SECOND CRASH

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11・理久

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 翌日、彼に別れる意思を伝えました、とメールが来た。でもまだ納得はしてもらえてないので、もう少し時間が掛かります。と続いた。

 本当に今日言ったんだな、と実は少し驚いた。

 疑っていたというのではなく、昨日決意していても本人目の前にしたら躊躇いが生まれてもしょうがないと思っていた。

 しかし、決意したことは実行あるのみ、らしい。可憐で可愛い見た目の彼女。中味は頑なで、案外男前。だから、今日会える?と訊いても、ごめんね、と返事が来る。本当に彼と完全に別れるまで会わないつもりのようだ。



 その意志を尊重して俺はそれを待たないといけない。

 と思っていたはずなのだが、もう待てない。一日会えなかっただけでもう我慢できない。

 バイトのシフトは一日置きだと聞いたので、公園に行った日の二日後の終業時間頃にまた本屋に向かった。



 ところが着いた頃には店は閉まっていて、そこの前で男女が揉めていた。

 まさか、と思いながら目をこらすと、まさかの彼女だった。



「昨日言ったことが全部。私はもう戻らないよ」

「なんで?どうして急に?僕何か悪いことした?」



 そう問い詰める男に背を向けて、彼女が家路に急いだ。俺もその後を付ける。



「してない。いいとか悪いとかじゃないの」

「じゃあ何で!」

「あなたのこと、嫌いじゃないけど、すごく好きにもなれなかった」

「……それでも、いいんだよ僕」

「私は嫌」

「どうして?今までそれで良かったんだよね?どうして急に?」

「急じゃないよ。ずっとそうだった」

「……もしかして、男がいるの?」

「いない」

「ずっと、ここ半年あの医学部の男のことばっかり言ってたけど、そいつ?」

「……彼は、」

「やっぱりそいつ?」

「彼は、関係ない。私は一方的に好きだったけど、」

「やっぱりそいつなの?僕と別れてそいつに告るってこと?」

「……」

「じゃあ何でだよ!」



 直後、パタパタと走る音が聞こえた。待てよ!と男の声も聞こえた。

 逃げた?!と俺も慌ててそれを追いかけたが、ガシャンと金属製の門が閉まる音が聞こえ、男が一人置き去りになっていた。彼女の住む女子寮はもちろん男子禁制で大仰な大門が不審者を妨げている。彼女はその向こうに逃げ去ったらしく、男はその門を足で蹴りそのままそこに居座った。



 ヤバイ奴だな、と思ったが、でも多少分からないでもない。俺も彼女にいきなり振られたらこの程度のことはしそうだ。などと冷静に同情できるのは恐らく勝者の余裕。

 お前の言う通り、彼女は医学部のあの男と付き合うんだよ。

 しかし本当に俺のこと半年間噂してたんだな照れるな、などと今現在厳しい立場にいる彼女のことを忘れてにやにやしていたが、すぐに彼女にメッセージを送る。



『実は今寮の前にいて君の彼がすぐ近くにいるんだけど、話付けようか?』

 速攻で返事が来た。

『だめだめだめだめ!すぐ帰って!いつまでも帰らなかったら警察呼ぶつもりだから、そこにいないで!』

 警察沙汰か、と少しびびると、またガシャンと音が聞こえて顔を上げると、男がまた門を蹴って立ち去るところだった。

『彼帰るようだよ』

『よかった。あなたも早く帰ってね』

『君に会いに来たのに』

『ごめんね』

『彼いなくなったしちょっと出てこない?』

『だめ』

 頑なだなぁ……。ここがいいところではあるけど、今の男の様子だと二三日で終わりそうもないし俺はもう二日も会えてないのにどうしたらいいんだ。

『会いたい』

『ごめんね』

『いつ会える?』

『分からない』

『分からない?』

『ごめん』

『会えるようになったらすぐ連絡して。すぐに来るから』

『うん。すぐに連絡する』

『俺に会いたい?』

『会いたい』

『そっか。ありがと』

『ごめんね』



 今日は大人しく帰ることにして踵を返す。

 さっき見た彼女の彼、いや元彼、見た目はごく普通で中肉中背で何の特徴もなく、どこからどう見ても超絶に可愛い彼女とは釣り合わない。それだけに彼女に執着しそうで、少し恐怖を覚える。

