【完結】失恋した者同士で傷を舐め合っていただけの筈だったのに…

ハリエニシダ・レン

文字の大きさ
上 下
8 / 16

逃げ方は色々ある

しおりを挟む
週末は、家にこもってウジウジ過ごした。渡すつもりだったシャンパンは一人であけた。

幸いというかなんというか、週明けからその後の数週間、仕事が全社員を殺す勢いで忙しくなった。おかげで余計な事を考えるどころか必要な事にさえ頭が回らないような状態で、ただただ仕事漬けになって過ごした。


そんな修羅場を潜り抜け、なんとかいつもの日常が戻ってきた。今日は金曜日で部署の打ち上げだ。多分他の部署でも同じように打ち上げをしているんだろう。
飲んで忘れなきゃやってられない。

あの苦境を乗りきった連帯感からか、普段はこういうのに参加しない人達まで全員打ち上げに来ている。かくいう私も、その一人なんだけど。

こうして社畜魂は育まれていくのかもしれない

そんなことをぼんやり思いながらグラスを傾けていると、入社が数年早い女の先輩が隣にきた。

「飲んでる?」

「はい、飲んでますよー」

…ちょっと飲み過ぎたかもしれない。語尾が伸びてしまう。

「そう。ところでレイカちゃんは彼氏いるの?」

どんだけ唐突な話題の振り方だと思いつつも、酔いも手伝って素直に答える。

「いませんよー」

彼氏どころか、セフレ的なのすらもういませんよー………

「そう」

彼のことを思い出して落ち込む私とは反対に、何故か先輩はニンマリと笑った。

「これも美味しいわよ」

渡されたグラスに口をつける。
ちょっとキツいけど美味しいお酒だ。

「本当だー。ありがとうございますー」

ちょっとフラフラしながらお礼を言うと、先輩は肩を叩いて去っていった。
忙しない人だ。飲ませに来ただけか。

チビチビともらったお酒を飲んでいると、今度は二年後輩の男の子がきた。

「先輩、飲んでますか?」

「飲んでますよー」

軽く視界が回るくらいに。
くらりとして倒れそうになったところを、後輩が支えてくれた。

「大丈夫ですか?先輩」

少し慌てたような声。

あー、男の人の腕だー……

最近ご無沙汰だったそれに、つい頬ずりする。

「っ…先輩!?」

後輩の焦った声。
どうしたんだろう。

「んー?」

寝落ちしそうになりながら、適当に返事を返す。

「…相当酔ってますね」

後輩の狭山くんはため息を吐いて、そのまま肩を貸してくれることにしたようだった。

優しいなー……

久々の人の体温に、安心して目を閉じた。



「先輩、先輩」

身体を揺すられて目を開けると、さっきまで飲んでいたお店の前だった。駅がすぐそこなので人通りも多い。
どうやら彼が外まで連れてきてくれたようだ。

「二次会に行く人は行って、あとは解散したんですけど…」

あ、なるほど。もうお開きになったのか

納得する私を、狭山くんがじっと見た。

「先輩一人じゃ帰れないですよね?」

「帰れるわよー」

失敬な。いい大人ですよ?
狭山くんから身体を離して立ってみせようとしたら、また視界が揺れた。

あ、ヤバい。倒れる。

「ほら、無理じゃないですか」

引き寄せられて支えられた。
呆れたような声。

「うう、先輩としての威厳が…」

「バカな事言ってないで、最寄り駅教えてください。送りますから」

どうやら面倒見よく送ってくれるらしい。

「やっさしー」

「………電車乗れます?」

「うん、大丈夫ー」




電車に揺られて、最寄り駅の前でタクシーに乗せられて、自分のマンションまで帰ってきた。
そのまま駅に戻ると思っていた狭山くんは、タクシーから降りてしまった。

「部屋まで送らないと心配です」

なんて言って。真面目だなー。
でもまだ足元がフラフラしてるから、正直助かる。
こんな近距離じゃ往復しても料金はたかが知れてるからか、タクシーはあっさり他の客を拾いに去って行ってしまった。
これは狭山くん、慣れない場所で帰りは歩きかな。

「ごめんねー」

「ナビあるから大丈夫ですよ」

涼しい顔で答えられて、思わず見入った。
意外に狭山くんて頼り甲斐あるかも……

酔っている所為か、不意にダメな考えが頭に浮かんだ。

……このまま泊まっていってくれたりしないかな……

本当にダメだと思う。会社の後輩を部屋に連れ込むなんて。後で絶対気まずくなるに決まってる。そう、わかってるんだけど……

一人の部屋に帰るのが嫌だった。
一人の週末が嫌だった。
もう、忙しくないから。
彼のことばかり考えてしまいそうで。
会いたく、なってしまいそうで。
我慢できずに、会いに行ってしまいそうで……

