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恋が終わった日
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お酒に飲まれて曖昧な記憶。
「互いに相手を身がわりにしよう」
そう言い出したのはどちらだったか。
気づけば了承し、互いに好きだった相手の名を呼びながら、目の前の相手の身体を求め合っていた。恋する相手の姿を、目の前の相手に重ねて。
何度も好きな人の名を呼んで、自分のすべてを差し出した。そして相手のすべてを受け入れた。
恋する相手を脳裏に写して。
昨夜の彼の眼差しが頭の中に蘇る。
狂おしいほどに求められたことも。
そして自分も、心から相手を求め、望んだ以上のものを与えられたことを。
身体が、脳が記憶していた。
気づけば、昨夜の気持ちそのままに彼を見つめていた。彼が優しく微笑んで、腕を伸ばし私の身体を引き寄せた。
見つめ合って唇を合わせる。
もう一度
身体が、心が求めるままに、もう一度深く抱き合った。
今度はお酒の酔いはなく。
でもそれでも、互いに口にするのは好きだった相手の名前。昨夜失恋したばかりの相手の名前。
決して自分にこうして触れることはないと、わかっている相手の名前。
その名を呼んで自分を騙して、恋する相手に激しく求められる幸福に酔った。
近いからとなだれ込んだ彼の家で、お腹が空けばキッチンでパンや缶詰めなど適当な物をつまんで。恋人同士のように食べさせ合った。
腹が満たされればまたベッドに逆戻りして。どちらからともなく触れ合って、いつしか互いを求め合って。
三連休前日の木曜日の夜からそんな行為を繰り返して、気づけばもう日曜の夕方だ。
明日から、また仕事が始まる。
けれどまだ離れられない。
目が合えば吸い寄せられるように近づいて、唇を重ねてしまう。
そして互いの身体に手を這わせ、その先を求めてしまう。
心には別の相手を思い浮かべて。特に似ている訳でもない彼を。
「神崎さん…」
「リサ………」
もう、そう呼び呼ばれることに抵抗などない。
彼は私をリサという女性だと思って抱けばいい。
私は彼を神崎さんだと思って抱かれているのだから。
そう互いにわかっているのだから。
「大好きです…」
これは彼に向けた言葉ではない。
「ああ、俺も愛している」
彼の言葉も、私に向けられたものではない。
それでも。
それでも相手を求め合う。
彼が返してくれる言葉に、心を震わせながら。
今、私に触れているのは神崎さんではない。そんなことはわかっている。
けれど止められない。
私に触れる彼の、リサを求める指先が心地良すぎて。
止められない。
もっと…
もっといっぱい…私に触れてください神崎さん……
そんなことしかもう、頭の中にはなくて。
「神崎さん…もっとして…」
恥ずかし気もなくねだった。
目の前の彼が、本当は神崎さんではないとわかっているから。
だからどんなにいやらしい自分を曝け出しても平気。神崎さんに嫌われることはないから。
むしろ神崎さんは私のことなどーー
思考が沈みかけた私の唇を、彼が塞いだ。優しく労わるような眼差しで。
最初の夜からずっと繰り返されてきた行為。
相手が現実に潰れそうになると、もう一人が相手の心を掬い上げる。彼がそうしてくれたように、私も彼にしてきたこと。
同じ痛みを抱えているから。
だからこそわかる。
どれだけ辛いのか。
どうしたら楽になれるのか。
自分の傷を舐める代わりに相手の傷を舐めて癒す。
こんなのはただの代償行為
そんなのわかっている。
この行為に、意味も先も未来もないことも。
でも、今の私たちには必要だから。
よく知りもしない相手と傷を舐め合って癒し合って。恋しい相手を忘れようと必死に足掻く。恋しい相手に抱かれているのだと脳を騙して、偽りの幸せに浸る。
そうしたら、大好きな相手からなんとも思われていなかった、その苦しみが薄れるから…。
大人なのに失恋の傷一つ、自分でどうにかできないのか
他人ごとだったら、きっと私もそう思ってた。多分、蔑みすら込めて。
けれど失恋した時、心が壊れてしまったような気がした。粉々に砕けてしまったような気がした。
…そんな時、たまたま彼が目の前にいた。同じく失恋したばかりの彼が。
直感的に自分と同じものを感じとって話しかけた。
顔は知っていたけれど大して親しくもない相手。それがよかったのかもしれない。酔いも手伝って相手の話を聞き、自分のことを話した。
失恋したばかりの相手のこと。
どれだけその相手を好きだったか。
どれだけ想っていたか。
失恋してどれだけ悲しかったか。
今どれだけ傷ついているか。
受けたばかりの傷をてらいもなく晒し合った。だって彼も同じだったから。まるで自分の傷を見ているような気持ちで、相手の話に頷いた。
互いの目の中に同じ痛みを見て取って、自分だけではないのだと安堵して、磁石のように引かれ合った。
マイナスとマイナス。
本来なら引かれる筈などないのに。
どうしようもなく引かれて唇を重ね、誘われるままに部屋へと行った。
この人となら傷を癒し合えると本能でわかったから。
その予感は正しかった。
彼は私を癒してくれた。
そして私も彼を癒した。
