうに窓から外を眺めていた。
「ここから落ちると死ぬ?」
「落としてみようか?健介」
女と健介が窓でじゃれている。
それを建築士と役員が眺めている。
「お茶、お持ちしました」
建築士だけが振り向いた。
じゃれている二人と聾唖の青年には聞こえない。
「やめてよ!秋ちゃん!」
叫ぶ健介の腕を役員が掴んで体を抱えた。
「なんでそんなにいじわるなのさ。秋ちゃんは」
健介が膨れて女を責めた。
女が美しい笑顔で健介の頬をつねると、健介も笑った。
お盆をテーブルに置き、向かい合った形になった建築士に奈々子がつい訊いた。
「看護師さんなんですね。同居されてるとお聞きしましたけどご結婚はされないんですか?あの、秋ちゃん、だと秋子さん?アキナさん?それとも……」
「秋彦です」
建築士を凝視した。
秋彦。
男。
この、顔で男。
男だとしたら、同居しているとしたら、ご結婚なんて、この二人はもしや、
「違います」
「えっ?!」
「一応先回りしてみました。大抵誤解されるので。うちの内情は園長にきちんと伝えてあるんですけどね。お聞きになってないですか?」
落ち着いた声で説明された。
「健介が二歳で母親が死亡。一人で育てるのは無理だったので、あいつに来てもらって育児を頼んだ。それだけです」
「は、いえ、聞いてなくて、」
「一応国家資格を持った看護師なので。子供を扱えるかと思ったんですが思いの外……」
建築士が顔を顰めていた。
「それであの、役員さんが……?」
「はい。彼の方がよっぽど健介が懐いてる」
懐いてるなんてそんなあっさり、こんなに若くてしかも障害者に我が子を預けるなんて、と奈々子はその端正な横顔に育児に無関心な冷徹さを見た気がした。
「でも、あの方ってその、耳が」
不自由なんですよね?と続けようとして一瞬躊躇った。
その合間に建築士が続けた。
「そうです。耳が聞こえないです。だから健介が懐いてる」
「え?」
全く予想外の答え。反応のしようがない。ただただ相手を凝視した。
「どれだけ健介が奇声上げても、どんなに癇癪起こしても、彼だけが平気で健介を抱いていられる。だから健介も一番彼を信用してるんじゃないですかね。一番粘り強く健介の相手するのが彼です。一番意地の悪いのがあいつです」
建築士が役員と看護士を順番に指差した。
健介は、役員の首にぶらさがっていた。
「そう……ですか。それじゃ、お話できないのが残念ですよね」
自分の持っていた差別意識を隠すためにおもねったつもりだった。
「いや、話してますよ。健介は手話が得意です。私は全くダメなんですけどね。子供は吸収が速いです」
健介が、父さん!と建築士を呼んだので奈々子に会釈をしてその場を離れた。
四人揃ってまずリビングで父と兄に挨拶をして手土産を渡し、建築士とその息子、役員と同居人という紹介を済ませてからリビングを一回りして、階段を登って二階の見学に行った。
「あああ……!雪の華20個!……負けた!」
母が小声で感嘆する。
「そうか……!昨日これを買いに行ってたんだ!」
いまさら奈々子が気付く。
「じゃ、昨日言ってた虐待の父子家庭って、もしかして、」
まだぐずる太陽を転がして義姉が挟まってきた。
「まぁとにかく、二階にお茶とお菓子持っていってよ」
母が奈々子に頼んだ。
「まさか奈々のところの園児の親だとはねぇ……」
「てゆーかまさか、あそこの看護師とは……」
母と義姉が同じようにため息をついた。
急いでお盆を持って二階の空き部屋に行って見ると、四人が楽しそうに窓から外を眺めていた。
「ここから落ちると死ぬ?」
「落としてみようか?健介」
女と健介が窓でじゃれている。
それを建築士と役員が眺めている。
「お茶、お持ちしました」
建築士だけが振り向いた。
じゃれている二人と聾唖の青年には聞こえない。
「やめてよ!秋ちゃん!」
叫ぶ健介の腕を役員が掴んで体を抱えた。
「なんでそんなにいじわるなのさ。秋ちゃんは」
健介が膨れて女を責めた。
女が美しい笑顔で健介の頬をつねると、健介も笑った。
お盆をテーブルに置き、向かい合った形になった建築士に奈々子がつい訊いた。
「看護師さんなんですね。同居されてるとお聞きしましたけどご結婚はされないんですか?あの、秋ちゃん、だと秋子さん?アキナさん?それとも……」
「秋彦です」
建築士を凝視した。
秋彦。
男。
この、顔で男。
男だとしたら、同居しているとしたら、ご結婚なんて、この二人はもしや、
「違います」
「えっ?!」
「一応先回りしてみました。大抵誤解されるので。うちの内情は園長にきちんと伝えてあるんですけどね。お聞きになってないですか?」
落ち着いた声で説明された。
「健介が二歳で母親が死亡。一人で育てるのは無理だったので、あいつに来てもらって育児を頼んだ。それだけです」
「は、いえ、聞いてなくて、」
「一応国家資格を持った看護師なので。子供を扱えるかと思ったんですが思いの外……」
建築士が顔を顰めていた。
「それであの、役員さんが……?」
「はい。彼の方がよっぽど健介が懐いてる」
懐いてるなんてそんなあっさり、こんなに若くてしかも障害者に我が子を預けるなんて、と奈々子はその端正な横顔に育児に無関心な冷徹さを見た気がした。
「でも、あの方ってその、耳が」
不自由なんですよね?と続けようとして一瞬躊躇った。
その合間に建築士が続けた。
「そうです。耳が聞こえないです。だから健介が懐いてる」
「え?」
全く予想外の答え。反応のしようがない。ただただ相手を凝視した。
「どれだけ健介が奇声上げても、どんなに癇癪起こしても、彼だけが平気で健介を抱いていられる。だから健介も一番彼を信用してるんじゃないですかね。一番粘り強く健介の相手するのが彼です。一番意地の悪いのがあいつです」
建築士が役員と看護士を順番に指差した。
健介は、役員の首にぶらさがっていた。
「そう……ですか。それじゃ、お話できないのが残念ですよね」
自分の持っていた差別意識を隠すためにおもねったつもりだった。
「いや、話してますよ。健介は手話が得意です。私は全くダメなんですけどね。子供は吸収が速いです」
健介が、父さん!と建築士を呼んだので奈々子に会釈をしてその場を離れた。
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