SECOND CRASH

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20・理久

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 書店のレジの大柄な女子にストーカー呼ばわりされ、どういうことか説明して欲しいと食い下がってみたが、他の店員を呼ばれて店を追い出された。一番最初に、春先彼女と初めてここで会った次の日に、俺にシフトを教えてくれなかった店員。
「あなたの顔覚えてますから!次店に来たら警察呼びます!」
 憎々しげにそう言い放ち踵を返した。

 ……警察?
 俺が?通報されるのか?ここに顔を出すだけで?
 何故?

 しばらく呆然と店の前に立ち竦んでいたが、店内からレジの女子にも店員にも客にもじっと見られていることに気付き、とにかくその場を去った。
 どうしたらいいのか分からず、彼女の女子寮まで行ってみる。
 そこには大きな鉄の門がどっしりと閉まっていて管理棟も門の中にあり、誰もいないようで窓が暗い。だいたいこんな遅い時間に男一人で訪ねてきても取り次いでもらえるとも思えない。しかも彼女はここにはいないとレジの大女が言っていた。そして俺はそれが本当かどうかの確認も取れない。
 もう一度スマホを取り出して彼女にメッセージを送ろうとしたが、それまで書き込んだ文字の一つも読まれていない。

 何故?
 どうして突然?

 怒っているだろうとは思う。突然女が現れて突然俺に置き去りにされて結局朝まで戻らず一人で部屋を出て。その理由も説明させてくれないほど、怒っている?
 そんなはずはない。そんな子じゃない。なにより、

 こんなことで壊れる関係じゃないはず。
 正式に付き合えるようになってからは確かにまだ一月足らずだが、彼女が元彼と別れるまでの数ヶ月間充分話し合ってきて俺たちは充分分かり合えてたはず。
 会えば、話せれば、分かってもらえるはず。

 会いさえすれば。
 彼女に会わなければ。
 どうやって?
 この寮にいるかどうかも分からない彼女に。
 どうしたらいいのか何も思い浮かばず、門の前でうろうろと歩いたり立ち止まったりしていた。


 そこに、帰ってきた寮生らしい二人連れが近付いてきた。
 なんとか怪しまれないように、あまり近付かないように後ろに下がりながら、訊いた。
「あの、実はここに住んでる子と連絡が取れなくなってて、伝言お願い出来ないですか?」
 と、全部言い終わる前に駆け出されて門を閉められ一目散に走り去られた。

 そりゃそうだ。男子禁制の女子寮だ。
 どうする。どうしたらいい。
 どうしたら彼女に会えるんだ?


 とにかく時間が遅いので、部屋に戻るしかない。明日にしよう。
 明日。
 明日の朝、寮の前で待ち伏せするか。講義は多少遅刻してもいい。朝彼女が出てこなければ、本当に寮にいないということだ。
 もしそうだとしたら、
 ……それはまた明日考える。今はそんなことは考えない。
 きっと明日会える。会えば全て解決する。
 そう信じて、彼女のいない広くなったベッドで一人で寝た。


 そして翌朝、早く起きて早い時間から彼女の寮に向かった。
 さすがに正面で待っているのはヤバいので道の角に自転車を停めて、誰か出てくる気配があれば顔を出して一々確認した。
 ずっと待っていたが、彼女は出てこなかった。
 やはりここにはいないのか、と諦めかけたとき、門からあのレジの大女が出てきた。
 ああ、彼女も寮生だったのか、と気付いた時に、その女がこっちを向いた。そして一睨みしてそっぽを向いて去って行った。
 ……俺に気付いていた。

 もう時間も時間だからこの後出てくる生徒はいない。
 俺も諦め、自転車で学校に向かった。

 自転車に乗っている間も、講義の間も、考える。
 彼女は本当に寮にいないようだ。どうやって会ったらいい。会う方法はどこにある。会いさえすれば全て解決するはずなのに。

 それなのに。
 会えない。

 携帯も繋がらずバイトも辞め寮も出た。
 ここまでするということは、そこまで俺に会いたくないということだ。


 そこまで?
 そこまで?


 それほどのことをしたのか俺?
 厄介な元カノを一人で片付けただけなのに。
 会いさえすれば、話さえすれば分かってもらえることなのに。

 とにかくコンタクトを取りたい。もう残る手段はこのスマホしかない。彼女に届くまで何度も何度も発信し続けるしかない。



 夜が更けても俺は彼女にメッセージを送り続けた。
 そしてとうとう、送ったコメントに既読がついた。
 ああ、やっと!と慌ててコメントを送った。
『やっと既読になった!』
 それと同時に彼女コメントが上がった。



『さよなら』



 愕然とした。
 まさか。まさかそんな。
 なぜだ。
 速攻で彼女にその意味を問うコメントを立て続けに並べた。一文字も読まれない。通話にしてみたが呼び出しされない。携帯に掛けても繋いでもらえない。

 ブロックされたのか。
 全てブロックされたのだ。
 俺は彼女に完全に拒絶された。



 何故?

 スマホをブロックしたということは、完全に彼女の強い意志だ。完全に俺を拒絶するという強いメッセージ。

 何故ここまで?
 何か誤解されている。
 説明だけでもさせて欲しいのに、もう会う手段がない。彼女の居場所が分からない。
 同じ大学とは言え何もかも掛け離れた学部だ。共通するものは何もない。共通の知り合いもいない。
 どうする?



