SECOND CRASH

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21・文乃

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 彼がまさか大学で待ち伏せしているなんて思いもしなかったからびっくりした。
 久しぶりに会えて嬉しい気持ちがまず湧いたけど、こんなことじゃだめだと顔を引き締めて、掴まれた腕を引いた。彼はすぐに手を離してくれて、真剣な顔で事情を説明してくれた。

 前の私だったら、簡単に納得して許しちゃうような言い訳。
 ちょうど、結衣ちゃんが適当に作った言い訳と全く同じストーリー。

 ありがちな作り話ということ。
 こんな簡単な作り話で私を騙せると思ってたのね。
 そしてきっとこれまでもずっと、簡単に騙してきてたのね。

 私ってバカみたい。そう思ったら笑えてきた。
 これまでも全部全部嘘だったんだ。
 結衣ちゃんが思い付きで口にした嘘をそのまま言っちゃうぐらい簡単に嘘をついてたんだ。
 笑っちゃう。

 そんな私を見て騙せたと思ったのか彼も笑った。
 その笑顔大好きだった。
 そう思ったら涙が零れた。
 そんな風に笑うんだ。それ、私を騙せたって笑顔だったんだ。
 あなたの笑顔大好きだったのに。


 そこに結衣ちゃんが来てくれた。今朝一緒に登校しようと誘ってくれていたけど、自転車をまだ直してなかったから私は徒歩で先に寮を出たのだ。
 だから言ったでしょ、と窘められた。本当にその通りだった。私は一人で何もできない。だから簡単に欺される。
 彼に泣き顔を見られるのが嫌で振り向かずに歩き出すと、結衣ちゃんが横に来てくれた。
 俯いて涙を拭っていると、結衣ちゃんに腕を引かれた。
「歩きながらでいいから、空見上げて深呼吸しよう」
 そう言われて、空を見上げた。
 薄青の秋空。煙のような頼りない雲が流れている。
 思い切り息を吸うと、すこし頭がぼーっとした。
「たくさん酸素取り込んだらあっという間に身体中循環して気分も全部新しくなるよ。新陳代謝!」
 軽くそう言って結衣ちゃんは大あくびをした。
「深呼吸とあくびは違うでしょ」
「え、同じでしょ」
 ふふ、と笑いながら並んで歩く。
 もう一度、何もかも全部忘れられるくらいに大きく深呼吸した。


 教室に入ると、二日も休んだから心配してたよ、と友人たちに声を掛けられた。たった二日なのにどうしてこんなにげっそり痩せちゃってるの?!なんて言われた。そんなはずないじゃない、と笑ったけど、
「……だって、彼と別れたんでしょ?」
 気の毒そうな声でそう囁かれた。二日も休んでいるうちにもう知られてしまっている。
「文乃から振ったんだからそんなヒソヒソ言わなくてもいいよ」
 横で結衣ちゃんが笑った。
「晴れて久しぶりにフリーなんだもんね。女子会し放題!」
 うん、と私も笑って頷いた。

 そうしよう。もうずーっと友達と集まって楽しく過ごそう。恋愛なんて彼なんて必要不可欠なものじゃないんだから。友達の方がずっと大事なんだから。
 今日の夜も結衣ちゃんが女子会を計画してくれている。その前に一緒に自転車直しに行こう、と私が忘れていたことを予定してくれる。
 ずーっと結衣ちゃんと一緒にいよう。もっと身近に目を向けよう。と顔を上げると、ふと目に入った。


 教室の片隅で数人集まっているクラスの子が、私を見てニヤニヤ笑いながら何か話していた。私が顔を向けてもなおさら当てつけるように私を見据えてさらに笑みを広げた。何か分からず彼女たちをじっと見ている私に気付いて、結衣ちゃんが腕を引いた。
「気にしなくていいよ。勝手なこと言うやつは必ずいるんだから」
「勝手なこと?」
 全く意味が分からず訊いた。
「……ん、まぁ、文乃が前の元彼振った時もコソコソ言ってたヤツらだし」
「元彼?」
「結構長い付き合いの元彼をいきなり振って、次に付き合い始めた新しい彼とはあっという間に別れたってことをね」
「……ああ」
 そうなんだ。
 そういうことになるんだ。
 外から見るとそういうことになるんだ、と思った。

 まるで次から次へと男を摘まみ食いする軽い女に見えるということ。
 そうじゃないしそんなつもりもなかった。私は真剣だった。彼が裏切りさえしなければ今だってまだ。泥棒猫なんて言われなければ私はまだ彼と。瞬時にそんな思いが湧いてきて唇を噛む。

「何でも悪口言いたいだけ。どうせ何やったって言うんだよあいつらは。気にすることない」
 そう言われて頷いた。
「別れてなかったら別れてないって悪口言うんだし、付き合ってなかったら付き合ってないって悪口言うの」
「……そんなのめちゃくちゃじゃない」
「そうだよ。めちゃくちゃ。だから全然気にしなくていい」
「本当だね」
 また結衣ちゃんに慰められる。
 もういっそ結衣ちゃんと付き合いたい、とか思った。
「夜外に食べに行こうか?誰か誘って」
「いいね!」
 そしてまた夜は結衣ちゃんと女子会に決定。