それくらいなら。
せっかく恋人ができた彼に迷惑をかけるくらいならいっそ…

「………狭山くん…」

声が震えた。
狭山くんが立ち止まって、じっと私を見た。

よくないことだってわかってる。
狭山くんにも失礼なことだって。

……でも……狭山くんも男だし……そういうの「ラッキー」で片付けてくれたりしないかな……今夜一晩……私に付き合ってくれないかな……

縋るようにスーツの胸元を握って顔を見つめる。

「もし……よかったらなんだけど……」

緊張で喉が乾く。
……いや、これはお酒の所為かも。

緊張から指も震える。
……いや、これもお酒の……

緊張し過ぎて変な方向に頭が回る。
こんなこと、同じ会社の人にお願いするのは絶対に間違ってる……でも…だけど……ここには狭山くんしかいなくて……

目の前の喉仏がゴクリと動いた。
これから私が何を言おうとしているのか、わかっているのかもしれない。

狭山くんが、私の言葉の続きを待っている。こんなことを言ったら軽蔑されてしまうかもしれない。
でも、それでも。

一人でいたくない…

「今夜…その…私と………」

握った手が震えている。
躊躇いながらもその先を言おうとした時ーー

「レイカ!」

男の人が私のマンションのエントランスから駆けてきた。予想もしていなかった人が。
肩を掴まれ、狭山くんから引き離され、背後に守るように遠ざけられた。

「誰だ!?」

彼の剣幕に驚きながらも、狭山くんは背筋を伸ばして答えた。

「同じ会社で働いている狭山です」

彼がいったん狭山くんから視線を外して私を見下ろす。

「…随分酔ってるな」

頰に当てられた彼の冷たい手が火照った肌に心地よくて、思わず甘えるように擦り付けた。

わーい。彼の手だー

「………済まない。迷惑をかけたようだ。これでタクシーを拾ってーー」

財布を取り出した彼を、狭山くんがやんわりと拒絶する。

「いえ、まだ電車で帰れますから」

そのままサッと踵を返して駅の方へと去っていってしまう。
彼はため息を吐いて財布をしまうと、じっと私を見つめた。

「何があった」

「会社の打ち上げで…」

「それでそんなに飲んだのか」

責めるような口調にカチンときた。
自分だって、いつぞやはベロベロに泥酔してた癖に。
ムッと口を尖らす。

「あなたには関係ないし」

ツンと顔を背けた。
いや。実を言えば、私がここまで飲んだのはむしろ彼の所為なのだ。

彼のことを考えたくなかったから……だから……なのに……こんなところまで来て……おまけに、今夜一緒にいてくれたかもしれない狭山くんまで帰してしまってお説教とはどういうつもりだ。
すると彼もまたムッとした。

「いきなり連絡が途絶えれば、心配するに決まっている」

言われた瞬間、あの時の光景が脳裏に蘇った。

あんな親しそうに、女の人と喋ってた癖にっ!恋人、できた癖にっ!!

「っ…!別にっ…!鍵だって返したしっ…」

酔いの所為か加減ができずに、大きな声が出てしまう。

「それだよ!そもそもどういうつもりだあれは!」

私に釣られたように、彼の声も大きくなった。

「別に!使わなくなるから返しただけだし!」

「なんだよそれ!一方的に!」

ここで私の限界がきた。

「一方的!?彼女ができた癖に!?何それ!彼女ができても私のことも抱くつもりだったの!?最低っ!!!」

殴ろうと振り上げた手は掴まれた。
続けて何か怒鳴ろうとした瞬間

「うるっせーよ!!」

大声で横から怒鳴られ、近所のアパートの窓が大きな音を立てて閉められた。

赤の他人の横やりで我に返る。
確かにもう、真夜中近い。大声で喚いていい時間ではない。
いや、昼間でもよくはないけど…

彼もやや落ちつきを取り戻したようで、掴んでいた私の腕をそっと離した。

「…部屋に行ってもいいか?」

ここでこれ以上騒ぐ訳にはいかない。
コクンと頷いて、彼と一緒にマンションへ入った。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】あなたのいない世界、うふふ。

