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出会い編

キュウリのターン

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「ナナ、口でしたことってある?」

その瞬間、嫌な記憶が蘇って一瞬返事に詰まった。でも答える。

「……少し…だけ…」

「上手?」

「全然っ!」

慌てて思いきり首を横に振った。

「全然?」

タケルさんの不思議そうな声。

「あの…一回だけ…彼に…無理矢理口の中に入れられて出されただけだから…」

「………彼氏に?」

「…うん……」

二人目の彼に初めてそうされて、結局それがトラウマになって別れた。その後の彼氏には、口でして欲しいと言われても拒否してきた。
…だから…全然……

「そう……」

タケルさんの低い声。
…怒ってる…?
うっかり彼氏の話なんかしたから…?
それとも…初めてじゃないから?
黙ったままのタケルさんに、不安になる。

「………腹立つ」

やがて聞こえた声にビクリと震えた。

「っ…ごめんなさっ…」

やっぱり怒らせた…!
肩を抱きしめるようにして縮こまる。
けど

「あ、違う違う!」

タケルさんは慌てた声で否定した。

「ナナじゃなくて、ナナの彼氏が腹立つなって…元カレ?…………今カレ?」

「っ…元カレっ!今は付き合ってる人いないしっ!」

「そう…」

タケルさんが、大きく息を吐きだした。

「今は会ってないよね?」

「うん。もう全然」

その彼とは、別れて以来会ってない。

「ならいっか…」

もう一回、大きなため息。
心配…してくれたのかな?
…そうなら、ちょっと嬉しい。

タケルさんが不意にクスリと笑った。気を取り直すみたいに。

「ナナはさ、悪い男に引っかかりそうだよね?」

「えっ…!?そんなことないよ?」

…多分。
男運、あまりよくないような気はしてるけど…。

「でも今、俺のこと「いい人」って思わなかった?」

「……………」

…思ったけど。何でバレたんだろう…
沈黙で察したのか、またクスリと笑われた。

「そういうとこ、危なっかしいね。ナナは」

「そんなことないよ!?」

そこは否定しておく。
私はしっかり者で通っているのだから。

「本人は気づかないもんだよね」

「だから違うってば!」

何度も否定してるのに、タケルさんはクスクス笑って信じてくれない。

「じゃあ今日は、口はやめとこっか」

その上、話を逸らされた。
「今日は」…。
まるで「次」があるみたいな言い方にドキっとする。
でも口でって………聞いたってことはしたいってことだよね……

「あ…ぅ……ちょっとだけ…なら……」

いっぱい気持ちよくしてもらったし…

「無理しなくていいんだよ」

タケルさんの優しい声に、身体から力が抜ける。

タケルさんなら…
多分あの時みたいに酷いことはされないと思う。
それに、いざとなったら通話を切ればいいという安心感もある。

「だ…いじょぶ…して…みる……」

電話の向こうで、少し考えるような間があった。

「……………そう?………じゃあ…本当にちょっとだけ、してみようか。嫌だったらすぐ言ってね?」

「うん…」

「約束?」

「…約束」

ふふっとタケルさんが笑って、更に肩の力が抜けた。


「じゃあ、さっきのキュウリ」

「うん…」

ドキドキしながら手を伸ばす。
さっき洗って拭いた、そんなに太くはないけど細くもない、瑞々しいキュウリ。

「まだゴムは被せないでね?」

「うん…」

「実質、キュウリ舐めるだけだからあんまり抵抗はないと思う」

「うん…」

「じゃあ先ずはキスして?」

「…これに?」

「うん」

不思議に思いながらも両手でキュウリをぎゅっと握って縦に持つ。
引き寄せて、真ん中辺りに唇を押し当てた。

………ちゅっ…

してみたけど、何か変な感じ。キュウリにキスなんて。

「もっといっぱい」

「…うん…」

ちゅっ…ちゅっ……ちゅっ…ちゅっ……

キスするたびに、キュウリのイボイボが唇に当たる。
男の人のに、こんなイボイボはない。だから…これはキュウリ…なのに…
どうしよう…何か…変な気分になってきた…

ちゅっ…ちゅっ……

タケルさんが何も言わないのでキスを繰り返す。

ちゅっ……

「…気持ちいいよ。ナナ…」

一気に顔が熱くなった。
まるでタケルさんのアレにキスして褒められたみたいな言い方…。

チラリとキュウリを見る。
何だか…タケルさんのみたいに思えてきた…。
恥ずかしさに目を伏せる。

「もっとして?ナナ」

「う…ん……」

真っ直ぐ縦にしていたキュウリを、横に寝かせてみた。
…もしこれが…本当にタケルさんのだったら………

ちゅうっ…

興奮して、さっきまでより少し強めにキスしてみた。冷んやりしたキュウリ。唇に感じるイボイボ。
うん。これはキュウリ。これはキュウリ………どこから見ても…なんだけど…

ちゅうっ…

「っ…」

もう一度強く吸うと、タケルさんの呼吸が乱れた気がした。
………タケルさんも妄想で感じてくれてるのかな…
そう思うと嬉しくなる。
…もう少しだけ、激しく…

ちゅうっ…ペロっ…

「っ…!」

やっぱり…
タケルさんの呼吸が乱れた。
気持ちいいんだ。タケルさん…
衝動的にキュウリに唇を押し当てて強く吸った。

ちゅうううっ…

タケルさんの呼吸が荒い。
…もう一回…
さっきより力を込めて吸いつく。

ちゅうううううっ…

「っ…ナナっ…ストップっ…!」

タケルさんの慌てた声に我に返った。
あれ…?私…今……
顔が赤くなる。
今、タケルさんがここにいなくて本当によかった…。とても恥ずかしい。

「ナナ…凄く…よかったよ…」

きれぎれにそう言われて、尚更赤くなる。
多分、ただ言ってくれてるだけ。
だって口でするのって色々テクニックが必要らしいし。さっきみたいな、ただキスして吸っただけのなんて、大していい筈がない。

流れで、私が口でするのにロクな思い出がないって聞いちゃったから。だから慰める為に言ってくれたんだろう。
そう分かっているけど。
それでも、そう言われると嬉しいしほっとする。

少し、少しだけ嫌な記憶が薄れた気がした。

「うん…」

だから、タケルさんの優しさに甘えて頷いた。優しさを向けてもらったら、受け取るものだと思うから。

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