SECOND CRASH

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8・理久

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 四月ながらまだ冬の気配の残る入学式を終え、新天地で気持ちも新たに大学生活に踏み込んだ。
 厳しい受験戦争を勝ち抜いた同級生たちは一様に緩んでいて、講義をさぼることはないが毎日遊びやバイトに精を出すいかにもな大学生の体で、俺もそれに染まった。
 ただ合コンや女子込みのイベントには出なかった。学部名が対女子的に強いのでいくらでも引き合いはあったが、俺は当分女はコリゴリだったので全部断った。彼女いるの?いないの?いないのにコンパ出ないの?彼女欲しくないの?ホモなの?と訊かれることもあったが、そのうち気分が乗ったら参加するから、とあしらった。

 そんな、やっと自己紹介が終わって慣れるか慣れないかといったまだ新緑の時期に、彼女が俺の部屋に来た。
 二度と会うこともないだろうと思っていたが、彼女からは毎日スマホにメッセージが来ていた。通知だけ見て内容を見ずにいたのだが、ある日の夜「明日そっちに行きます」という通知が来た。それでも無視して既読にしなかったのに、翌日「今向かっています」の通知が上がり、とうとう「着きました」が上がった。その直後に電話が鳴った。何度も鳴った。しょうがなく出ると、「今学部出口門の前!」とだけ叫んで切られた。
 まさかと思いつつ嫌々行ってみると、ピカピカの赤い新車を乗り付けて胸元が大きく開いた腹が見えそうな程短い黄緑色の服と股が見えそうな紫のミニスカートを履いた女がその横に偉そうに立っていた。
「ちょっとー!彼女がわざわざ新車の初ドライブで彼氏の元まで走ってきたのに、そんな顔でお出迎えー?てか頭また伸び放題!」
 本当の意味で返す言葉がない。何の言葉も頭に浮かんでこない。
「全然スマホにレスないしー。電話しても出ないしー。住所も分かんないから大学来ちゃった!」
 と、相変わらず全く意味不明なことをほざいた。
「ねぇ、アパートどこ?今から帰ってエッチしよ!」
「ふざけんな」
 やっと返事ができた。

「お前、男いるべ?向こうに行ってよろしくやってんの知ってるし。わざわざこんな田舎に田舎者に会いに来る必要ないっちゃ」
 と、びしっと言ってやった。が。

「男?何のこと?向こうに行ってよろしく?」
 と、まるできょとんと訊いてきた。白を切るのか。バレてないと思っているのだろうな。個人特定してやるよ、と名前を出した。
「バスケ部の元キャプテン。お前の元彼だべ?デパートで一緒にスーツ選んでたべ」
「え……」
 彼女が眉を顰めた。それみろやはりな、と得意な気持ちになったが、彼女が俺を真っ直ぐ見て言った。
「……多分、選んだと思うけど、それが何?私結構いろんな人のスーツ見立てたから、その人一人じゃないけど?」
 予想外の返事で、また絶句した。
「あ!もしかして、焼き餅焼いてくれたとか?!」
 急にそうテンションを上げる。
「やだ嘘嬉しいー!すぐ帰ろー!すぐ帰ってエッチしよー!」
 飛び跳ねて抱きつき大声でそんなことを言う。突き放そうとしたら運悪く、同じクラスの友人たちが近くを通った。

「お!何々?まさか彼女?」
「あれ?彼女いないって言ってなかった?」
「あら。新車?県外ナンバー?」
「遠距離恋愛ですか?」
「まさか高校の同級とか?」
 聞き慣れた声が次々と横から聞こえ、顔を上げるとそいつらが俺たちや車を指差して囃し立てている。

「え!彼女いないって言ってたの?この人!」
 俺の前に彼女が返事をした。
「信じられなーい!私ほったらかして浮気する気満々ー!」
「あー、やばかったねー!今のところ何もないけどね!」
「こんな可愛い彼女いて浮気はないよ!大丈夫!」
「そーだよねー!こんな可愛い彼女差し置いて浮気なんてねー!」
「自分で言うんだ?」
「言うよねー!」

