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27・理久
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ここ数日の絶望が急に消え去り、苦悩が消え去り、横にあの可愛い子が立っている。
改めて彼女をなめ回すように上から下までじっくり見た。
自転車で疾走してきたせいでおでこが丸出しで長いくせ毛が広がって、泣いたせいでまだ目が潤んでいて頬は薄く紅で少し開いた唇は濡れている。短いブルゾンの中はパーカーで、スカートから細い脚が伸びている。スニーカーはニューバランス。
今すぐ脱がせたい衝動しかない。押し倒す欲望しかない。
それは無理だ。ここは彼女の女子寮前。彼女の部屋は男子入室禁止だ。
となれば、俺の部屋だ。
とまで連想してやっと思い出し、あああ、と声を上げて両手で頭を抱えた。
「……部屋に、」
「ああ、元カノが部屋にいるんだ?」
大女が鼻で笑った。笑い事じゃないのに。
「それだけじゃなく、部屋にクラスの友達がいるんだよ。朝まで一緒に飲んでて、そこに来た元カノ放置してきた」
「あら」
「え!……それ、どうなるの?」
彼女に訊かれたが、俺にも分からない。
せっかく元通りになったばかりなのにまた厄介ごとに直面させられる。しかし、あともう一息だ。元カノさえ追い出せばそれで終わるはずだ。
「とりあえず、戻る。全部終わったら連絡するから」
彼女にそう告げた。ここでキスでもしたいけど大女の前ではさすがにできず、せめて手を握った。
すると彼女が首を振った。
「私も行く」
「いや、もうあいつに会わない方がいい。会っても百害しかない」
当然止めたが、
「それなら会わないようにする。一緒に行きたい」
そう言って、俺の袖を掴んだ。
可愛い。
抱きたい。
今すぐ。
と一瞬で欲情したが、大女が口を挟んできた。
「私も行きたい!そのストーカー見たい!」
「え!結衣ちゃん一緒に行ってくれる?」
「いいよ!」
レジャーか何かと勘違いしているのか大女が興奮気味に声を上げ、彼女もやはり不安だったのか喜んでその手を取ったが、俺はやはり首を振った。
「いや、だめだよ。何やるか分かんないから文乃は連れて行けない」
「じゃ!私が代わりに!」
何を思ったか大女が挙手の上提案してくる。
「……それ何の意味が?」
「えっ、……と、一応、私文乃のボディガードなので」
「それならここで一緒に待っててください」
俺がそう言うと、彼女がまた俺を見上げた。
「一緒に行きたい。部屋まで行かないから。元カノに会わないように遠くで待ってる。それでもだめ?」
「じゃ私も部屋まで行かないから。文乃と一緒に待ってます。それでどう?」
それでどうと言われても……。
「断る理由はないよね?そっち元カノに会わせたくない、こっち元カノに会わないところで待つ。全然OKでしょ?」
「……でも君は、ストーカー見る気満々だよね?」
「遠くから見るから大丈夫!」
よく意味が分からないまま、断る理由も見つけられないまま、大女が走って寮に戻り息を切らせたまま自転車に乗ってきた。しょうがなく俺も転がったままの自転車を引き起こし、まだ痛い足でペダルを踏み込んだ。
痛みであまり強く踏み込めないので大回りの坂道を避けて地下道を通るルートで戻った。むしろ女子二人の方が俺にスピードを合わせてくれているようだった。
とりあえずはアパートから見えない位置で待っていて欲しいので、道の角で一度止まってアパートを確認しながら二人に説明しようとした。
そして指差した先のアパート前に、赤い車が斜めに停まっているのが見えた。
まさか、と思った。
いや、何がまさかなのか。元カノにはとっくに突撃されてるじゃないか。
いや。さっきあの車は停まってなかった。元カノは車では来ていないはず。
もしかしたらどこか駐車場に停めていて後で出してきてそこに停めた?なぜ?もしや家の物を何か持ち出す気で?泥棒?何を?
