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第2章
飲み
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邪魔な番が消えて、以前と変わらぬ日常が戻ってきた。もう、ミュールを担いで出勤することもない。
…あれはあれでミュールの反応が可愛いので、俺としては悪くなかった。
だがミュールは少し嫌がっていたし、二人で歩いていくのも好きなので別にいい。
それに、今の季節はよく花びらが舞い散るのだが、ミュールの頭についた薄桃色の花びらを取ってやるとき何とも言えない気持ちになる。
◻︎◼︎◻︎◼︎◻︎
「助かった」
グラスを合わせて礼を言った。
今日は、保健省の友人を誘って酒の充実している少し高めの料理屋に来ていた。
番が居なくなった礼をする為なので、当然、俺の奢りだ。
「何でも頼んでくれ」
と言うと、友人は本当に遠慮なく注文し始めた。
だが文句は無い。こいつの助けが無ければ、もっとずっと面倒な事になっていただろうから。
快く引き受けてくれて感謝している。
程なく、冷菜の類が運ばれてきた。
まずは上に極薄く削ったレアメタルが散ったサラダ。
キラキラ輝いて綺麗なのもさることながら、ピリッと舌に痺れて面白い。
身体に害は無いのだが、何せ高いので普段食う機会はあまりない。
こっちの幻と言われている魚の卵を漬けたものは、実は魔力回復効果がある。
今は魔力が減っていないので効果は出ないが、珍味として楽しまれているだけあって普通に美味い。
料理をつつきながら、近況を話す。
あの件以外に目新しい事など取り立ててないが、たまには男二人でこういう時間もいい。
金属製のゴブレットが異様な音を立てるトレーを持ったウエイターが近くを通った。
多分、酒の中にある種の果物を入れると泡が猛烈な勢いで吹き出す、というやつだろう。確か爬虫類系の獣人に人気だった筈だ。
何とは無しに目で追っていると、やはり鱗の生えた男がそれを受け取って美味そうに飲んだ。釣られてそちらに目をやった友人が思い出したように言った。
「そう言えば、この前見てきたがあっちも順調だったぞ」
「そうか」
頷いて視線を自分のテーブルに戻し、さっき届いた肉をつつく。
「……いや、もうちょっと興味持てよ」
少し不満そうな友人。
だが
「順調なんだろ?なら、それでいい」
俺とミュールの邪魔をしないなら、何だっていい。
友人の呆れたような視線が突き刺さるが、気にはならない。そんな事より、タレの美味いあばら肉の方が重要だ。
じっくり味わっていると、ため息を吐かれた。
「……ちょっと向こうが気の毒になるよ」
何とでも言え。
その後、聞くとも無しに、あのコロンの研究成果を聞かされた。色々な発見があったらしい。
友人が楽しそうで何よりだ。
ひとしきり話して満足したのか、友人が不意に愚痴るように呟いた。
「おまえはいいよなぁ。あんな可愛い耳した恋人がいて」
「もう妻だがな」
っていうかミュールの耳を見るな。
あれは俺のだ。
俺の答えに、友人は何故か驚いたような声を上げた。
「は!?」
そして目を大きく見開いて身を乗り出してきた。
「結婚したのか!?いつ!?聞いてないぞ!?」
「………言ってなかったか?」
そう言えば、報告していなかったかもしれない。わざわざ言うような事でもないからな。
結婚していようがいまいが、ミュールは俺のだ。
手を出した奴は殺す。
色目を使った奴は半殺しだ。
俺を知っている連中はそれをよく分かっているから、報告する必要を感じなかった。
別に隠していた訳でもないが。
「…何だよ……おまえはミュールちゃんと結婚してラブラブで…一方俺は研究が恋人……」
大の男が鬱陶しくいじけ出した。
酔ったのか。
だが酔ってもミュールを気安く呼ぶな。
ラブラブとか、なんかおっさん臭いぞ。
仕事が楽しくて何よりじゃないか。っていうか、のめり込みすぎて前の彼女に振られたんだろう。この研究バカ。
などの突っ込みは、美味い酒と料理で気分がいいのでやめておいた。
目の前でまだブツブツ言いながら、層になった料理を無意味に剥がし始めたが、好きに食えばいいので放っておく。
………友人は最終的に、剥がし終わったのをパーツごとにまとめて食っていた。何をやっているんだか。
飲み食いが終わって店を出た。
友人は酒が良い具合に回ったのか、今は楽しそうに笑っている。
「また面白そうな厄介ごとがあれば言えよ!」
とバシバシ肩を叩かれた。
厄介ごとなど、そうそうあったら嫌だが、いざと言う時頼れる相手がいるのはいいものだ。
「ああ、その時はまた頼む」
笑って肩を叩き返し、手を上げて別れた。
さあ、家に帰ろう。
ミュールは久しぶりに放っておかれて、少し拗ねているかもしれない。
もしくは、マイペースに一人の時間を楽しんでいるかもしれない。
どちらにしろ、可愛い妻の顔が早く見たい。
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