やまぐちこはる
恋愛
17歳のヨヌク子爵家令嬢アニエラは栗毛に栗色の瞳の穏やかな令嬢だった。近衛騎士で伯爵家三男、かつ騎士爵を賜るトーソルド・ロイリーと幼少から婚約しており、成人とともに政略的な結婚をした。 しかしトーソルドには恋人がおり、結婚式のあと、初夜を迎える前に出たまま戻ることもなく、一人ロイリー騎士爵家を切り盛りするはめになる。 とはいえ、アニエラにはさほどの不満はない。結婚前だって殆ど会うこともなかったのだから。 =========== 感想は一件づつ個別のお返事ができなくなっておりますが、有り難く拝読しております。 4万文字ほどの作品で、最終話まで予約投稿済です。お楽しみいただけましたら幸いでございます。

【改稿版・完結】その瞳に魅入られて

おもち。
恋愛
「——君を愛してる」 そう悲鳴にも似た心からの叫びは、婚約者である私に向けたものではない。私の従姉妹へ向けられたものだった—— 幼い頃に交わした婚約だったけれど私は彼を愛してたし、彼に愛されていると思っていた。 あの日、二人の胸を引き裂くような思いを聞くまでは…… 『最初から愛されていなかった』 その事実に心が悲鳴を上げ、目の前が真っ白になった。 私は愛し合っている二人を引き裂く『邪魔者』でしかないのだと、その光景を見ながらひたすら現実を受け入れるしかなかった。  『このまま婚姻を結んでも、私は一生愛されない』  『私も一度でいいから、あんな風に愛されたい』 でも貴族令嬢である立場が、父が、それを許してはくれない。 必死で気持ちに蓋をして、淡々と日々を過ごしていたある日。偶然見つけた一冊の本によって、私の運命は大きく変わっていくのだった。 私も、貴方達のように自分の幸せを求めても許されますか……? ※後半、壊れてる人が登場します。苦手な方はご注意下さい。 ※このお話は私独自の設定もあります、ご了承ください。ご都合主義な場面も多々あるかと思います。 ※『幸せは人それぞれ』と、いうような作品になっています。苦手な方はご注意下さい。 ※こちらの作品は小説家になろう様でも掲載しています。

【完結】この胸が痛むのは

Mimi
恋愛
「アグネス嬢なら」 彼がそう言ったので。 私は縁組をお受けすることにしました。 そのひとは、亡くなった姉の恋人だった方でした。 亡き姉クラリスと婚約間近だった第三王子アシュフォード殿下。 殿下と出会ったのは私が先でしたのに。 幼い私をきっかけに、顔を合わせた姉に殿下は恋をしたのです…… 姉が亡くなって7年。 政略婚を拒否したい王弟アシュフォードが 『彼女なら結婚してもいい』と、指名したのが最愛のひとクラリスの妹アグネスだった。 亡くなった恋人と同い年になり、彼女の面影をまとうアグネスに、アシュフォードは……  ***** サイドストーリー 『この胸に抱えたものは』全13話も公開しています。 こちらの結末ネタバレを含んだ内容です。 読了後にお立ち寄りいただけましたら、幸いです * 他サイトで公開しています。 どうぞよろしくお願い致します。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

【完結】婚約破棄はお受けいたしましょう~踏みにじられた恋を抱えて

ゆうぎり
恋愛
「この子がクラーラの婚約者になるんだよ」 お父様に連れられたお茶会で私は一つ年上のナディオ様に恋をした。 綺麗なお顔のナディオ様。優しく笑うナディオ様。 今はもう、私に微笑みかける事はありません。 貴方の笑顔は別の方のもの。 私には忌々しげな顔で、視線を向けても貰えません。 私は厭われ者の婚約者。社交界では評判ですよね。 ねぇナディオ様、恋は花と同じだと思いませんか? ―――水をやらなければ枯れてしまうのですよ。 ※ゆるゆる設定です。 ※名前変更しました。元「踏みにじられた恋ならば、婚約破棄はお受けいたしましょう」 ※多分誰かの視点から見たらハッピーエンド

届かぬ温もり

HARUKA
恋愛
夫には忘れられない人がいた。それを知りながら、私は彼のそばにいたかった。愛することで自分を捨て、夫の隣にいることを選んだ私。だけど、その恋に答えはなかった。すべてを失いかけた私が選んだのは、彼から離れ、自分自身の人生を取り戻す道だった····· ◆◇◆◇◆◇◆ 読んでくださり感謝いたします。 すべてフィクションです。不快に思われた方は読むのを止めて下さい。 ゆっくり更新していきます。 誤字脱字も見つけ次第直していきます。 よろしくお願いします。

私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜

月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。 だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。 「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。 私は心を捨てたのに。 あなたはいきなり許しを乞うてきた。 そして優しくしてくるようになった。 ーー私が想いを捨てた後で。 どうして今更なのですかーー。 *この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

処理中です...