SECOND CRASH

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23・理久

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 元カノからの電話を取ってしまったが、俺は疲れ果てていて何の返事もできず、途中で切った。
 明日来るとか来ないとか言っていたような気がするが、知らない。
 またしつこく鳴りだしたから、電源を切った。


 俺はもう女なんかいらない。
 あの子じゃないのなら女なんかいらない。

 この気持ちがストーカーだって言うなら、ストーカーなんだろう。
 あなたで二人目、だってよ。
 彼女はストーカーホイホイなんだってよ。

 俺がストーカーか。
 付き合ってまだ一ヶ月にもならない。付き合うまで半年も待って。その前の半年はただただ見ていただけだった。
 互いに。

 始めは告白するつもりなんかなかった。彼女には相手がいたし俺は汚れているし。何も望んでいなかった。
 だけど、出会ってしまったから。
 だいたい告白してきたのは彼女の方だ。
 それなのに。

 この半年はなんだったんだ。この一年は。
 こんなことになるのなら、こんな思いをするのなら、ただ彼女を遠くから見ていただけの一年前の方がずっとマシだった。


 もう誰とも付き合いたいなんて思わない。
 そう諦めてベッドに転がったら、チャイムが鳴った。

 まさか元カノが来たのか?と一瞬ぞっとした。元カノの行動力ならあり得るが、もうさすがに部屋には入れない。元カノだったら居留守を使おう、とそろりそろりと玄関まで行って覗いてみると、同じクラスの友人二人組だった。

「電話も通じないから心配して来ちゃったよ」
「学校でも様子がおかしかったしさ。大丈夫か?」

 そんなふうに心配されて、ふと気が緩む。

「大丈夫じゃないよ。本気で彼女に振られてしまった」
 そう笑うと、だと思ったと言わんばかりに二人とも苦笑しながら頷き、手に持つ袋を持ち上げて見せた。
「まぁ、飲もうぜ!」
 多種の酒の缶や瓶が入ったコンビニ袋。
 

 酒は飲めるようになったばかりで強いのか弱いのかも分からないが、今晩はきっとそれを知るいい機会だ。ビールもウイスキーも日本酒も焼酎も全部試した。飲みながら徐々に酔いながら、軽くなった口で抑えていた思いを漏らす。


 ストーカーなんて言われるとは思わなかった。
 俺自身が元カノのストーカー行為に迷惑を被ってたのに、その俺がストーカーなんて。
 ストーカーだと思われてるなんて。
 彼女に。
 ストーカーだなんて。


 酔いが深くなっていくと、俺はそればかり繰り返していた。
 俺の腹の中にはその思いしかなかったらしい。


「でもま、あれだな?その友達が怪しいよな?」
「だよなー!そのでかい女?それに焚き付けられちゃったんだよ」
「な!洗脳されちゃってんだよ!そうなっちゃったらもうどうしようもないんじゃね?」
「洗脳?」

 その疑いはもちろん持っていた。あの大女に何か吹き込まれたんじゃないかとは思っていた。
 ただ、そんなことを鵜呑みにする子じゃない。そんな子だったら俺はこんなに好きになってない。

 だから、もしかしたら俺があんなに好きだったあの子は、俺の誤解が作り上げてた幻だったのかも知れない。
 あの子は俺の好きだったあの子じゃないのかも知れない。俺の好きなあの子じゃなくなったのかも知れない。

 そうだとしたら、



「……そうだとしても、好きなんだよなぁ」



 酔っ払って回らなくなった口で、呟いた。
 酔っ払った友人たちも回らなくなった口で爆笑しながら言った。


「それがっ!ストーカーってやつだし!」
「やっぱお前ストーカーに認定!」
「怖い怖い!」
「やっぱ俺ストーカーかぁ!」
「決定だな!」


 やっぱりストーカーか。



 酔っ払った頭では、それの何が悪いのか分からなくなっていた。

 そこから記憶がない。












 翌朝、というよりもう昼近く、どうやら泊まったらしい友人の一人に肩を揺すられて目が覚めた。
 身体を起こしてみると、周囲にゴロゴロと酒の空き缶が転がっている。そういえば夕べ飲み明かしたんだった、と頭を掻く。
 記憶はほとんどないが、特に二日酔いでもないようで俺は強い方なのかも?などとぼんやり考えていたところ、友人が焦ったように小さな声で囁いた。

「外に誰か来てるぞ?元カノ来るって言ってなかった?」

 げ。

 言ってた。

 来たのか……。と、頭を掻いたままスマホに手を伸ばした。
 起動してみると、案の定元カノから恐ろしい数のメッセージが来ていた。
 まじかよどうしよう、とまた倒れ込みそうになったが、その下の着信の通知に気付いた。電源を切っていた間に着信があったらしい。

 それを開くと、彼女の名前で二度。時刻は今朝方。

 信じられなくて何度か瞬きしてから凝視した。


 何度か瞬きしてから、はっと我に返って慌てて彼女の番号をタップした。
 しかし相変わらずブロックされている。
 もう一度掛けるがやはりブロックされている。
 SNSを開いてもメッセージはない。

 でも、彼女が俺に掛けてきた。二度も繰り返しているのだから間違いで掛けたんじゃない。
 それなのにブロックしている。
 どういうことだ?

 俺からの電話は受けたくないが、言いたいことがある。
 そういう意味か?
 何か一方的に突き付けたいことがあるのか?

 それは、別れたいと言うこと?
 しかしそれはすでに昨日聞いた。つきまとうなと言われた。その前からスマホもブロックされている。その上で、俺に何を伝えたいんだ?

 なんだこの電話?
 期待していいのか?だめなのか?
 恐らくだめなんだろうが、90%だめなんだろうが、

 それでも、彼女の声が聞けるなら、彼女の顔が見られるなら、


 俺は速攻で着替えて飛び出した。










 しかしドアガードを外し鍵を開け玄関を開けると、そこには元カノがいた。
 そういえば来てるとさっき友人に聞いたところだった。
 うわ失敗した、と一瞬顔を顰めたが、元カノが手に持つ鍵を見て驚いた。

 本鍵だ。
 不動産屋で二つしか渡されなかった本鍵の一つを、彼女に渡した。その鍵だ。
 何故ここに。何故元カノが持ってる。俺は速攻でそれを奪い、この鍵はなんだ?と訊いた。
 すると元カノは、ブスが持って来たと応えた。

 元カノは根っから半端な嘘つきで美人や可愛い子を全てブスと呼ぶ。そしてブサイクな女を可愛いと形容する。ただ自分と無関係なブスはブスと呼ぶ。
 彼女に渡したこの鍵をブスが持って来たと半端な嘘つきが言っているのだから、正反対の可愛い子か無関係なブスのどちらかが持って来たと言うことだ。
 つまり、可能性があるのは彼女かあの大女かだ。
 判別するためにもう一つ訊いた。

「背、低かった?」
「高かった」

 嘘つきの元カノの応えが大女を示している。それが嘘かを判別する問いをもう一つ。

「髪の短い?」
「そうそう。その髪の短くて大柄なブス」


 そうか。
 そうなのか。




 俺はダッシュで駆け出した。
 彼女を追いかけるために。
 ここまで来てくれた彼女を。




 彼女の友達の大女は、いつも長い髪を三つ編みにしている。
 元カノの言う「髪の短くて大柄なブス」は彼女と俺の身近には存在しない。

 ここに来たのは正反対の「髪が長くて小柄な可愛い子」



 つまり彼女だ。
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