 と、初対面の男たちをまるで高校の時の取り巻きのようにあっという間に引き込む。

「今日は卒業して以来の初めてのお泊まりなんだ!」
 彼女がバカみたいな高い声でバカなことを宣言し、また俺の腕に抱きついた。
「うわー、マジっすか」
「いいねー。羨ましいわー」
「あやかりたいわ-」
 友人たちも彼女に合わせて同じノリで返す。
 冗談じゃない、と俺は彼女を振り払い、はっきり言ってやった。
「勝手なこと言うな!彼女じゃないっちゃ!泊めるわけないべ!」

 すると彼女は急速に顔を曇らせ、消えそうな小声で友人たちに訴えた。
「……いつもこうなの。ちょっと男友達と話したり出掛けたりするだけで、浮気だー!別れるー!とか言って焼き餅焼いて、こうやって……」
 なっ、何を口から出任せを、と、あまりに驚いて絶句しているうちに、友人たちが俺を責めだした。
「そりゃないわー」
「心が狭すぎだろー」
「浮気する子がこんな遠くまでわざわざ車で来ないよ?」
「浮気って、何をしたの?」
「うん、ちょっと男子とデパートで買い物してただけ」
「それだけー?」
「それで浮気はないわー!」
「まさかその程度で追い返しちゃうわけ?」
「男の風上にもおけねーわ!」

 その程度?その程度のことなのか?俺が心が狭いのか?とつい躊躇ったせいで、その彼女の新車の助手席に乗せられ友人たちに手を振られて、拉致された。
「いい友達ねー!みんな背高いしイケメンよね!あれで医学部なんてモテモテでしょー!」
 いきなりアクセルを踏み込み、彼女がご機嫌で歌うように言う。
「じゃああいつらに乗り換えればいいべ」
「やだまだ怒ってるー!」
「だいたいお前田舎者嫌いなんだろ?デパートで男にもそう言って俺をバカにしてたっちゃ」
「え?そんなこと言った?」
「いつも言ってるべ」
「え?だってあなたこそ自分で田舎者だって言ってるじゃない」
「俺は田舎者だっちゃ」
「だからそう言ったのよ?バカにしてるっていうなら、自分で自分をバカにしてるんじゃない?」

 ……ん?

「バカになんかしてない。いい意味で田舎者って言ったのよ」
 え?そうだったか?
「だいたい田舎者ってだけで悪く取るのは、あなたが田舎を悪く思ってるからよ」
 そうなのか?
「どっちにしてもあなたはあなただし!早く帰ってエッチしよう!」

 で、結局アパートまで案内する羽目になり、結局泊めることになり、やることはやってしまう。翌日は彼女が勝手に美容院を予約して連れて行かれ、ばっさり散髪した。その間に勝手に合鍵も作られた。
 そしてまた部屋に戻り、昼間からまたやってしまい、すっきりしたように彼女は夕方帰って行った。

 流されるままにこんなことになってしまったが、でもこれできっといいんだろう。きっと俺の心が狭かったんだろう、と反省していた。きっと自分の考えが硬すぎるんだろうな、と。
 男友達が多いことを浮気と決めつけるのは狭量らしいし、長距離を一人でドライブして会いに来た彼女を追い返すなんて薄情だし、彼女は田舎者をバカにしてはいなかったらしいし。
 それらのことに拘る自分が子供なのかという思いが芽生えた。大人はきっと全部許せるのだろうと。彼女と遠距離恋愛を楽しめるようになれば、大人になれるのかも。

 という改心も、長続きはしない。

 その後も彼女は月一ぐらいで来たり来なかったりした。さすがに遠距離なのでもう車で来ることはなかったが、来るときはだいたいいきなりなので俺は大概迷惑だった。
 しかしこんな遠距離を苦にせずに来てくれる彼女を歓迎しないのは薄情に違いないと無理に付き合った。行きたくもないスイーツカフェで食いたくもない甘味を食ったり、行きたくもないデートスポットで見たくもない夜景を見たりした。

