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ドアを閉めた後、ボソボソと遠矢と明の話し声が聞こえてきた。でもそれもすぐに聞こえなくなる。
ほっと息を吐いて、電気もつけずにベッドにうつ伏せに倒れ込んだ。
 
胸の中は……少しだけ軽い。
遠矢が色々、気にかけてくれたから。

…………いらない事もされちゃったけど。
昨夜のあれだけは本気で断って欲しかったけど。
でも遠矢に救われたのは事実だ。

遠矢が抱きしめてくれたから。
今日も一日、一緒にいてくれたから。
…だから何とか、死にたい気分から抜け出せた。



昨日とても辛い事があった…。
…彼氏に裏切られた。
ううん、元々裏切られてた。
騙されてた。最初から。

彼は……私が彼氏だと思っていた人は、私の友達に近づく為に私を利用しただけだった。
『友達の彼氏』って立場を利用して、友達に近づく為に。その為だけに、私に告白して付き合ってた。

私はそんなことには気づかずに、初めての彼氏に飽きられないようにと必死になってた。彼は私と友達が一緒にいるところに何度も話しかけてきた。そして気づいた時には、友達ととても親密になっていて。
…そしてとうとう、一線を越えたらしい…。

「ごめんね」

って友達には謝られたけど、到底許せる気にはなれなくて。…彼氏を問い詰めようと探していたら、偶然聞いてしまった。彼氏……彼氏だと思っていた人と、その友達の会話を。

「ーーおまえも悪い奴だよな」

「えー?どこが?」

「沙耶ちゃんの事だよ。かーわいそうに。おまえみたいなのに騙されて、他の女と付き合う踏み台にされてさ」

「仕方ないだろ?美穂子と付き合おうと思ったら、それくらいの手間はかけないと」

美穂子というのは、私の友達……だった子だ。

「手間っておまえ」

「大変だったんだぞ?美穂子の友達で地味だしすぐいけると思ったんだけど、ガードすげえ硬くて」

「聞いた聞いた。大学生にもなってまだ処女だったって」

「そうそう。今まで男と付き合った事すらないとか、何の冗談だよな。女にしてやったんだから感謝して欲しいくらいだよ」

「よく言うよ。「身体は割と悪くないから、美穂子の事がバレるまでは抱いてやってもいい」なんて言ってた癖に。結構気に入ってたんだろ?」

「…気に入ってたって言うか……俺が初めてだから何も知らなくて、何言っても言う通りにしたから割と楽しめたってだけだよ。でも美穂子がバラしちまったから沙耶を抱くのはもう無理だな」

「へー、そうなんだ。……じゃあ俺がヤってもいい?」

「え……おまえああいうの趣味なの?」

「いや、趣味じゃないけどおまえにエロい写真とか見せられたからちょっと興味が湧いたっていうか……とりあえず味見したくなった」

「ああ、あいつ写真写りいいよな。……別にいいぜ。俺はもう、あいつに用無いし」

「っ…ははっ……用無しって……本当に悪い男だよおまえはーー」

最悪だった。
吐きそうになりながら、その場を離れた。
私はあんな最悪な男を彼氏だと思って、好かれようと必死になってた……。



思い出したら涙が出てきて、枕に顔を埋める。枕が濡れていく。



コンコン

ドアをノックする音が聞こえた気がした。でも頭がぼんやりする。

…無視しよう。
起きたくないし、誰とも顔を合わせたくない。

そう思っていたら、ガチャリとドアが開いた。

え…?

目を瞬く。
廊下の明かりが部屋の中に射し込んで、すぐに消えた。ドアの閉じられる音とともに。トントンと床を踏む音が近づいてくる。
ギシリとベッドが軋んだ。頭に手が乗せられる。

「……姉さん」

その声に、詰めていた息を吐いた。

「遠矢……」

呟くと、息を飲む音。そして

「あれ、起きてたんだ」

戸惑ったような声。

「「起きてたんだ」じゃないわよ。勝手に入ってこないで」

文句を言ったのに、遠矢の手はゆっくりと私の頭を撫でる。

「うん、ちょっと心配でさ」

その言葉に、怒りが削がれてしまう。
……失恋したての女は弱ってるって本当だ。こんな些細な優しさが胸に染みる。

「……もう平気よ」

それでも強がった。
だって私は姉だもの。弱いところなんて……

遠矢は少し黙った後、いきなり自分もベッドに寝転んだ。
そして

「強がるのやめなよ」

驚きに強張る身体を抱きしめられた。
動けなくなる。
腕の温かさに泣きたくなる。
思わず遠矢の袖を握りしめた。

「泣いていいから。ね?姉さん」

顔に力を入れて泣くのを堪える。

やだ。ダメ。泣いちゃダメ……泣きたくない……でも……

「ほら、泣いていいから」

ポンポンと頭を優しく叩かれて、我慢しきれずに涙がこぼれ落ちた。
そして一度流れ出したら止まらなくなってしまった。

「っ…バカっ…遠矢のバカっ…」

人前で、しかも義弟の前でなんか泣きたくないのに……。

袖を握りしめて小声で罵る。
遠矢は小さく苦笑した。

「姉さんは意地っ張りだからさ。こうでもしないと泣けないでしょ?」

…意地っ張りって何よ。凛としてるとか言いなさいよね

そう言いたかったけど、嗚咽が酷くて言葉にならない。
胸が苦しくて、遠矢のシャツにすがりつく。大きな手が、私の背中をぎゅっと抱きしめてくれる。

「大丈夫だよ、姉さん。俺がいるから。姉さんは一人で泣かなくていいんだよ」

そんな言葉に押されて、涙が止まらない。

別に一人で泣けるし、私は平気だもん…

そう思いながらも、遠矢に縋ってしまう。温かい身体にぎゅっと包み込まれて

「大丈夫。大丈夫だよ」

繰り返される、何の根拠もない言葉に安心する。

「大丈夫だから…」

聞き慣れた義弟の声に力が抜けていく。
悲しさより安堵が勝って……

……眠……い…………






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