自分の傷を舐めるように彼の傷に触れ、彼も同じように私に触れた。言葉はほとんど必要なく、ただ互いの傷に触れた。
それで十分だった。
「互いに相手を身がわりにしよう」
そう言い出したのはどちらだったか。
気づけば了承し、互いに好きだった相手の名を呼びながら、目の前の相手の身体を求め合っていた。恋する相手の姿を、目の前の相手に重ねて。
何度も好きな人の名を呼んで、自分のすべてを差し出した。そして相手のすべてを受け入れた。
恋する相手を脳裏に写して。
昨夜の彼の眼差しが頭の中に蘇る。
狂おしいほどに求められたことも。
そして自分も、心から相手を求め、望んだ以上のものを与えられたことを。
身体が、脳が記憶していた。
気づけば、昨夜の気持ちそのままに彼を見つめていた。彼が優しく微笑んで、腕を伸ばし私の身体を引き寄せた。
見つめ合って唇を合わせる。
もう一度
身体が、心が求めるままに、もう一度深く抱き合った。
今度はお酒の酔いはなく。
でもそれでも、互いに口にするのは好きだった相手の名前。昨夜失恋したばかりの相手の名前。
決して自分にこうして触れることはないと、わかっている相手の名前。
その名を呼んで自分を騙して、恋する相手に激しく求められる幸福に酔った。
近いからとなだれ込んだ彼の家で、お腹が空けばキッチンでパンや缶詰めなど適当な物をつまんで。恋人同士のように食べさせ合った。
腹が満たされればまたベッドに逆戻りして。どちらからともなく触れ合って、いつしか互いを求め合って。
三連休前日の木曜日の夜からそんな行為を繰り返して、気づけばもう日曜の夕方だ。
明日から、また仕事が始まる。
けれどまだ離れられない。
目が合えば吸い寄せられるように近づいて、唇を重ねてしまう。
そして互いの身体に手を這わせ、その先を求めてしまう。
心には別の相手を思い浮かべて。特に似ている訳でもない彼を。
「神崎さん…」
「リサ………」
もう、そう呼び呼ばれることに抵抗などない。
彼は私をリサという女性だと思って抱けばいい。
私は彼を神崎さんだと思って抱かれているのだから。
そう互いにわかっているのだから。
「大好きです…」
これは彼に向けた言葉ではない。
「ああ、俺も愛している」
彼の言葉も、私に向けられたものではない。
それでも。
それでも相手を求め合う。
彼が返してくれる言葉に、心を震わせながら。
今、私に触れているのは神崎さんではない。そんなことはわかっている。
けれど止められない。
私に触れる彼の、リサを求める指先が心地良すぎて。
止められない。
もっと…
もっといっぱい…私に触れてください神崎さん……
そんなことしかもう、頭の中にはなくて。
「神崎さん…もっとして…」
恥ずかし気もなくねだった。
目の前の彼が、本当は神崎さんではないとわかっているから。
だからどんなにいやらしい自分を曝け出しても平気。神崎さんに嫌われることはないから。
むしろ神崎さんは私のことなどーー
思考が沈みかけた私の唇を、彼が塞いだ。優しく労わるような眼差しで。
最初の夜からずっと繰り返されてきた行為。
相手が現実に潰れそうになると、もう一人が相手の心を掬い上げる。彼がそうしてくれたように、私も彼にしてきたこと。
同じ痛みを抱えているから。
だからこそわかる。
どれだけ辛いのか。
どうしたら楽になれるのか。
自分の傷を舐める代わりに相手の傷を舐めて癒す。
こんなのはただの代償行為
そんなのわかっている。
この行為に、意味も先も未来もないことも。
でも、今の私たちには必要だから。
よく知りもしない相手と傷を舐め合って癒し合って。恋しい相手を忘れようと必死に足掻く。恋しい相手に抱かれているのだと脳を騙して、偽りの幸せに浸る。
そうしたら、大好きな相手からなんとも思われていなかった、その苦しみが薄れるから…。
大人なのに失恋の傷一つ、自分でどうにかできないのか
他人ごとだったら、きっと私もそう思ってた。多分、蔑みすら込めて。
けれど失恋した時、心が壊れてしまったような気がした。粉々に砕けてしまったような気がした。
…そんな時、たまたま彼が目の前にいた。同じく失恋したばかりの彼が。
直感的に自分と同じものを感じとって話しかけた。
顔は知っていたけれど大して親しくもない相手。それがよかったのかもしれない。酔いも手伝って相手の話を聞き、自分のことを話した。
失恋したばかりの相手のこと。
どれだけその相手を好きだったか。
どれだけ想っていたか。
失恋してどれだけ悲しかったか。
今どれだけ傷ついているか。
受けたばかりの傷をてらいもなく晒し合った。だって彼も同じだったから。まるで自分の傷を見ているような気持ちで、相手の話に頷いた。
互いの目の中に同じ痛みを見て取って、自分だけではないのだと安堵して、磁石のように引かれ合った。
マイナスとマイナス。
本来なら引かれる筈などないのに。
どうしようもなく引かれて唇を重ね、誘われるままに部屋へと行った。
この人となら傷を癒し合えると本能でわかったから。
その予感は正しかった。
彼は私を癒してくれた。
そして私も彼を癒した。
自分の傷を舐めるように彼の傷に触れ、彼も同じように私に触れた。言葉はほとんど必要なく、ただ互いの傷に触れた。
それで十分だった。
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