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25・文乃
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「酷いよ結衣ちゃん!こんなことするなんて!」
結衣ちゃんは片手で私の自転車のハンドルを掴んで片手で私を腕を掴んで、寮の方に引っ張ろうとしている。
「このくらいしなきゃいつまでも付きまとうよ!文乃は甘いんだよ!」
「離して!怪我してる!」
「ちょうどいいでしょ!今なら追いつけないんだから逃げられるよ!」
「離して!」
やっと結衣ちゃんの腕を振りほどいて、籠に入ってるバッグを掴んで座り込んでいる彼の元に駆けた。
びっくりしすぎて今になって身体が震えてくる。
すぐ近くに来るまで全然気付かなかった。気付いた時には結衣ちゃんが体当たりで彼を自転車ごと突き飛ばしていた。
あまりに突然ですっかり固まってしまって私は何もできなくて、私の頬を両手で押えていた彼が倒れていく姿をただ見ていた。ゆっくりゆっくり落ちていったのに、私は手も伸ばせず声も出せなかった。
彼は、私を巻き込まないようにすぐに手を外してくれたのに。
自転車が地面に倒れて大きな音が響いた。彼の呻き声も聞こえた。
その音でやっと身体が動くようになって、彼の元に行こうとしたのに結衣ちゃんに止められたのだ。
酷すぎる。いくらなんでも、あんまりだ。
彼の傍に膝をついてバッグからティッシュを取り出し、擦り剥いて血が滲んでいる手首の砂を払ってそこに当てる。
「足は大丈夫?骨折なんかしてない?」
「大丈夫」
彼は俯いたままそう応えて、足首をさすった。
「捻挫。大したことない」
彼がそう返事をしている間に、後ろから腕を引かれた。振り向くと結衣ちゃんが険しい顔をしている。
「よしなってば。そういうことするからストーカーがつけあがるんじゃん」
「怪我してるの!ほっとけないでしょ!」
「怪我してたってほっとくべきなのストーカーは!」
「違うの、結衣ちゃん」
立ち上がって結衣ちゃんと真っ正面に向かい合った。
結衣ちゃんは背が高いから私は少し見上げなければならない。
上から見下ろされて全然説得できる気がしないけど、真っ直ぐ見上げて事実を伝える。
「結衣ちゃん、ストーカーは私の方なの」
そう言うと、結衣ちゃんは「はい?」と首を傾げた。
彼の部屋の前で、彼の彼女にそう言われた。
すごく綺麗でファッションもメイクも洗練された素敵な女性だった。
二人は将来約束してるんだって。始めから私に付け込む余地なんかなかったんだって。そして私を憎んでいないんだって。悪いのは、欺した彼だからだって。
そんなふうに横恋慕した私にすら気を遣うような優しい女性がいて、私なんかに手を出した彼が悪い。彼女に比べたら私なんかみんなに言われてるとおり、医学部のイケメンに声掛けられて尻尾振ってついていった浅ましい子だった。
それだけのことだったの。本気で好きになってたのは私だけだったの。
彼の部屋から全力で駆けて自転車に飛び乗って全力で走ってきて、地下道で自転車を降りて歩いて階段を降りる間、延々と泣いた。通路の隅っこを歩くから誰にも気付かれないでずっと泣いた。
そしてまた地上に上がって太陽の下に立つと、やっぱり彼の顔が頭に浮かんだ。
欺されたのだとしても、いいようにからかわれたのだとしても、それでも好き。
例えそうだとしても、一緒にいたい。
私はそれだけでいい。
でも。
彼はそうじゃない。
あんな素敵な彼女と将来設計まで済んでいるのだ。
私は邪魔なのだ。
きっと、あの後で彼は彼女から部屋の前で私に会ったことを聞いたのだ。
そしてきっと、私にこれ以上のストーカー行為を止めるようにと戒めるために来たのだ。
彼は彼女を安心させるために私を追いかけてきたのだ。
悪いのは彼なのに私を責めに来た。
私だってあんな素敵な彼女がいるって知ってたら、付き合ったりしなかった。
きっと。
それでも。
あなたのことが大好き。
あなたが迷惑でも。
迷惑を掛けたくはないけど、好きだという気持ちはどうしようもなく私の全部に染み込んで巡ってる。
これがストーカーなのかな。
きっとそうなんだな。
こんなことだめだよね。
あんなにストーカーに苦しんだ私が、こんなことしてちゃだめだよね。
ストーカーなんかしない。絶対。
でも好き。
「ストーカーは私の方なの。さっきそう彼女に言われちゃった」
また涙が出そうになったから、軽くそう言ってちょっと笑った。
「なっ、何言ってんの?!どういうこと?!」
同じ叫び声が前後から聞こえた。
え?と驚くと、目の前の結衣ちゃんに両肩をガシっと掴まれて問われた。
「……彼女?」
「彼女じゃない!」
後ろから聞こえた。
「彼女に会ったの?!直接対決?!」
「対決ではないけど、」
「彼女じゃないって!俺は付き合ってないよ!」
「え?」
「もう見苦しいよ。部屋に来る女はイコール彼女だよ!」
「俺の彼女は文乃だけだよ」
「え?」
「ほらまた嘘言う!こんなんでも文乃は欺されるんだから!」
「欺してない!俺は嘘なんか一つも言ってない!」
「ほらー!またそんな嘘ついて!」
結衣ちゃんが笑った。
「嘘一つもついてない人なんかいないし!」
そしてやっと振り向くことができた。彼が立ち上がっていた。
「言ってないよ。文乃には一度も嘘言ってないよ」
「はいはい、お疲れ様」
結衣ちゃんがまた腕を引っ張る。私にはまだ話があるのに。待って、と抗っても結衣ちゃんは力が強く引き摺られる。連れ去られそうになっている私に、縋るように彼が言った。
「待って文乃。スマホのブロックだけ解除して!」
え?