「ごめん、ここで待ってて。連絡するからここから絶対動かないで」
慌ててそう言い、ペダルを踏み込み急いだ。
赤い車ってだけで元カノの車じゃないのかも?車種が同じだけで元カノの車とは限らないぞ?ナンバーを見ればきっと県内の、という気休めを全て突破して、数日前に俺が高速をぶっとばしたあの車があの時のようにアパート前に道交法違反の体で駐車している。
どういうことだ。泥棒か?それかもしや俺を拉致する気か?
一度彼女たちを振り返る。その途端頭が二個引っ込む。
あれなら多分大丈夫だ。こうなったらむしろ俺を負傷させた程暴力的で頼りになる大女が一緒に来てくれたことがありがたい。俺は心を決めて階段を上った。
そして二階に着き部屋を見ると、玄関が少し開いていた。そこから誰かの肩が見えている。そして中から何か言い争うような声。俺の部屋が何らかの修羅場になっているようだ。
なんだ一体、と恐る恐る近づきドアを引くと、夕べ泊まった友人二人が靴を履いて玄関にいて、すぐにでも逃げ出そうという恰好で俺を振り向いた。
「ああ、理久、あの、元カノ、」
慌てている友人が中を指差してそんな片言を口走るが、それから?ともう一人に顔を向けると、
「なんか知らんけど、誰か来た」
とさらに無意味な答え。
中で複数の言い争う声が聞こえ、夕べ泊まった二人がここにいるのなら、元カノと誰かが中にいるということはすでに予想済みだ。とりあえず二人の知らない男が来て元カノと喧嘩している、ということだけが分かった。
なんなんだ、と友人を押しのけると、少し先のキッチンの前で二人は言い争っていた。
「何それ!どういうこと!いつ入れたのよ!」
「最初に。沙羅が店に来て僕からスマホ買ってくれて設定まで任せてくれた時」
「そんな勝手なことしていいの!店員が客のスマホに追跡アプリ入れたなんて犯罪じゃない!」
「犯罪じゃないよ。僕ら付き合ってるし」
「いつから付き合ってんのよ!」
「出会った時からだよ」
「ちょっと冗談じゃないわ!」
「え、なんで怒ってるの?今朝まで一緒にいたのに。起きて沙羅がいないから慌てて追ってきたんだよ?」
「……私がいないんだから自分の部屋に帰ってよ!」
「せっかく沙羅の車で迎えに来たのに。一緒に帰ろう?」
聞こえてくる会話の恐ろしさに、俺は足を止めた。
スマホ、設定、追跡アプリ、今朝まで一緒、車で迎えに。
どうやら元カノはスマホショップの店員に手を付けて本気にさせてしまったようだ。
そして本気になったスマホショップの店員君はかなりヤバイやつだったようだ。
「私の車?車で来たの?どうして?あなた免許持ってた?」
「ないよ?でも僕カーレースのゲーム得意だし、新幹線に乗るお金ないし、ETC入ってたし、ナビにここ登録されてたし。それって車で迎えに来て欲しいって意味でしょ?」
「違うわよ!」
「え?じゃどういうこと?こんな遠くまで僕を呼び寄せてドライブしながら部屋に帰るって予定じゃないの?」
「そんなバカな予定誰が立てるのよ!」
友人に腕をつつかれ、新しい彼氏みたいだしこれでストーカー解消だな?よかったな、と言われた。
そうだな、彼氏というか新手のストーカーのようだが、むしろ良かったかもな、と頷いた。
「じゃあ沙羅はここに何しに来たの?どうしてここがナビに登録してあるの?」
「そんなのあなたに関係ない、」
「関係なくないよね、僕ら付き合ってるのに」
「付き合ってないって言ってるじゃないの!」
「え、あんなことまでして付き合ってないって言うの?じゃ沙羅の付き合ってるってどういうこと?」
「……それは、」
「タクヤとかアキラとかジョーとかケンタとかソースケとかユウジとは付き合ってるの?」
「……え、」
「付き合ってないんだよね?僕と同じ事しかしてないものね」
「つ、付き合っ、」
「タクヤは大学生だけど、アキラって会社員だね。ジョーなんか妻帯者だよ?ケンタは単身赴任で地元に子供4人もいるんだよすごいよね。ソースケのことも聞きたい?」