 でも俺には絶対関わってもらいたくないようだし、手出しはできない。

 せめて、バイト帰りは彼女を見張ってようかな。今のように元彼に待ち伏せられたりしたら危険なこともあるかも知れない。



 と、思い付き、それ以降のバイトの日は毎回書店の前で張った。

 彼が待ち伏せしている時は彼女にそうメッセージを送った。そうすると彼女は閉店後別の出口から走って寮に帰った。彼がいない時にそうメッセージを送ると、いつもの出口から姿を現し寮まで歩き、後ろの俺を振り向いて手を振って門の中に消えていく。たまに振り向いて前の公園を指差すこともあった。先に行ってるから来て、の合図。そこで門限までの短い時間を過ごしてくれる。ごくたまに。





 その後しばらくして連休になり互いに帰省して会えず、戻ってきて通常生活が始まっても相変わらずそう会えず、梅雨の頃には彼女がやつれてきて心配になった。

「ちゃんと食べてる?」

 やっと会えた夜の公園、雨を避ける東屋のベンチで横に座る彼女に訊いた。

「うん。食べてる。ありがとう」

 彼女は笑うが、やはり少し痩せたようだ。

「本当?これから何か食べに行こうか?」

「大丈夫」

「大丈夫に見えないっちゃ」

「今は、一緒にいられるから大丈夫」

「え?」

「会いたかったから、今はどこにも行きたくない」

 そう言って微笑み俺を見上げた。



 会いたかったから。

 そんなほぼ告白のような言葉に俺は舞い上がってしまい、衝動的に抱きしめてしまった。

 突然だったせいか彼女がびくっと身体を固くしたが、拒みはしなかった。



 二人で会うようになってから期間的には二ヶ月以上経ったが、二人で過ごした時間は実質5時間もないと思う。その時間の中でもだいたい話すことばかりで、元彼の話題は出ないもののその影は確実にあって、その影を感じる以上二人の関係を進めるわけにはいかなかった。

 ずっとそう自分を戒めていたのに、少しやつれた彼女に会いたかったと微笑まれては、抱きしめるしかない。



 彼女の小さい肩と細い腰を抱いて、少し冷えた頬に触れ、いつもの匂いも強く纏わり付いて、いつも耐えている欲が抑えきれない。

 まったく無意識にまったく衝動的に、彼女の冷えた頬を手で押え、そのまま唇を合わせた。



 しかし当然、彼女に抗われその小さな手で胸を押され、俺もすぐに手を緩めて離れた。

「ごめんなさい、まだ、」

 笑顔を消して首を振りながら彼女が謝る。俺が悪いのに。

「俺こそごめん。急にこんなことして」

 まったくだ。いつもこんな衝動で彼女の決意の邪魔ばかりしている。今日も無理して会ってくれたというのに、俺は彼女の重荷にしかなっていない。俺ってこんなに短慮な人間だったかと情けなくなる。

「ごめん。もうしない」

 俯いてそう謝り、服従の意味で、降参の意味で、肩の辺りで両手を広げて見せた。



 その両手に、両手の全ての指の間に、彼女が両手の全ての指を差し込んできて、ぎゅっと握ってきた。

 びっくりして目を開けると、すぐ目前に彼女がいて、少し怒ったように唇を尖らせて、呟いた。



「……だから、やだったの」



 びっくりしたまま瞬きをしているうちに、彼女が顔を寄せてきた。そして軽く唇を合わせた後にすぐ離れ、また呟いた。



「……我慢、できなくなるから」



 こんなことをされてこんなことを言われて、我慢できるはずがない。というより煽られている気すらした。

 組んだ両手を引いて彼女の身体を引き寄せ、また抱きしめてキスする。背中に回した手を滑らせると、弱い箇所で彼女がぴくりと震えるからさらに堪らなくなる。





 抱きたい。





 当分叶わない願望を改めて強く持ってしまい、泣きたいぐらいに絶望した。
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