「してない。ブロックしてるのはあなたでしょ」
なんとか振り向いて応えた。
「……してないよ。したこともないよ。俺がずっとブロックされてるんだよ」
「そんなの嘘!だって電話繋がらなかった!」
「電源切ってたから」
「電源切るなんて、そんなの嘘!」
「嘘じゃないよ。文乃にブロックされてたし、他に何の着信もいらなかったし」
「ブロックなんてしてない。スマホ故障して修理に出してただけ」
「修理?違うよ。ブロックされてる。今でも」
「嘘!」
急に言い争いを始めた私たちを、仲裁したのはなんと結衣ちゃんだった。
「……私がブロック設定した。あなたストーカーだから」
「結衣ちゃん?!」
私がブロックしてたの?!と驚いて、結衣ちゃんの腕から逃れて慌ててバッグからスマホを取り出した。けど、スマホの操作に詳しくなくてもたもたしていると、彼が覗いてきて簡単に設定画面を開いて「ブロック解除」を表示した。
「これがブロックしてる証拠。これを外すとブロック解除になる」
そう言われて見上げると、彼が真っ直ぐ私を見詰めていた。
「ずっと外してくれるの待ってた」
その視線とその言葉が嬉しくて、
いいのかな、なんて思わなかった。彼女がいるのにいいのかな、なんて。
きっと彼が一番悪い。彼女がいるのにこんなことしてる彼が。
そしてそんな彼が好きな私は二番目に悪い。
彼女がいても彼が好きな私が二番目に悪い。
でもそんなことどうでもよかった。
ただただ嬉しくて、
私はすぐにブロック解除の表示をタップした。
結衣ちゃんは片手で私の自転車のハンドルを掴んで片手で私を腕を掴んで、寮の方に引っ張ろうとしている。
「このくらいしなきゃいつまでも付きまとうよ!文乃は甘いんだよ!」
「離して!怪我してる!」
「ちょうどいいでしょ!今なら追いつけないんだから逃げられるよ!」
「離して!」
やっと結衣ちゃんの腕を振りほどいて、籠に入ってるバッグを掴んで座り込んでいる彼の元に駆けた。
びっくりしすぎて今になって身体が震えてくる。
すぐ近くに来るまで全然気付かなかった。気付いた時には結衣ちゃんが体当たりで彼を自転車ごと突き飛ばしていた。
あまりに突然ですっかり固まってしまって私は何もできなくて、私の頬を両手で押えていた彼が倒れていく姿をただ見ていた。ゆっくりゆっくり落ちていったのに、私は手も伸ばせず声も出せなかった。
彼は、私を巻き込まないようにすぐに手を外してくれたのに。
自転車が地面に倒れて大きな音が響いた。彼の呻き声も聞こえた。
その音でやっと身体が動くようになって、彼の元に行こうとしたのに結衣ちゃんに止められたのだ。
酷すぎる。いくらなんでも、あんまりだ。
彼の傍に膝をついてバッグからティッシュを取り出し、擦り剥いて血が滲んでいる手首の砂を払ってそこに当てる。
「足は大丈夫?骨折なんかしてない?」
「大丈夫」
彼は俯いたままそう応えて、足首をさすった。
「捻挫。大したことない」
彼がそう返事をしている間に、後ろから腕を引かれた。振り向くと結衣ちゃんが険しい顔をしている。
「よしなってば。そういうことするからストーカーがつけあがるんじゃん」
「怪我してるの!ほっとけないでしょ!」
「怪我してたってほっとくべきなのストーカーは!」
「違うの、結衣ちゃん」
立ち上がって結衣ちゃんと真っ正面に向かい合った。
結衣ちゃんは背が高いから私は少し見上げなければならない。
上から見下ろされて全然説得できる気がしないけど、真っ直ぐ見上げて事実を伝える。
「結衣ちゃん、ストーカーは私の方なの」
そう言うと、結衣ちゃんは「はい?」と首を傾げた。
彼の部屋の前で、彼の彼女にそう言われた。
すごく綺麗でファッションもメイクも洗練された素敵な女性だった。
二人は将来約束してるんだって。始めから私に付け込む余地なんかなかったんだって。そして私を憎んでいないんだって。悪いのは、欺した彼だからだって。
そんなふうに横恋慕した私にすら気を遣うような優しい女性がいて、私なんかに手を出した彼が悪い。彼女に比べたら私なんかみんなに言われてるとおり、医学部のイケメンに声掛けられて尻尾振ってついていった浅ましい子だった。
それだけのことだったの。本気で好きになってたのは私だけだったの。
