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出会い編

好きだよ

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「ナナ」

タケルさんが私を呼ぶ。
だけど息が………

散々イかされて。イかされ続けて呼吸が荒い。とにかく酸素が欲しい。
口を開けたまま、喘ぐように息を吸い込む。

「何でも俺の言うこと聞くって言ったよね」

私のこの状況を多分分かっているだろうに、電話の向こうのタケルさんは容赦がなかった。

「………っ…」

言ったというか言わされた。
のだけれど。
でも、確かにそう言った。

「ナナは約束、守れるよね?」

「…………………うん」

タケルさんに失望されたくない。
それに約束したら守らなくちゃダメだ。それは分かっているのだけど…

何を…要求されるんだろう

直接会う…とかは怖いな……
緊張で体温が下がる。
冷たくなった指先をぎゅっと握る。

ネットで会った人だから。お互いアプリの連絡先と声くらいしか知らないから。
今、逃げようと思えば逃げられる。
この通話を切ってブロックすればいい。そうしたらきっと、彼には私を見つけることなんてできない。

でも、なるべくなら、そんなことはしたくない。

今日、優しくしてくれたから。気持ちよくしてくれたから。それに…もうちょっと、この人と繋がっていたい。そう思っているから。
だから…応えられる範囲の要求だといいと願いながら、タケルさんの言葉を待った。

「じゃあ教えて」

「?」

何を?

「ナナの本名」

「っ…!!!」

気づかれてた!?
激しく動揺する。

「ナナは本名じゃないよね?」

「……………うん…」

どうしてバレたんだろう…。
でもだって、ネットで知り合った人に本名を言うのは…

「じゃあ教えて。ナナ、本当はなんていうの?」

「………っ…」

こんなことをしてしまった仲だけど。こんなことをしてしまった仲だからこそ、言いにくい。
ナナが本名だと言い張ればいいのかもしれない。でもさっき思わず違うって認めてしまった気がする…。
たかが名前。
たかが名前…なんだけど…。

「ナーナ。俺、約束守れない子は嫌いだよ」

タケルさんの厳しめの声。
「嫌い」という言葉にビクンと身体が震えた。
タケルさんに…嫌われたくない……
慌てて口を開いた。

「ぁ…の……」

「うん」

「私の…名前は……」

「うん」

緊張しすぎて喉が詰まって、声が出なくなった。
唾を飲み下すことさえできないくらいにカラカラで。喉が貼りついて…。

「……………ミキ…」

それでも何とか、掠れた声を絞り出した。

「ミキ?」

タケルさんの声が、私の名前を繰り返す。

「…うん」

「ミキ…」

タケルさんが、確かめるようにもう一度呟く。

「そっか、ミキか…」

また繰り返された。
どうしてだろう。
その声で本当の名前を呼ばれて、嬉しいと思ってしまった。少しだけ顔が、ニヤけてしまった。
こっそりニヤニヤしてたら、タケルさんが爆弾を落とした。

「ミキ、好きだよ」

「っ…!?」

バクンと心臓が大きく脈打った。

リリリリップサービス!リップサービスってやつだから!

激しく動揺する心臓を宥める。
タケルさんもタケルさんだ。
今このタイミングで言うことないじゃないか。
もっとこう、してる最中なら熱に任せて軽く流せたのに……多分…おそらく…hopefully…

…動揺しすぎて何故か英語が混ざる。私がそこまで動揺しながらも体勢を立て直そうとしているのに

「ミキ、好きだ」

あろうことか、もう一度言われた。

心臓が鳴り止まない。
タケルさんにも聞こえるんじゃないかなんて、阿呆なことを考えてしまうくらいにうるさい。
酸素が足りなくてパクパクと喘ぐ。

「ミキ、好きだよ?」

ひいっ!

喉の奥で、声にならない悲鳴が鳴った。

「ミキ、聞いてる?」

ようやく「好きだ」以外の言葉を言ったタケルさんに、大きく息を吐いた。

「…聞い…てる……」

息も絶え絶えに返事を返す。

「俺はミキが好きだよ」

「ひぃっ…!」

今度は少し、声に出てしまった。

「ひぃって………」

タケルさんの呆れたような声。

「もしかしてミキ、動揺してる?」

動揺!?してますとも!めちゃくちゃ動揺してますとも!!!

バクバクと脈打つ心臓を両手で押さえる。押さえてないと、本当に身体から飛び出ていってしまいそう。

「凄く息荒いけど…」

誰のせいだとっ…!

そう思うけど、言い返す余裕など全くない。

「…うん。まぁいいや。ちゃんと聞こえたみたいだし。ミキのこと好きになったから、また連絡するね。じゃ」

そう言って、通話は拍子抜けするほどあっさり切れた。

「あ………」

通話終了を知らせる画面を、呆然と見つめる。

怒っ…た…?
好きって言ってくれたのに、まともに返事もできなかったから…。
私また…失敗した…?

落ち込みかけた瞬間、通知が入った。

ミキ、好きだよ。
おやすみ

不意打ちの追い討ちに、ベッドに頭を打ちつけた。

なんでっ…なんでそういうことするかなぁ!?
シーツに包まって、ゴロゴロと転がる。

好きって。好きって言われた。
今日知り合ったばかりの人に。
顔も知らないけど。優しくて。優しくしてくれて。でもちょっと意地悪で。だけどとっても気持ちよくしてくれて……。

全身が熱い。
こんなのきっと、誰にでも言ってるに決まってる。タケルさん慣れてたし。最後まで気持ちよくお別れする為の、ちょっとしたいつものサービスに決まってる……

そう思おうとしてるのに

『好きだよ』

タケルさんの声が何度も耳に蘇って、そのたびに下がりかけた体温が上がる。

好きって言われること自体久しぶりで。
前の彼にも、別れる数ヶ月前くらいから言われてなくて。
だから凄く久しぶりで。

『好きだよ』

~~~っ…!!

もう、どうしたらいいのかわからない。

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