「……やめて!」
「みんな不用意に私生活をネットに公開してるんだよね。自信があるのかな?僕が沙羅のこととか一言書き込んでもジョーもケンタも家庭壊れないと思ってるのかな?」
一気に場が冷えた。
それらの男子名はあのアプリに登録されていたセフレ一覧のもの。あれを見たのか。見ただけでなくそれぞれの個人情報まで所得したのか。そこまでのスキルをこんなことに使っているのかショップ店員。
いろんな意味で恐ろしすぎる。
そしてさらに恐ろしいのは、その中に俺のIDもあったこと。
「ただ、リクって相手だけはSNSが見つけられなかったんだよね。ここの部屋、リク君のだよね?カーナビに名前登録されてたし。その人とも付き合ってない?」
ショップ店員がそう言った時、友人二人が俺を見た。バレるからやめろ、と睨んだが、元カノが速攻で反論した。
「り、リクは女よ!女友達!高校の時の女友達!」
何を言い出すんだ、見るからに女の部屋じゃないだろうが、と呆れた時。
「はい!リクです!」
後ろからでかい声が聞こえた。
振り向くとあの大女が挙手の上答えていた。
来るなと言ったのに、いつの間にかすぐ後ろにいた。
「ほ、ほら!あの子!ねーリク久しぶりー!」
中から慌てて元カノが駆けてきた。
「あー、沙羅のお友達なんだー。初めまして!僕沙羅の彼の潤って言います!」
元カノの後ろに張り付くようにして、細身でメガネを掛けた理知的な風貌の店員君が挨拶をした。
「リク、せっかく久しぶりに会えたけど、迎えに来ちゃったから帰るね!またね!」
なんだか知らないが、元カノは初対面の大女をリクと呼んで愛想を振りまいて逃げるように靴を履いて玄関を出た。
そのまま駆け出して階段に向かうから、俺はつい焦って大声を出した。
「おい!合鍵!」
別れたら返してもらうものだと言う彼女の言葉が頭にあった。返してもらわなければ後々厄介だから今日絶対返してもらおうと思っていたのだ。
今しかないと叫んだが、今じゃなかった。
当然その言葉を店員君が怪しんだ。
「……合鍵?この部屋の?どうしてあなたがそんなことを?」
俺より小さい店員君が眼鏡越しに俺を睨みあげる。やばい。
「もしかしてリクって、」
店員君がそう言い終わる前に、大女の後ろから彼女が駆けて来て俺の腕を取り、店員君を睨んだ。
「いくら高校の友達でも合鍵返してくれないとリクが迷惑するの!ね!マサ!」
そう言ってから俺を見上げた。つまり大女をリクと呼んで俺をマサ呼ばわりした。
「そーっかー。そりゃ友達で合鍵なんて迷惑だよね。沙羅、返しなよ」
店員君がそう言うと、元カノは怒りに満ちた表情でバッグから出した合鍵を握りしめて、大女に渡した。
二人が立ち去っていく。
元カノが階段を降り、店員君が最後に振り向いて、笑った。
「もう二度と来ないと思います。さよなら」
店員君が階段を下りる音が消えてもしばらく誰も動かなかった。
最初に口を開いたのは俺の横の彼女。
「……怖かった……」
いまさら俺の袖を掴んで小さく震えている。
「……マサって誰?」
そう訊くと、上目遣いで答えた。
「……ごめん。実家の犬」
それを聞いて、全員爆笑した。それまで身動きできないような緊張状態にあったので、なおさらツボに入った。
そして笑いながらだったが、彼女を窘めた。
「来ちゃダメだって言ったのに。大人しく帰ってくれたからよかったけど」
「おいおい、彼女たちいなかったら大人しく帰らなかったぞ?あいつら」
「そうだよ。お前の部屋だって絶対バレてたよ」
速攻で友人たちに反論され、ほぼ同時に大女に謝られた。
「ごめんなさい!私がどうしてもって来ちゃいました!どーしてもストーカー見たくて!でも文乃はちゃんと後ろに隠してましたから!」
彼女にもごめんね、と謝られた。
「それにしてもすごかったですね。さっきの元カノさんがラスボスだと思ってたら、さらに最強ストーカーが出現しましたもんね」
大女が不謹慎なことを言うので顔を顰めた。被害者がここにいるんだぞ?
