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保育園から退勤し奈々子が家に帰ると、食卓に兄がいた。
「なんでここにいるの?兄さん、隣でしょ?」
つい口から出た疑問だったが、間髪入れず母が顔を顰めて応えた。
「太陽が風邪で、一日中看病してたから食事作ってないんですって!」
甥っ子の太陽が風邪と聞いて、つい心配してしまった。
「え!大変じゃない!お義姉さんも食べてないんじゃないの?」
またしてもつい訊いてしまい、またしても母が応えた。
「食べてるの。病院帰りに太陽とレストランに寄ってるのよ。そしてそれからずっと二人で寝てるの!」
そういう義姉だった。悪い人ではないが、あまりに気が回らない。
「風邪なら寝るのが一番だからいいんじゃない?」
一応フォローしたつもりだったが。
「まぁいいけど。明後日ここ建てた建築士さんがいらっしゃるんだけど、風邪ひいてるなら太陽はいない方がいいものね」
「何それ?どういう意味?」
兄が若干不快そうに聞いた。
「あの子やかましいもの。お客さんがいてもお構いなしに走り回るでしょ?新築なのにあちこち傷つけたりぶつかったりしたらがっかりされるでしょ」
「建築士?何か検査でもあるの?」
まずい方向に話が進みそうだったので奈々子が路線を切り替えた。
「そうじゃないの。ご家族に自分の仕事見せたいんですって。大きい家だから自慢できますなんておっしゃってねぇ」
母が顔を綻ばす。横で聞いている父もまんざらでもない風。
「それでね、奈々明日、デパートで雪の華買ってきてよ」
ご挨拶に最近人気のある和菓子。堅過ぎず砕けすぎてもいない値段もなかなか立派な代物。
「ずいぶん頑張るのね」
呟く奈々子に母が頬を染めて答えた。
「建築士さん、中々イケメンでね。あんたも目の保養になるわよ」
気楽な母が羨ましい。私の就職初日はそれどころじゃなかった、と奈々子は口を尖らせた。
「イケメンだってねぇ。家族がいても結婚してても子供いてもみんながみんな幸せじゃないわよ。母子家庭とか父子家庭とかだってあるし。今日だってお迎えが遅くて泣いて待ってる子もいたりして。結局親御さんがお迎えにこれなかったり」
兄の隣に座って母にご飯を用意してもらい、箸をつける。
「誰が迎えに来るんだ?兄弟とか?」
「違うの!それが、同居している彼女だったりするのよ!父子家庭で再婚してないのね!」
「ああ。複雑だなぁ」
本来こんな、園児の家庭の事情を夕餉のおかずにすべきではないのだが、初日だけに話さずにはいられない。兄も興味深げに聞いている。
「うちの太陽なんか幸せだよな」
「そうだわね。ちょっと熱が出たら幼稚園休んで病院行ってレストランに行って帰って寝るんだから」
また母がイヤミを言う。
「本当にそうよね。両親が揃ってるって大事なことだよ。だってお義姉さんがいなかったら、兄さんが太陽を病院に連れていかなきゃならないし、その前に兄さんなんて気付かずに会社行っちゃってるでしょ。今頃風邪こじらせて寝込んでたかもよ」
兄が、うんうんと頷く。
案外兄も義姉の行動に納得していなかったのかも知れないと奈々子は思う。
「でもその子が風邪ひいたら同居の彼女がみてくれるんだろ?」
「どうかしら。見てくれるとしても、子供が懐いてないのよ。彼女だってガサツな感じだし」
「それでもいないよりはマシだろ。ちゃんと見ててくれるなら」
「ちゃんと見てるならね。なんか派手っぽかったからわかんないわ。ほったらかして遊びに行きそう」
「そういう家庭もあるんだなぁ」
感心する兄に母が言った。
「そういう家庭と比べたらマシだとかで安心してるんじゃないわよ。団地の樋口さんのところなんてお嫁さん同居でお子さん三人もあって共働きなのよ!子供たちもみんなきちんとご挨拶できる良い子だし。あんたのところなんか太陽一人じゃないのよ。しっかりしなさい!」