彼の部屋から全力で駆けて自転車に飛び乗って全力で走ってきて、地下道で自転車を降りて歩いて階段を降りる間、延々と泣いた。通路の隅っこを歩くから誰にも気付かれないでずっと泣いた。
そしてまた地上に上がって太陽の下に立つと、やっぱり彼の顔が頭に浮かんだ。
欺されたのだとしても、いいようにからかわれたのだとしても、それでも好き。
例えそうだとしても、一緒にいたい。
私はそれだけでいい。
でも。
彼はそうじゃない。
あんな素敵な彼女と将来設計まで済んでいるのだ。
私は邪魔なのだ。
きっと、あの後で彼は彼女から部屋の前で私に会ったことを聞いたのだ。
そしてきっと、私にこれ以上のストーカー行為を止めるようにと戒めるために来たのだ。
彼は彼女を安心させるために私を追いかけてきたのだ。
悪いのは彼なのに私を責めに来た。
私だってあんな素敵な彼女がいるって知ってたら、付き合ったりしなかった。
きっと。
それでも。
あなたのことが大好き。
あなたが迷惑でも。
迷惑を掛けたくはないけど、好きだという気持ちはどうしようもなく私の全部に染み込んで巡ってる。
これがストーカーなのかな。
きっとそうなんだな。
こんなことだめだよね。
あんなにストーカーに苦しんだ私が、こんなことしてちゃだめだよね。
ストーカーなんかしない。絶対。
でも好き。
「ストーカーは私の方なの。さっきそう彼女に言われちゃった」
また涙が出そうになったから、軽くそう言ってちょっと笑った。
「なっ、何言ってんの?!どういうこと?!」
同じ叫び声が前後から聞こえた。
え?と驚くと、目の前の結衣ちゃんに両肩をガシっと掴まれて問われた。
「……彼女?」
「彼女じゃない!」
後ろから聞こえた。
「彼女に会ったの?!直接対決?!」
「対決ではないけど、」
「彼女じゃないって!俺は付き合ってないよ!」
「え?」
「もう見苦しいよ。部屋に来る女はイコール彼女だよ!」
「俺の彼女は文乃だけだよ」
「え?」
「ほらまた嘘言う!こんなんでも文乃は欺されるんだから!」
「欺してない!俺は嘘なんか一つも言ってない!」
「ほらー!またそんな嘘ついて!」
結衣ちゃんが笑った。
「嘘一つもついてない人なんかいないし!」
そしてやっと振り向くことができた。彼が立ち上がっていた。
「言ってないよ。文乃には一度も嘘言ってないよ」
「はいはい、お疲れ様」
結衣ちゃんがまた腕を引っ張る。私にはまだ話があるのに。待って、と抗っても結衣ちゃんは力が強く引き摺られる。連れ去られそうになっている私に、縋るように彼が言った。
「待って文乃。スマホのブロックだけ解除して!」
え?
「してない。ブロックしてるのはあなたでしょ」
なんとか振り向いて応えた。
「……してないよ。したこともないよ。俺がずっとブロックされてるんだよ」
「そんなの嘘!だって電話繋がらなかった!」
「電源切ってたから」
「電源切るなんて、そんなの嘘!」
「嘘じゃないよ。文乃にブロックされてたし、他に何の着信もいらなかったし」
「ブロックなんてしてない。スマホ故障して修理に出してただけ」
「修理?違うよ。ブロックされてる。今でも」
「嘘!」
急に言い争いを始めた私たちを、仲裁したのはなんと結衣ちゃんだった。
「……私がブロック設定した。あなたストーカーだから」
「結衣ちゃん?!」
私がブロックしてたの?!と驚いて、結衣ちゃんの腕から逃れて慌ててバッグからスマホを取り出した。けど、スマホの操作に詳しくなくてもたもたしていると、彼が覗いてきて簡単に設定画面を開いて「ブロック解除」を表示した。
「これがブロックしてる証拠。これを外すとブロック解除になる」
そう言われて見上げると、彼が真っ直ぐ私を見詰めていた。
「ずっと外してくれるの待ってた」
その視線とその言葉が嬉しくて、
いいのかな、なんて思わなかった。彼女がいるのにいいのかな、なんて。
きっと彼が一番悪い。彼女がいるのにこんなことしてる彼が。
そしてそんな彼が好きな私は二番目に悪い。
彼女がいても彼が好きな私が二番目に悪い。
でもそんなことどうでもよかった。
ただただ嬉しくて、
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