「なんていうか、紙一重ですもんね。文乃もあなたも自分がストーカーだなんて言ってましたし。でも本物のストーカーって自覚がないんですよね。と思ったけどさっきの最強君は自覚ある気がしますね」
「……何を分析してるんですか」
「今度のレポート、ストーカー論にしようかと思って」
「あ、社会心理学の?」
「そう。最近書籍集めてるところ」
不謹慎すぎるな大女、と呆れたが、
「俺協力しましょうか?脳科学でどこかのチームがその分野のレポート出してたはず」
「ああ、見たね。前頭葉に特徴あるとかないとか」
友人二人が速攻で申し出る。
「まじですかほんとに?嬉しいー!すぐ聞きたいです!」
「じゃとりあえず喫茶店にでも」
「ありがとうー!文乃どうする?」
大女が振り向いた。
そして彼女は俺を見上げた。
「はいはい邪魔邪魔。僕ら三人お邪魔虫ですから」
一人が両手を広げて二人を追いやるように階段に向かった。
「どうぞ末永くお幸せにー」
「お幸せにー」
「お幸せにー」
そう言って三人は笑いながら階段を降りていった。
改めて彼女をなめ回すように上から下までじっくり見た。
自転車で疾走してきたせいでおでこが丸出しで長いくせ毛が広がって、泣いたせいでまだ目が潤んでいて頬は薄く紅で少し開いた唇は濡れている。短いブルゾンの中はパーカーで、スカートから細い脚が伸びている。スニーカーはニューバランス。
今すぐ脱がせたい衝動しかない。押し倒す欲望しかない。
それは無理だ。ここは彼女の女子寮前。彼女の部屋は男子入室禁止だ。
となれば、俺の部屋だ。
とまで連想してやっと思い出し、あああ、と声を上げて両手で頭を抱えた。
「……部屋に、」
「ああ、元カノが部屋にいるんだ?」
大女が鼻で笑った。笑い事じゃないのに。
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「あら」
「え!……それ、どうなるの?」
彼女に訊かれたが、俺にも分からない。
せっかく元通りになったばかりなのにまた厄介ごとに直面させられる。しかし、あともう一息だ。元カノさえ追い出せばそれで終わるはずだ。
「とりあえず、戻る。全部終わったら連絡するから」
彼女にそう告げた。ここでキスでもしたいけど大女の前ではさすがにできず、せめて手を握った。
すると彼女が首を振った。
「私も行く」
「いや、もうあいつに会わない方がいい。会っても百害しかない」
当然止めたが、
「それなら会わないようにする。一緒に行きたい」
そう言って、俺の袖を掴んだ。
可愛い。
抱きたい。
今すぐ。
と一瞬で欲情したが、大女が口を挟んできた。
「私も行きたい!そのストーカー見たい!」
「え!結衣ちゃん一緒に行ってくれる?」
「いいよ!」
レジャーか何かと勘違いしているのか大女が興奮気味に声を上げ、彼女もやはり不安だったのか喜んでその手を取ったが、俺はやはり首を振った。
「いや、だめだよ。何やるか分かんないから文乃は連れて行けない」
「じゃ!私が代わりに!」
何を思ったか大女が挙手の上提案してくる。
「……それ何の意味が?」
「えっ、……と、一応、私文乃のボディガードなので」
「それならここで一緒に待っててください」
俺がそう言うと、彼女がまた俺を見上げた。
「一緒に行きたい。部屋まで行かないから。元カノに会わないように遠くで待ってる。それでもだめ?」
「じゃ私も部屋まで行かないから。文乃と一緒に待ってます。それでどう?」