 一か八か、翌朝大学の正門の前を見張った。
 俺の学部棟はここから遠いのでこの門を通ることは今は全くない。彼女の学部棟がこの近くかどうかも知らないが、今日はここを張ってみようと思った。明日は別の門。ここでも真っ正面にいたら怪しいので、門横の桜の大木の陰に隠れて待っていた。
 続々と学生がやってくるが、どこの学部の何年生かもまるで分からない。彼女の学部はここの門を通るのだろうかと不安を覚えつつ待っていると、案外早い時間に彼女が徒歩で現れた。
 来ても自転車だと思って構えていたのに、歩いてきた。

 イヤホンで何かを聴きながら俯き気味に、長いくせ毛を膨らませるようにしてふわふわと歩いてくる。
 短いジャケットに紺のワンピース。彼女に似合う清楚なスタイルで、可愛いと褒めたことがあった。本当に可愛いのだ。こんな可愛い子が俺の彼女だなんて夢のようだと思っていた。
 まさか本当に夢になるのか。
 まさか。

 とにかく俺は駆け出して彼女の腕を掴んだ。
 彼女は驚き息を呑んで俺の手を振りほどこうとしたが、離さなかった。
「この前はごめん、説明させて欲しい」
 まず一息でそれだけ言った。
 彼女は青い顔で離してと言った。
 聞いて欲しいと続けたら、聞くから離してと言われた。
 離したら逃げられる気がしたが、そうだとしたら離さなくても拒絶される。俺は頷いて手を離した。
 彼女は、一歩後退ったが逃げなかった。
 俺はほっとして、早口で説明した。

「この前はごめん。あの夜来たのは元カノなんだ。高校時代の。進学で遠距離になって去年別れた。でも彼女の方が納得してなかったらしくて突撃された。ちゃんともう別れてきたから」
 それ以上でもそれ以下でもない端的な説明をしたつもりだった。
 驚きと怯えで強張っていた彼女の表情が、徐々に解けるように緩んでいく。
 分かってもらえたのだと思い、俺もほっとして少し笑んだ、やはり顔を合わせて話し合えば分かり合えるんだと思った。
 そして彼女も微笑んだ。

「やっぱりそうなんだ。そうだと思った」
 そうだと思った?その言葉に引っ掛かり、彼女の顔を覗き込んだ。彼女は笑顔で続けた。

「それじゃ、元カノさんのところに戻ってあげて。私はもういいから」
 そう言って彼女はまた一歩後退った。

「え、いや、違う。俺は別れたんだよ。別れてたんだ。元々付き合ってたかどうかも怪しい彼女だったんだよ。君とは違うんだ」
 彼女に手を伸ばしながら慌てて言葉を繋げる。
 俺のその手を避けながら、彼女はにっこり笑った。

「全っ部思ったとおり。あなたがそんな人だと思わなかった」
 違う、笑っているのは口元だけで、目は泣きそうだった。

「そんなに上手に嘘がつけるなんて、知らなかった」
「嘘、じゃない」
 首を振りながらまた手を伸ばすが、彼女はもう笑みを引っ込め、俺を睨んだ。
「バカみたい。私、」
 そう言うと、泣きそうだった目から涙が落ちた。

 違う、違う、誤解だ、とさらに後退る彼女に手を伸ばしたが、そこに甲高いブレーキ音が聞こえ俺たちの間に自転車が突っ込んできた。
「いい加減にしなよイケメン兄さん」
 レジの大女だ。
「だから待っててって言ったのに文乃。案の定こんなとこで待ち伏せされてるし!」
 そう笑いながら自転車を降り、彼女の肩を抱いた。
「ほんっと文乃ってストーカーホイホイなんだから。一人で歩いてちゃだめ!」

 ストーカーホイホイ?
 と俺が唖然としていると、大女が振り向いた。

「この娘欺しやすかったんだろうけど、もう私ついてるから。前のストーカーも私が撃退してるの。あなたで二人目」

 ストーカー?二人目?

「前の元彼にもずいぶんつきまとわれて大変だったの、知ってるよね?この子本当に辛い目に遭ったの。あなたはやめてあげてね」

 あなたはやめてあげてね。
 窘めるように穏やかに笑顔で頼まれた。

 さ、行こう、と大女に彼女を連れ去られた。彼女は一度も振り向かなかった。俺ももう追いかけなかった。




 だめなんだ、と思った。
 会って話せば分かってもらえると信じていたのに、違っていた。
 もうだめなんだ。本当に俺たちは終わったんだ。
 大女の穏やかな笑顔と、俺を睨む彼女の涙で分かった。俺の言葉は届かない。

 自転車に乗り、自分の教室に向かう。
 彼女との恋が終わったとしても学業は別だ。
 心を無にして講義に向かう。










 その夜、知らない番号から着信があり、出てみた。
 元カノだった。
 元カノの番号もアドレスもIDも全てブロックしていたから別の携帯で掛けてきたようだ。
 あの日のことについて散々罵倒してきたが、ヨリを戻すなら全部水に流してもいいと提案してきた。

 始めから他に男がいて、俺一人だと言いながら何人もと同時進行で付き合ってきていて、それを知られたことも承知の上でさらにそんな図々しいことを言ってくる。

 俺は少し笑った。
 彼女はたった一つの誤解で俺を切り捨てたのに、元カノは度重なる悪事を物ともせずにしれっと復縁を迫ってくる。


 もしかしたらこれが元カノのいいところなのかも知れないな。
 俺は彼女に同じように完全拒絶されているけれど、別の携帯使って連絡取ろうなんて思いもしない。

 所詮、この程度のメンタルで欲しい物を手に入れることなんかできないのかも知れない。


 強靱な元カノに巻かれていた方が楽に生きて行けるのかも知れない。



『明日行くから待ってて!』





 俺にはそれを拒絶する気力もなかった。
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