結局小言を言われた兄がため息をついた。
「なんでここにいるの?兄さん、隣でしょ?」
つい口から出た疑問だったが、間髪入れず母が顔を顰めて応えた。
「太陽が風邪で、一日中看病してたから食事作ってないんですって!」
甥っ子の太陽が風邪と聞いて、つい心配してしまった。
「え!大変じゃない!お義姉さんも食べてないんじゃないの?」
またしてもつい訊いてしまい、またしても母が応えた。
「食べてるの。病院帰りに太陽とレストランに寄ってるのよ。そしてそれからずっと二人で寝てるの!」
そういう義姉だった。悪い人ではないが、あまりに気が回らない。
「風邪なら寝るのが一番だからいいんじゃない?」
一応フォローしたつもりだったが。
「まぁいいけど。明後日ここ建てた建築士さんがいらっしゃるんだけど、風邪ひいてるなら太陽はいない方がいいものね」
「何それ?どういう意味?」
兄が若干不快そうに聞いた。
「あの子やかましいもの。お客さんがいてもお構いなしに走り回るでしょ?新築なのにあちこち傷つけたりぶつかったりしたらがっかりされるでしょ」
「建築士?何か検査でもあるの?」
まずい方向に話が進みそうだったので奈々子が路線を切り替えた。
「そうじゃないの。ご家族に自分の仕事見せたいんですって。大きい家だから自慢できますなんておっしゃってねぇ」
母が顔を綻ばす。横で聞いている父もまんざらでもない風。
「それでね、奈々明日、デパートで雪の華買ってきてよ」
ご挨拶に最近人気のある和菓子。堅過ぎず砕けすぎてもいない値段もなかなか立派な代物。
「ずいぶん頑張るのね」
呟く奈々子に母が頬を染めて答えた。
「建築士さん、中々イケメンでね。あんたも目の保養になるわよ」
気楽な母が羨ましい。私の就職初日はそれどころじゃなかった、と奈々子は口を尖らせた。
「イケメンだってねぇ。家族がいても結婚してても子供いてもみんながみんな幸せじゃないわよ。母子家庭とか父子家庭とかだってあるし。今日だってお迎えが遅くて泣いて待ってる子もいたりして。結局親御さんがお迎えにこれなかったり」
兄の隣に座って母にご飯を用意してもらい、箸をつける。
「誰が迎えに来るんだ?兄弟とか?」
「違うの!それが、同居している彼女だったりするのよ!父子家庭で再婚してないのね!」
「ああ。複雑だなぁ」
本来こんな、園児の家庭の事情を夕餉のおかずにすべきではないのだが、初日だけに話さずにはいられない。兄も興味深げに聞いている。
「うちの太陽なんか幸せだよな」
「そうだわね。ちょっと熱が出たら幼稚園休んで病院行ってレストランに行って帰って寝るんだから」
また母がイヤミを言う。
「本当にそうよね。両親が揃ってるって大事なことだよ。だってお義姉さんがいなかったら、兄さんが太陽を病院に連れていかなきゃならないし、その前に兄さんなんて気付かずに会社行っちゃってるでしょ。今頃風邪こじらせて寝込んでたかもよ」
兄が、うんうんと頷く。
案外兄も義姉の行動に納得していなかったのかも知れないと奈々子は思う。
「でもその子が風邪ひいたら同居の彼女がみてくれるんだろ?」
「どうかしら。見てくれるとしても、子供が懐いてないのよ。彼女だってガサツな感じだし」
「それでもいないよりはマシだろ。ちゃんと見ててくれるなら」
「ちゃんと見てるならね。なんか派手っぽかったからわかんないわ。ほったらかして遊びに行きそう」
「そういう家庭もあるんだなぁ」
感心する兄に母が言った。
「そういう家庭と比べたらマシだとかで安心してるんじゃないわよ。団地の樋口さんのところなんてお嫁さん同居でお子さん三人もあって共働きなのよ!子供たちもみんなきちんとご挨拶できる良い子だし。あんたのところなんか太陽一人じゃないのよ。しっかりしなさい!」
結局小言を言われた兄がため息をついた。
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