それでどうと言われても……。
「断る理由はないよね?そっち元カノに会わせたくない、こっち元カノに会わないところで待つ。全然OKでしょ?」
「……でも君は、ストーカー見る気満々だよね?」
「遠くから見るから大丈夫!」
よく意味が分からないまま、断る理由も見つけられないまま、大女が走って寮に戻り息を切らせたまま自転車に乗ってきた。しょうがなく俺も転がったままの自転車を引き起こし、まだ痛い足でペダルを踏み込んだ。
痛みであまり強く踏み込めないので大回りの坂道を避けて地下道を通るルートで戻った。むしろ女子二人の方が俺にスピードを合わせてくれているようだった。
とりあえずはアパートから見えない位置で待っていて欲しいので、道の角で一度止まってアパートを確認しながら二人に説明しようとした。
そして指差した先のアパート前に、赤い車が斜めに停まっているのが見えた。
まさか、と思った。
いや、何がまさかなのか。元カノにはとっくに突撃されてるじゃないか。
いや。さっきあの車は停まってなかった。元カノは車では来ていないはず。
もしかしたらどこか駐車場に停めていて後で出してきてそこに停めた?なぜ?もしや家の物を何か持ち出す気で?泥棒?何を?
「ごめん、ここで待ってて。連絡するからここから絶対動かないで」
慌ててそう言い、ペダルを踏み込み急いだ。
赤い車ってだけで元カノの車じゃないのかも?車種が同じだけで元カノの車とは限らないぞ?ナンバーを見ればきっと県内の、という気休めを全て突破して、数日前に俺が高速をぶっとばしたあの車があの時のようにアパート前に道交法違反の体で駐車している。
どういうことだ。泥棒か?それかもしや俺を拉致する気か?
一度彼女たちを振り返る。その途端頭が二個引っ込む。
あれなら多分大丈夫だ。こうなったらむしろ俺を負傷させた程暴力的で頼りになる大女が一緒に来てくれたことがありがたい。俺は心を決めて階段を上った。
そして二階に着き部屋を見ると、玄関が少し開いていた。そこから誰かの肩が見えている。そして中から何か言い争うような声。俺の部屋が何らかの修羅場になっているようだ。
なんだ一体、と恐る恐る近づきドアを引くと、夕べ泊まった友人二人が靴を履いて玄関にいて、すぐにでも逃げ出そうという恰好で俺を振り向いた。
「ああ、理久、あの、元カノ、」
慌てている友人が中を指差してそんな片言を口走るが、それから?ともう一人に顔を向けると、
「なんか知らんけど、誰か来た」
とさらに無意味な答え。
中で複数の言い争う声が聞こえ、夕べ泊まった二人がここにいるのなら、元カノと誰かが中にいるということはすでに予想済みだ。とりあえず二人の知らない男が来て元カノと喧嘩している、ということだけが分かった。
なんなんだ、と友人を押しのけると、少し先のキッチンの前で二人は言い争っていた。
「何それ!どういうこと!いつ入れたのよ!」
「最初に。沙羅が店に来て僕からスマホ買ってくれて設定まで任せてくれた時」
「そんな勝手なことしていいの!店員が客のスマホに追跡アプリ入れたなんて犯罪じゃない!」
「犯罪じゃないよ。僕ら付き合ってるし」
「いつから付き合ってんのよ!」
「出会った時からだよ」
「ちょっと冗談じゃないわ!」
「え、なんで怒ってるの?今朝まで一緒にいたのに。起きて沙羅がいないから慌てて追ってきたんだよ?」
「……私がいないんだから自分の部屋に帰ってよ!」
「せっかく沙羅の車で迎えに来たのに。一緒に帰ろう?」