 何度かそんな苦行の日々を過ごしていたが、夏休み前に友人の一人に彼女が出来てみんなで根掘り葉掘り色々訊きだしている時に、ぽろりとそいつが零した。
「悪いけど、実はお前の彼女が他の男と二人で買い物してたとか言ってたよな?俺ああいうの絶対許せないタイプ。俺も浮気認定するわ。あの時心狭いとか言ってごめん」

 ……何を??何をいまさら?!と絶句すると、

「うん。俺もつい調子に乗っちゃったけど、ちょっとないよな」
「ごめん。俺も女子に免疫ないから、先生としゃべってるだけで発狂するタイプだわ」
「でもお前イケメンだからな。大人の付き合いができるんだろうな」
「心が広いよな」
 と次々友人たちが結局全員謝ってきた。

 俺は心が広くはない。大人でもない。イケメンでもない。最初に感じていた自分の気持ちがまともだったのだとしたら、きっと今の俺はとんでもない間違いを犯している。
 というのも、やはり彼女に男の影がちらつくからだ。
 俺がもううるさいことを言わなくなったせいか、隠すこともなく堂々と連夜男と飲み歩いている様子を伝えてくる。時には二人きりで。友達だから、やましいことはない、みんなしている、私だけじゃない、都会では普通のこと、と言葉の端々に匂わせて。あなたも来たらいいのに、今度紹介するから、楽しいわよ、と続く。

 彼女のしている全てのことを、俺は一切望んでいない。それに付き合うとしたら俺が一方的に我慢するだけになる。
 それでも、我慢するのが大人なのかという躊躇がまだあった。
 躊躇したまま夏休みに入り、俺は実家に帰り、幼なじみたちと会ったり高校の友達と集まったりした。彼女にも一度会った。セックスもした。胸に一物ありながらも。


 長期休暇を終えて、テスト期間が過ぎて、年度後期に入った。友人たちに情報を訊きながら必須と選択の講義を選びスケジュールを組み立てた。
 その講義は選択必須で、なぜそれを選んだかはもう覚えていない。その講義がなぜか文系学部と合同だったことも知らなかった。
 だから別になんの期待もせず特に楽しみでもなく俺は時間前にその教室にいた。


 そこに文系学部の美女集団がごそっと入ってきた。
 本当にもう、キラキラ光るようなアイドルグループのような華やかさで、目が眩みそうになった。言っちゃあなんだが、自分のクラスにはこのレベルは一人もいない。
 なのでついつい一人一人目に焼き付けるようにして眺めてしまった。
 全く本当にアイドルのようにみんな似たように可愛くさすがレベルが高いなと感心していた。

 そしてその一番奥に、その子がいた。
 長い巻き毛が印象的で、ベージュのジャケットにチェックのスカートという他の女子と比べて地味でシンプルな服装なのに、一番綺麗だった。
 他の子たちほどキメ過ぎていなく隙だらけで、持ってるバッグもでかいトートで、履いている靴もただのニューバランス。
 それでも一番目を惹いた。
 隣の友達もそう思ったようでぼそぼそつつきあっていた。
「なぁ、あの子すっげー可愛くね?」
「だよな。さすが文系」
「お前彼女いんだろ?」
「それとは別問題で、」

 まったく、別問題で可愛いな、と俺もその子をじっと見ていた。
 すると多分男たちの視線の気配に気付いたようで、怯えるように顔を背けた。


 その仕草に、初々しいなぁと少しどきどきした。
 きっと少女のように純粋で生真面目なんだろうなと勝手に妄想する。
 これから毎週この子に会えるのか、とつい口元がニヤけてしまい、自分でも驚く。

 今までこんな気持ちを持ったことがなかった。
 勉強ばかりしてきたせいとは言わないけど、一目で女子に惹かれたことは今までなかった。

 月一ぐらいで惰性のセックスをしている自分に、こんな若葉のような感情があったとは。


 そう思った時に、汚れた自分に気付いた。
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