 こうやって過ごしていこうと思った。もうずーっとこのまま一年中女子会で過ごしていこうと思った。
 夕方結衣ちゃんと自転車屋さんに行ってすぐにパンクを直してもらい、私は久々にバイトに出て欠勤を謝って、夜は女子会メンバーと居酒屋で待ち合わせして、そのまま友達のアパートになだれ込んだ。夜中までみんなで楽しく過ごした。

 彼のことは忘れた。








 翌日友達の家で目覚めて、前夜の宴会の後片付けをしてからぼちぼちと家路についた。
 そっこーで帰って洗濯しなきゃー、と言う結衣ちゃんと別れ、私は図書館に向かった。休んだ講義のノートを借りたので補足する参考文献を見たかった。
 ところがその書棚に先客がいた。会いたくなかった顔も見たくなかった相手。私の顔を見て驚いてから、にやりと笑った。

「新しい彼氏、二股だったらしいね?」
 実家に帰ってしまった元彼の親友。この人にまで情報が伝わっているのかとがっかりした。

「ざまぁねーな。あんなこっぴどく振っておいて、自分も同じ目に遭ってんだもんな」
 何も聞きたくなくて踵を返したが、腕を掴まれた。
「で、寂しいんだろ?付き合ってやってもいいぞ」
「離して」
 汚らわしくて強く振り払った。
「まぁ、俺は冗談だけど、あいつのブロックは解いてやれば?」
「は?」
 汚らわしくて掴まれた手を強くさする。
「あいつまだあんたに未練あるみたいだし、あんただって男に欺されたせいであいつ振ったんだろ?」
「……何言ってんの?」
「そりゃ始めはちょっとギクシャクするかもだけど、話するくらいいいだろ」
「誰のこと?」
「ひでぇな。つい最近まで付き合ってた彼をもう忘れたのかよ?」
「……」
 正直、忘れてた。

「まぁ、あんたも振られてあいつの気持ち分かったんじゃないの?あいつも許してくれると思うよ」
 私は首を振った。
「すぐにヨリ戻せなんて言ってねーし、ラインぐらいいいだろ」
「スマホ壊れて修理に出してるの。ブロックじゃない」
「……あ、そういうことね。じゃあいつに言っておくわ」
「余計なことしないで」
「またまた。振られて寂しいくせに」

 考えてもいなかった。

「振られた者同士、前より盛り上がれるってもんだろ?」
「ヨリなんか戻さない」
「なんでだよ」

 こんな時に、思い出すなんて。

「寂しいからとか、振られたからとか、そんな理由で付き合わない」
 そう言うと、鼻で笑われた。
「医学部のイケメンだったから付き合ったんだもんな?」
 首を振る。そんな理由で付き合ったんじゃない。
「もう、いい加減な気持ちで簡単に付き合ったりしない」

 彼に振られたから埋め合わせで他の誰かと付き合うなんて、考えてもいなかった。元彼とヨリを戻すなんて考えてもいなかった。今この男に気付かされても、そんなこと一秒だって受け入れる気にならない。
 だって、他の誰かじゃダメだから。

「偉そうだな。二股掛けられておいて」
 汚い男が汚らしく笑う。
「真剣な気持ちでお付き合いした結果がこれだろ?」

 そうだとしても

「じゃあこの結果も受け入れたら?」

 分かってる。

「じゃあ二股ぐらいで別れんなよ」
「別れないよ」
「……あ?」
「別れない」
 相手が絶句しているうちに踵を返して立ち去った。



 他の誰かじゃダメなんだもの。始めから分かってたのに。




 生まれて初めての一目惚れだった。
 付き合ってる相手がいたのに告白したのは私の方だった。
 彼は私が元彼と別れる日まで辛抱強く待っていてくれた。
 元彼につきまとわれる辛い日々に、彼と会える僅かな時間が幸せで心の支えだった。
 少しずつ少しずつ近付いていくドキドキして胸が苦しかったあの日々は今でも鮮やかに心の中にある。
 傍にいるだけで、手を触れているだけで、二人でいるだけで幸せだった。

 彼といるだけで幸せだった。他の誰よりも彼が好きだった。
 今やっと思い出した。


 そして、

 今でも好き。

 彼に別の女の人がいても、私は彼が好き。

 他の誰かじゃダメだ。







 走って自転車に戻り、バッグから夕べ結衣ちゃんに返してもらったばかりのスマホを取り出してすぐに彼に掛けた。繋がらなかった。
 メッセージを書き込もうとアプリを開いたが、画面がいつもと違っていて何も打ち込めなくなっていた。
 どうして?と困惑して、すぐ気付いた。

 彼にブロックされたんだ。

 そう気付いた瞬間、涙がどっと溢れた。
 自分だって昨日もっとひどいことを彼に言ったくせに、こんなことで泣くなんて卑怯だ。
 そして涙を拭いながら、昨日の彼を思い出す。

 結衣ちゃんが並べた通りの言い訳を口にして、笑った彼。上手く二股を続けていこうとしている彼。

 それでも、そんな笑顔でも、大好き。


 スマホをブロックすると言うことは、私を拒絶するという強い意志。

 それでも、会いたい。
 いまさらって呆れられると思うけど、会わなきゃ。


 あなたのことが他の誰よりも好きだって伝えなきゃ。


 例え他に女の人がいても。


 あなたが好き。
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