聞こえてくる会話の恐ろしさに、俺は足を止めた。
スマホ、設定、追跡アプリ、今朝まで一緒、車で迎えに。
どうやら元カノはスマホショップの店員に手を付けて本気にさせてしまったようだ。
そして本気になったスマホショップの店員君はかなりヤバイやつだったようだ。
「私の車?車で来たの?どうして?あなた免許持ってた?」
「ないよ?でも僕カーレースのゲーム得意だし、新幹線に乗るお金ないし、ETC入ってたし、ナビにここ登録されてたし。それって車で迎えに来て欲しいって意味でしょ?」
「違うわよ!」
「え?じゃどういうこと?こんな遠くまで僕を呼び寄せてドライブしながら部屋に帰るって予定じゃないの?」
「そんなバカな予定誰が立てるのよ!」
友人に腕をつつかれ、新しい彼氏みたいだしこれでストーカー解消だな?よかったな、と言われた。
そうだな、彼氏というか新手のストーカーのようだが、むしろ良かったかもな、と頷いた。
「じゃあ沙羅はここに何しに来たの?どうしてここがナビに登録してあるの?」
「そんなのあなたに関係ない、」
「関係なくないよね、僕ら付き合ってるのに」
「付き合ってないって言ってるじゃないの!」
「え、あんなことまでして付き合ってないって言うの?じゃ沙羅の付き合ってるってどういうこと?」
「……それは、」
「タクヤとかアキラとかジョーとかケンタとかソースケとかユウジとは付き合ってるの?」
「……え、」
「付き合ってないんだよね?僕と同じ事しかしてないものね」
「つ、付き合っ、」
「タクヤは大学生だけど、アキラって会社員だね。ジョーなんか妻帯者だよ?ケンタは単身赴任で地元に子供4人もいるんだよすごいよね。ソースケのことも聞きたい?」
「……やめて!」
「みんな不用意に私生活をネットに公開してるんだよね。自信があるのかな?僕が沙羅のこととか一言書き込んでもジョーもケンタも家庭壊れないと思ってるのかな?」
一気に場が冷えた。
それらの男子名はあのアプリに登録されていたセフレ一覧のもの。あれを見たのか。見ただけでなくそれぞれの個人情報まで所得したのか。そこまでのスキルをこんなことに使っているのかショップ店員。
いろんな意味で恐ろしすぎる。
そしてさらに恐ろしいのは、その中に俺のIDもあったこと。
「ただ、リクって相手だけはSNSが見つけられなかったんだよね。ここの部屋、リク君のだよね?カーナビに名前登録されてたし。その人とも付き合ってない?」
ショップ店員がそう言った時、友人二人が俺を見た。バレるからやめろ、と睨んだが、元カノが速攻で反論した。
「り、リクは女よ!女友達!高校の時の女友達!」
何を言い出すんだ、見るからに女の部屋じゃないだろうが、と呆れた時。
「はい!リクです!」
後ろからでかい声が聞こえた。
振り向くとあの大女が挙手の上答えていた。
来るなと言ったのに、いつの間にかすぐ後ろにいた。
「ほ、ほら!あの子!ねーリク久しぶりー!」
中から慌てて元カノが駆けてきた。
「あー、沙羅のお友達なんだー。初めまして!僕沙羅の彼の潤って言います!」
元カノの後ろに張り付くようにして、細身でメガネを掛けた理知的な風貌の店員君が挨拶をした。
「リク、せっかく久しぶりに会えたけど、迎えに来ちゃったから帰るね!またね!」
なんだか知らないが、元カノは初対面の大女をリクと呼んで愛想を振りまいて逃げるように靴を履いて玄関を出た。
そのまま駆け出して階段に向かうから、俺はつい焦って大声を出した。
「おい!合鍵!」
別れたら返してもらうものだと言う彼女の言葉が頭にあった。返してもらわなければ後々厄介だから今日絶対返してもらおうと思っていたのだ。
今しかないと叫んだが、今じゃなかった。
当然その言葉を店員君が怪しんだ。
「……合鍵?この部屋の?どうしてあなたがそんなことを?」
俺より小さい店員君が眼鏡越しに俺を睨みあげる。やばい。
「もしかしてリクって、」
店員君がそう言い終わる前に、大女の後ろから彼女が駆けて来て俺の腕を取り、店員君を睨んだ。
「いくら高校の友達でも合鍵返してくれないとリクが迷惑するの!ね!マサ!」
そう言ってから俺を見上げた。つまり大女をリクと呼んで俺をマサ呼ばわりした。
「そーっかー。そりゃ友達で合鍵なんて迷惑だよね。沙羅、返しなよ」
店員君がそう言うと、元カノは怒りに満ちた表情でバッグから出した合鍵を握りしめて、大女に渡した。
二人が立ち去っていく。
元カノが階段を降り、店員君が最後に振り向いて、笑った。
「もう二度と来ないと思います。さよなら」
店員君が階段を下りる音が消えてもしばらく誰も動かなかった。
最初に口を開いたのは俺の横の彼女。
「……怖かった……」
いまさら俺の袖を掴んで小さく震えている。
「……マサって誰?」
そう訊くと、上目遣いで答えた。
「……ごめん。実家の犬」
それを聞いて、全員爆笑した。それまで身動きできないような緊張状態にあったので、なおさらツボに入った。
そして笑いながらだったが、彼女を窘めた。
「来ちゃダメだって言ったのに。大人しく帰ってくれたからよかったけど」
「おいおい、彼女たちいなかったら大人しく帰らなかったぞ?あいつら」
「そうだよ。お前の部屋だって絶対バレてたよ」
速攻で友人たちに反論され、ほぼ同時に大女に謝られた。
「ごめんなさい!私がどうしてもって来ちゃいました!どーしてもストーカー見たくて!でも文乃はちゃんと後ろに隠してましたから!」
彼女にもごめんね、と謝られた。
「それにしてもすごかったですね。さっきの元カノさんがラスボスだと思ってたら、さらに最強ストーカーが出現しましたもんね」
大女が不謹慎なことを言うので顔を顰めた。被害者がここにいるんだぞ?
「なんていうか、紙一重ですもんね。文乃もあなたも自分がストーカーだなんて言ってましたし。でも本物のストーカーって自覚がないんですよね。と思ったけどさっきの最強君は自覚ある気がしますね」
「……何を分析してるんですか」
「今度のレポート、ストーカー論にしようかと思って」
「あ、社会心理学の?」
「そう。最近書籍集めてるところ」
不謹慎すぎるな大女、と呆れたが、
「俺協力しましょうか?脳科学でどこかのチームがその分野のレポート出してたはず」
「ああ、見たね。前頭葉に特徴あるとかないとか」
友人二人が速攻で申し出る。
「まじですかほんとに?嬉しいー!すぐ聞きたいです!」
「じゃとりあえず喫茶店にでも」
「ありがとうー!文乃どうする?」
大女が振り向いた。
そして彼女は俺を見上げた。
「はいはい邪魔邪魔。僕ら三人お邪魔虫ですから」
一人が両手を広げて二人を追いやるように階段に向かった。
「どうぞ末永くお幸せにー」
「お幸せにー」
「お幸せにー」
そう言って三人は笑いながら階段を降りていった。
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